第84話 誘拐


 今度は、ニコから別のギャングへの勧誘。

 正反対の印象を持つギャング二組からのスカウトなど、一生にあるだろうか。ハーミスどころか、巻き込まれた様子の三人もが動揺している。

 そんな四人を差し置いて、リヴィオとその部下がずかずかとニコに歩み寄り、突き飛ばすようにどかした。欺瞞をさも現実のように言われたらしい顔つきで、アクセサリーをジャラジャラと鳴らし、犬歯をこれでもかと剥き出しにしている。


「オリンポスが平和維持じゃとぉ!? ティターンに散々カチコミしといて、よくもまあそんな大嘘がつけるのう!」


 指を差して怒鳴られたのが気にくわないのか、ニコの顔が険悪な表情に取って代わった。きっちりとした格好の、ニコの部下も喫茶店の外から入ってきて、静かな店内はたちまちギャングの抗争、その現場へとなり果てようとする。

 いつの間にか、ハーミスを中心として二つのギャングが睨み合っている。どちらも頭に血が上っているようで、言葉だけでは止まらなさそうだ。


「とんだ言いがかりだな。リヴィオ、君の躾のなっていない犬連中に言っておけ。オリンポスへの度重なる襲撃は絶対に忘れないとな」


「なんじゃと……!」


「何を……」


 このままでは、らちが明かない。ならば、喧嘩で決着をつけるべきだ。

 そう思ったかどうかはともかく、双方が武器に手をかけた時。


「――そこまでだ。話なら聞いてやるよ」


 ハーミスが、リヴィオとニコの間に割って入った。

 うんざりだと言いたげな表情で、双方のボスに両掌を向けて。掌底に、メラメラと燃え盛る炎を灯して、いつでも二人の顔を焼き尽くすことができると脅すように。

 リヴィオもニコも、部下も動きを止めた。仲間達ですら、彼が放つ妙な威圧感に圧されて動けない中、ハーミスが二人を見ず、しかし冷たい目で告げた。


「けど、これ以上の喧嘩はなしだ。それでも暴れるってんなら、喫茶店の外で観念するまで相手になってやるが、どうだ?」


 これが、聖伐隊を倒した者の気迫か。地の底から這いずるような畏怖と威圧か。


「……っ!」


 ニコと部下は思わず、ごくりと息を呑んだ。


「……ふんふん、成程、話は聞くか。言質は取ったからの」


 リヴィオの部下と、リヴィオ自身はそうではなかった。

 にやりと笑った彼女をハーミスが見ると、彼の体がふわりと浮かんだ。


「へ?」


 どうして、とハーミスが疑問に思うよりも先に、答えは弾き出された。リヴィオの子分が、彼を三人がかりで担いでいるのだ。それを指揮するのは、当然リヴィオ。


「よっしゃ、とっととアジトに連れてけー! すまんのう、ニコ、ハーミスはわしが頂いて行くからなーっ!」


 誰も彼もが止める間もなく、頭と担がれた神輿は、物凄い勢いで喫茶店を出ていった。

 魔法を使う余裕もないようで、ハーミスの姿はたちまち見えなくなった。これだけ簡単に人を攫ってしまうのはギャングの為せる技なのかと、感心してしまうくらいの手口だ。

 ただ、ギャングにハーミスが誘拐された。たっぷりと時間を使ってその事実を把握したクレア達は、慌てて喫茶店を飛び出そうとした。


「ちょ、ちょっと、どこに連れてくのよ! 追うわよ、二人とも……!」


 ところが、今度はニコとその部下が、喫茶店の入り口を塞いだ。


「少し待ってくれ、君達」


 今度はこいつかと、ルビーが口から燃える息を吐き、尾をしならせて唸る。


「邪魔するの? ハーミスが危ないんだよ、邪魔するなら燃やしちゃうよ!」


 クレアとエルもまた、戦闘態勢を取ったが、ニコの方は戦うつもりはないようだ。


「安心しろ、ハーミスなら無事だ。彼女は乱暴で粗野だが、使い道のあるものを無下に扱うほど愚かではない。少なくとも、一度断ったくらいで怒り狂うほど短気でもない」


「で、あの派手なボスと、あんた達があたしを止めるのと、何の関係があるの?」


 ニコが指を鳴らすと、部下が近くのテーブルの椅子を四つ引いた。そこに座れと言っているのか、と三人が予想した通り、ニコは眼鏡を指で上げ、話を続けた。


「君達に話がしたい。ハーミスを仲間に加えたいのも事実だが、先ずは君達に、どうしてあのティターンに対抗する戦力が必要なのかを話す方が賢明だからね」


「何を、訳の分かんないこと……」


 ナイフを構えて抵抗しようとしたクレアだったが、はっと気づいた。

 この喫茶店の外に、野次馬達が集まっているのは理解していた。ただ、その背後――野次馬に紛れるかのように、オリンポスの構成員らしい男が何人もいるのは、今分かった。


「手荒な真似はしたくない、と言っておくよ」


 どうにかして突破するのは簡単だ。だが、ハーミスと分散した今、街を出るのに巨大な敵を作ってしまうのは、危険な行いだ。

 ルビーが唸り、クレアがじりじりと一歩退く中、エルが静かに言った。


「……従いましょう。獣人街におけるギャングの影響力を考えれば、迂闊に反抗すれば街を出ることすら難しくなるかもしれません」


 彼女の言葉を聞いて、ニコは柔らかく微笑んだ。


「賢明な判断だ、エル」


 ただし、冷徹な笑みだった。

 ビジネスで使う時の表情、相手を懐柔する為の表情。そんなものを見せられて、ギャング相手に一つとして心を許してはならないと、エルも薄々把握していた。


「私のことも含め、我々のことも、全て知っているのですね」


「情報収集はギャングの専売特許だからね。座り給え、元は一つだったギャングが何故分断されてしまったのか――連中が何をしたのかを、話そう。その前に」


 先に椅子に腰かけて、指をテーブルの上で組んで、ニコが声をかけた。


「マスター、アイスのフンコーヒーを四人分。急いで頼むよ」


 中破した喫茶店のカウンターの奥で、マスターが小さく頷いた。

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