第78話 修復


「目がありませんね、音で物を探知しているのでしょうか」


「だとすりゃあ、この騒音で何を襲うか分からねえな! おい、こっち向きやがれ!」


 住人が周囲から殆どいなくなったのを確認してから、ハーミスは片手で散弾銃を放った。魔力を用いた紫色の弾丸でワームの肉が抉れ、悲鳴が轟く。

 クレアに銃弾が当たらないように注意したが、彼女はロープに振り回されながらも、偶然ワームの上に乗っかった。きょとんとしたクレアと、銃弾を撃ち込まれたのに察したワームがこちらを向くと、彼女に操られているように見えなくもない。


「彼女、乗っかっていますよ。存外仲が良いのかもしれませんね」


「聞こえてんのよ、そこの凡才魔女! さっさと助けなさいよーっ!」


 暴れるワームの上でバランスを取りながら、クレアは喚き散らす。


「……立場を分かっているのでしょうか、あの盗賊は……!」


 騒がしい盗賊を助けるか迷うエルだったが、不意に彼女の視界に、クレアよりも優先して助けるべき相手が見つかった。逃げ遅れた、獣人族の少女だ。


「パパ、ママ……きゃあぁ!」


 転んで動けず、両親を呼ぶ子供に、ワームの巨体が圧し掛かろうとする。


「危ない!」


 ハーミスが敵に銃弾を撃ち込むより早く、エルのオーラが動いた。

 桃色の魔力が少女を包むと、ワームが舗装路諸共叩き潰すよりも先に、エルが彼女を手元に引き寄せた。そうして後方に退いたエルの前に、今度はハーミスが立つ。


「ナイスだ、エル! そんじゃあ俺はクレアをきっちり、っと!」


 ナイフが刺さった部位に、ハーミスは拳銃を連射する。弾倉が回転する度に肉が抉れ、とうとう刺さったナイフごと肉が剥がれて、クレアはワームの上から転げ落ちた。


「んぎゃっ!?」


 彼女の姿は見えないが、これでワームとまともに戦える。ワームもまた、暴虐の邪魔をするハーミスとエルの存在に気付いたのか、彼を目のない頭で見据えた。

 ここからが戦いの始まりだと、彼は両手に構えた銃を握り締める。


「頭から落ちたっぽいけど、クレアのタフネスなら大丈夫だろ。さて、後はこいつをボコボコに叩きのめしてやる番だが――」


 しかし、その出番はなかった。


「ギィガアアァァッ!」


 上空から飛来した、赤く光る拳が、ワームの頭を殴り潰したからだ。


「キュグブッ」


 妙な断末魔と共に、地面に叩きつけられたワームは絶命した。

 凄まじい衝撃でワームをノックアウトしたのは、空の散歩を楽しんでいたはずのルビーだった。魔力によって攻撃力を爆発的に高める『魔導式腕力増強装置』の攻撃にワームが耐えられるはずがなく、緑色の体液を吐き出して、それは動かなくなった。


「……ドラゴンとアイテムの併せ技、一撃ってとこだな」


 痙攣すらしないワームを見下ろすハーミスの隣に、ルビーが舞い降りる。


「空からでっかいのが見えたから、とりあえず殴ったけど、良かったのかな?」


「ファインプレーだぜ、ルビー。よしよししてやるから、こっち来な」


 ハーミスに頭を撫でられて蕩けるルビーと、少女を逃がしてやるエル。たった三人で、巨大なワームを撃破する様を見て、獣人達の疑問は確信へと変わった。

 即ち、彼らは本当に聖伐隊を、幹部を倒したのだという確信だ。


「すげえ、あんなバケモンを……」


「お、おい! ぼさっとしてねえで、こいつをどかすぞ!」


 呆然としているばかりではなく、獣人の男衆は直ぐにワームの解体処分と、破壊された施設の状況確認と修復に取り掛かっていた。ワームの方はどうにかなりそうだったが、何人かが粉々になった井戸の前ですっかり落胆していた。


「なんてこった、井戸がこんなに……こりゃ、修理まで随分かかるぞ……!」


 ルビーとエルから離れて、ハーミスは彼らの傍に近寄る。確かに、井戸は粉々で、ここからまた作り直すのは骨が折れるだろう。

 大事な生活用水の供給源を破壊されて項垂れる住民を見つめながら、ハーミスは『注文器』ショップを無意識に起動していた。青いカタログ画面を見つめる彼の後ろから、声がした。


「あーもう、酷い目に遭ったわ! 最悪よ、もう宿に帰って不貞寝したい……って、ハーミス、あんた何を買ってんのよ」


 土を頭からかぶった様子のクレアの問いに、ハーミスは振り向かずに答える。


「ん? あの井戸が壊れたから、何かないかなって思ってな」


 またか。彼の悪い癖が出たと、クレアは頭を掻く。


「あのねえ、所持金だって有限なのよ。どっかの誰かが困ってる度に何かを買ってあげてたらキリがないって、分かってやってるんでしょうね?」


 そこまで言われてようやく、ハーミスは振り返った。カタログはもう消えていた。


「分かってる。けど悪りい、もう買っちまった」


 ただし、彼はきっちりと用事を済ませていた。


「お待たせしました、『ラーク・ティーン四次元通販サービス』でございます」


 突如として、井戸の隣に黒い闇の狭間が誕生した。バイクに乗って中から出てきたのは、いつも通りの黒装束の女性、配達人のキャリアーだ。


「うおっ!?」「だ、誰だ!?」


 驚く住民を一切無視して、彼女はつかつかとハーミスに向かって歩いてくる。そして、両手でどうにか抱えられるサイズの黒い箱を手渡し、再びバイクに跨った。


「またのご利用をお待ちしております」


 そして、バイクのアクセルを握り、闇の中へと消えていった。

 呆然とする一同の間を縫うように、ハーミスは壊れた井戸の前に座り込む。


「ラーニング完了。ちょっとどいてくれ。今からそこの井戸を直すから」


 そして、黒い箱を井戸だった場所に置いた。


「直すってあんた、職人か何かか? だとしたってそんな簡単に……」


「俺は何もできねえよ。けど、この『開拓用全自動井戸開発装置』ならできるさ」


 栗毛の獣人の問いに、ハーミスではなく、黒い箱が解答した。

 それは天面を開いたかと思うと、立方体が開いていくかのように、周囲に黒い正方形が広がっていく。井戸のあった場所を囲ったかと思うと、今度は穴に伸びていく。

 住民達は気づいた。この鉄のような黒い正方形は、ワームの出現によって砕けた部位を舗装しているだけでなく、井戸の内壁を作り直しているのだ。人々が見つめる中、内壁から繋がるように黒い板が井戸の部位を真似して創造していく。

 桶まで作り上げ、最後にどこからともなく出てきたロープが巻かれて、遂に井戸は完成した。しかも、黒い外装は茶色と鈍色に変色までしてのけた。


「う、うおお!」「すげえ、井戸が一瞬で!?」


 驚き半分、喜び半分で騒ぐ住民を背に、ハーミスはクレアに言った。


「な? 武器だけじゃなくて、こういう使い方もありだろ?」


「……まあ、たまのたまにはね。で、いくらしたの、さっきのやつ」


 ちょっとだけ渋って、ハーミスが答えた。


「十万ウル」「この大馬鹿っ!」


 クレアの膝蹴りが、ハーミスに命中した。

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