第79話 強面
「何を騒いでいるのですか、二人とも」
エルとルビーが合流した時、ハーミスは膝をクレアに何度も蹴られていた。普段ならやり返すところでも、今回は完全に彼に非があるので、抵抗が許されない。
げしげしと右足でローキックを繰り出しつつ、クレアは二人に言った。
「聞いてよエル、こいつってば通販で……」
八発目の蹴りをハーミスに叩き込もうとした時、四人は井戸の奥から声をかけられた。
「おう、嬢ちゃん! ちょっといいか?」
ワームの解体作業を背景に、こちらに歩いてくるのは、いかつい獣人の男性だった。
歳はハーミス達よりずっと上で、体格は熊のよう。上着は着ていない。赤茶色の耳と尻尾よりも目立つのは、肩から胸にかけて彫られた刺青。その後ろにいるのは、普通の格好をした獣人の女性と、彼女に抱えられた少女。さっき、エルが助けた子供だ。
「……嬢ちゃん、とは私でしょうか。子ども扱いされる年齢ではありませんが」
二十代を過ぎた自分が嬢ちゃんと呼ばれるのが嫌なのか、エルは顔を顰めて返事をする。男性はというと、そんな彼女の態度すら気に入ったようで、大声で笑った。
「ガハハ、随分気が強い嬢ちゃんだな! いや、さっきはうちの娘を助けてくれたらしいな。俺もヨメも感謝してんだ、ありがとな」
「おねーちゃん、ありがとー!」
にこにこと手を振る娘と、感謝の言葉を述べる両親。
ガラは悪いが、筋の通った相手に対して、褒められ慣れていない様子のエルはそっぽを向いて、努めて低い声で返事をした。
「…………別に、礼を言われるようなことはしていませんから」
ただ、その頬が赤く染まっているのは、仲間にはすっかりばれているのだが。
「エル、照れてる?」
「なっ、だ、誰が照れていますか!」
「良かったじゃねえか、娘さんを助けられて。ところで、ここってあんなバケモンがそんなに出てくるところなのか? モルディ達は何も言ってなかったけど……」
魔女を茶化しながらハーミスが疑問を口にすると、熊男の妻が言った。
「いーや、あたしは一度も見たことがないねえ」
「だな、俺も見たことがねえや。街の外ならまだしも、ここは初めてじゃねえか?」
そこに今度は、別の女性が挟まってきた。
気づくと、周囲に人だかりができている。ハーミス達への珍しさか、それとも。
「あ、そういえばうちのダンナが言ってたわね。この街の下には戦争時代に使ってた地下通路があって、迷路のように張り巡らされてるみたいよ」
「地下通路……まずいんじゃねえか、そんなもんをほっといたら」
「それがね、何度か調べて何もいないって判明して、今は外からの通路も含めて全部入り口を埋めたらしいわ。あの化け物も、偶然迷い込んだんじゃないかしら」
「井戸の内壁をぶち壊して詰まっちまうなんざ、はた迷惑な奴だ。それにしても兄ちゃん、井戸まで直してくれて本当に助かったぜ」
集まってきた獣人達に囲まれながら、なんだかいい気分になってしまったハーミスは、どうにも自分の性分を抑えきれなかった。何にでも首を突っ込む、お人好しの性分が。
「これくらい、お安い御用だよ。困ってることがあったら言ってくれ、何でも手伝うぜ」
「ちょ、あんた、バカ……」
ルビーはともかく、クレアとエルは気づいた。
何でもできそうな男が、何でも手伝うと言った。しかもその周りには、人間どころか獣人さえも上回るスペックを持つ、魔女とドラゴン。計四人が、何でも手伝ってくれる。
まずい、とクレアが制しようとしたが、近くの老婆が腰を擦りながら言った。
「――ちょいとあんちゃんや、今しがたパンを焼いたんだが、あの大きい屋敷まで運んでくれないかい? あたしゃ腰が痛くて……」
その手には、籠と山盛りのパン。早く持って行かないと、冷めてしまうだろう。
こうなると、もう止まらない。ハーミスもだが、周囲の沸き上がる声も。
「おう、分かった。速攻で届けてきてやるよ」
すっかり乗り気の彼が指を鳴らすと、宿の方角からバイクが走ってくる音が聞こえた。青と銀の二色のバイクは、サイドカーを宿に置いてきて、ハーミスの前で止まった。三人の予想だが、自動で操縦してくれる機能でも備わっているのだろう。
「なんじゃこりゃ!?」「兄ちゃんが乗ってきた乗り物だ!」
これまた驚く住人達を他所に、ハーミスはバイクに跨る。
「そんじゃ、このパン届けてくるからよ! あとで宿で落ち合おうぜ、じゃあな!」
そうして彼は、籠を片手に坂を疾走していった。残されたのは肩を落とすクレアとエル、状況を理解していないルビー。
「「…………」」「……?」
ほんの少しばかりの沈黙の後。
「――あーもう、こっちは五日間もタダで宿に泊まらせてもらってるわけよ! 宿賃代わりに何でも手伝ってやるから、お仕事じゃんじゃか持って来なさーいっ!」
クレアの絶叫と共に、人々がわっと歓喜に沸いた。
「クレアが壊れちゃった……?」
ルビーは発狂の理由に気付かず、エルは全てを諦めた。
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