第64話 姉妹


「……ティアンナか」


 忘れもしない。ジュエイル村にいた時よりもやや大人びて聞こえるが、この口調は間違いなくティアンナだ。つまりこの男は、既に操られているのだ。

 彼女のスキル、『洗脳』ブレインハックには、普通の人間では抗えない。恐るべき脅威を前に、盾の取手を握り締めるハーミスの感情を読み取ったように、ティアンナが言った。


「気を立てなくてもいいわ。貴方達の相手をするのは、今は特務隊の子達と私の部下だけ。残りの隊員は壁のようなもの、逃がさないよう見張るのよ」


 彼女の発言は、一行にとってはありがたい条件ではあった。数はたいしたものではないが、相手の戦力が未知数である以上、余計な敵を増やしたくないのが本音だ。

 仲間達にも緊張が走る中、マリオと呼ばれた男の口を介して、話は続く。


「ローラが随分と怒ってるわよ、ハーミス。聖伐隊の使命を邪魔するなんて許せないって。おまけに幹部を二人も殺すなんて」


「そうか、ローラに言っとけ。二人だけじゃない、そこのティアンナも含めて全員をブチ殺すまで俺は止まらないってな」


「私を? 無理よ、私の居場所を知らないでしょう?」


 ティアンナのクスクス笑いが、こちらまで聞こえてくるようだった。


「私は『支配者』、こんなところにはいないわ。貴方が私を見られるのは一度だけ――私の可愛いマリオとヴィッツに連れて来られて、洗脳される直前だけよ」


 彼女は見据えている。自分達の勝利だけを。『支配者』の日常、栄光だけを。

 だとすれば、ハーミスとしては、そんな虚構を打ち砕いてやらずにはいられない。


「そりゃ叶わねえな。こいつら全員始末して、お前のところに送り付けてやる」


 ハーミスが煽り、ティアンナが口を閉じ、一瞬の間。


「――やってみて?」


 特務隊と思しき七人の少女達のうち六人が、滝の上から一斉に飛び降りてきた。各々が様々な色の光を纏い、下りてくる様子を見ると、凄まじい力を持っていると予想できる。

 その力を信じてか、残りの二人は動かない。だが、これは開戦の合図だ。


「ハーミス、あたし達はあの男二人をやるわ! ルビー、上まで乗せてって!」


「うん!」


 敵を見据え、背嚢を投げ捨てて銃を構えたクレアを背負い、ルビーは空目掛けて飛んでいった。彼女達はすれ違う特務隊からの攻撃を警戒したが、彼女達は二人の行動を一切無視したのだ。

 つまり、狙いは自分達。覚悟を決め、ハーミスも大声で返した。


「ああ、頼んだ! 俺とエルで特務隊の動きを止める、ミンさんは下がってろ!」


「命令される筋合いはないよ。娘の始末は私が付けるさ」


「老体は下がっていてください、手間がかかるだけですから!」


「こんな時まで喧嘩してくれるなよ! エル、お前と同じ髪色の魔女が姉妹なら、あいつら二人はこっちで拘束するぞ! 残りは……悪りいが、手が回らねえ!」


「分かっています……それくらいの、犠牲は!」


 なるべく多くを助けたいが、未知の敵を前にすれば限界も生じる。同じ部隊の仲間が死ぬとはいえ、ミンといまだに口論を続けるエルは、彼を責めなかった。

 隠れ家の前で接敵している三人を見つめ、彼らのみを案じつつも、クレアは両手で突撃銃を構え、牽制程度に紫の弾丸を撃ち放つ。拳銃とは違う、圧倒的な威力を持つ弾丸がとてつもない勢いで放たれるのを見て、彼女は目を輝かせる。


「この銃、連射が利くのね! ラーニングまでして突撃銃を使えるようになった最強無敵美少女の攻撃をくらって、さっさとあの世に旅立っちゃいなさい!」


「グオオ――ッ!」


 ラーニングした銃の使い方を最大限活用するクレアの銃撃と、ルビーが口から放った炎が、マリオとヴィッツ目掛けて吸い込まれるように突っ込んでいった。

 隊員や雑兵風情であれば蜂の巣になり、丸焼きになる破壊の連撃。果たしてそれは、突っ立ったままの二人の足元を焼き、爆散させた。煙がもうもうと立ち込め、空を舞う二人は勝利を確信したが、煙の中からは二人が姿を見せた。

 無傷であった。

 そう分かった理由は、マリオ、ヴィッツと呼ばれた男が背負っていた、鉄の扉のような盾だ。炎と未知の攻撃を受けておきながら、二つの巨大な盾は防ぎ切った。


「……何よ、あれ。あんなどでかい盾、人間が使えるの!?」


「ぼさっとしないで、クレア! 攻撃を続けて!」


 ルビーの声と共に、マリオの後ろにいた、残り一人の特務隊が、赤い光の矢を放ってきた。弓も持っていないのに、掌を翳しただけで矢が放たれたのだ。ルビーが紙一重で回避し、クレアが再び狙いを定めて引き金を引くのも見て、地上のエルが警告する。


「油断しないでください! あの二人は複数の人間を洗脳する為のアンテナとして、より強力な洗脳を受けています! 洗脳された隊員の司令塔なんです!」


 しかし、警告するだけだ。どうしても、援護は出来ないのだ。


「しかも、人間が出せる力の限界を無理矢理引き出されています! 並ではありませんから注意するように……ポウ、アミタ、攻撃を止めて!」


 強力な魔法の攻撃を繰り出す特務隊の猛攻を前に、ハーミス達も防戦一方なのだ。

 黒い盾で攻撃を防ぎ、時には透明な装甲を展開するハーミスも、ポウが放つ桃色の光球を何発も叩き込まれれば、拳銃を向ける余裕すらない。

 エルとミンも、アミタどころか、他の魔女達の攻撃に晒されている。一部の魔女は光で作った剣で斬りかかるが、エルは岩肌を削り、壁として使い、防御する。

 何より二人は、家族であるアミタへの攻撃を躊躇してしまうのだ。

 接近してきた魔女を、盾で殴打して退けながら、ハーミスは叫んだ。


「ぐッ……特務隊も、同じように力を引き出されてるのか!?」


「そうです、洗脳と毒で魔法力を下げられてはいますが、もとより強力で……」


 成程、とハーミスは勝手に納得した。これだけの力で、まだ制御されているというのだ。これ以上強くなれば、ティアンナの洗脳を成功させるのも一苦労だろう。

 だとすれば、エルの力も回復すれば相当なものなのではないだろうか。放たれる光弾を必死に防御しながら拳銃を撃ち込み、そう思うハーミスに、エルは悔しそうに言った。


「毒の効果さえなくなれば、精神力が復活して、洗脳が解けるかもしれないのに――」

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