第65話 解毒


 毒の効果さえ、なくなれば。


「――そうか、毒で意識を混濁させられてるなら……!」


 ハーミスは咄嗟に、赤い光弾を思い切り盾で弾き飛ばしてから、拳銃をベルトに挟んでポーチの中をまさぐった。攻撃手段を仕舞った彼に、敵の動きを止めようと躍起になっているエルが怒鳴り散らす。


「何をするつもりですか、貴方は!?」


 周囲を飛び、攻撃の手を緩めないポウ達を見回しながら、ハーミスが言った。


「こいつら、毒で精神を弱らされて支配されたんだろ! だったら、毒を抜き取ってやれば、精神力が復活して洗脳が解けるんじゃねえか!? そうしたら、姉妹どころか他の魔女も助けられるかもしれねえ!」


 彼の作戦はつまり、エル同様、髑髏芥子の効果を取り除き、本来の魔法力を取り戻すことで洗脳を無効化できるようにしようというのだ。


「正気ですか!? これだけの攻撃を前にして、どうやって毒を抜くつもりで……」


 あまりに異常な考えに、エルは思わず攻撃の手を止めた。だが、ハーミスは構わず、ポーチの中から針のついた透明な器具を二本取り出すと、指に挟み、見せつけた。


「これだ。『緊急医療キット』の注射器、これを打ち込めば内部の毒物を中和できる。効果は直ぐに発揮するから、後は声をかけるなりなんなりして、どうにか意識を!」


「そんな確率の低い賭けに乗れるわけがないでしょう! 第一、また洗脳されます!」


「いや、あいつは声をかけて、目を見ないと洗脳できないはずだ。仮にあの二人がアンテナだとしても、こっちの動きに気付かれなければ、洗脳されるまでの間に時間を稼げる。いずれにしても、助けるには洗脳を解くしかない……だ、ろッ!」


 『チュウシャキ』と呼ばれるアイテムと、中にたまった液体が自分の毒を取り除いたのが事実だとしても、この猛攻を潜り抜け、針を刺すなど出来はしない。自分の身を守るので精一杯なハーミスに、そこまで器用な真似は不可能だ。


「そんな無茶を……」


 何の希望も抱かないエルだったが、ミンは違った。


「いや、そこのハーミスとやらの提案に乗ろう」


 岩肌から削り取った二枚の岩壁をオーラで操るミンは、ハーミスの賭けに乗り気だった。アミタの攻撃を避け、光弾を防ぎつつ、エルは彼女を異常者だと断定する。


「貴女の意見は聞いていません!」


 しかし、ミンはそれ以上に大きな声で反論する。


「だったらどうするってんだい、エル! 今の私達がこのまま戦い続ければ、向こうが死ぬか、こっちが死ぬかのどっちかだよ! あの子達を助ける為に、私は賭けるよ!」


「だとしても、そんな危険な行為は死にに行くようなものです! 囮でも使わなければ隙は生まれません、誰かが囮にでもなるつもりですか!」


 このままでは、意見が固まらない。そうこうしている間に、特務隊の攻撃はさらに苛烈になる。それはこちらでの戦いだけでなく、クレアとルビーを苦しめているもう一人にも、同じことが言える。

 ならば、ここは犠牲を払ってでも、エルを納得させなければ。そう思ったハーミスは、エルに駆け寄り、二つの注射器を握らせて言った。


「……エル、俺が囮になる。これを使え、二人の体のどこでもいい、刺して押し込め」


「……!」


 エルが、大きく目を見開く。注射器を打ち込むのもリスクではあるが、それよりももっと危険な、魔法に身を晒す立場をハーミス自身が選んだのだから。


「こっちは防御策もあるし、突っ込むにはうってつけた。ミンさん、補助を頼んでも?」


「任せな。ババアだけど、こっちの小娘よりは使える自信はあるからね」


 ミンも多少なり驚いていたか、彼の心意気に感心したのか、六人集まった特務隊を見つめ、流れる汗と疲労を隠せないまま、それでも両手を構えた。ハーミスに関しては盾一枚、どう考えても命を捨てるようなものだ。

 無謀だ。無茶だ。なのに、ここまでできるのか。


(見ず知らずの魔女にここまで命を懸けているのに、私は……)


 エルは思う。自分が一体、これまで――。


(私は自分を騙して、誤魔化して、何をしているのでしょう……)


「エル!」


 ハーミスに名前を呼ばれ、我に返ったエルは、やけくそ気味に吼えた。


「――分かりました、やります、やってやります!」


「その意気だ! ミンさん、俺が突っ込む、なるべく敵の気を引いてくれ!」


「あいよっ!」


 作戦は決まり、ハーミスが特務隊の群れを見つめる。ミンは背後からオーラを使って物質を動かしてサポートし、エルは姉妹が隙を生み出すのを見計らう。

 特務隊は自分達を攻撃する命令しか受けていない。想定外の事態には対応できず、注射器さえ打ち込めば毒は中和され、洗脳を解けるかもしれない。

 最大のチャンス。ハーミス達三人が作戦を決行した瞬間は、誰も見ていないと言えた。


「…………」


 盾でルビーの劫火を防ぎきるマリオの目を介した、遠いティアンナの視線以外は。

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