第63話 光弾
ハーミスは、この二人や家族の関係を知らなかった。しかし、望まないすれ違いが今の関係を作り上げてしまったのだろうとも気づいていた。
そして、双方が諦めてしまったのだろうとも。だから、彼は希望を口に出した。
「生きてりゃ間違いは正せる。エルが目を覚ましたらさ、そういう話をしてやりゃあいいんじゃねえか? 時間ならあるんだし、俺も連れてきたかいがあるよ」
彼がそう言うと、ミンはからからと笑った。
「……やめとくよ。私と顔を合わせたら、また喧嘩になるだけさ」
「素直になった方が良いぜ。少なくとも、生きてるうちに――」
死んだ者としてのアドバイスを伝えようとした時、妙な地響きが、滝全体を覆った。
滝の勢いは、そう激しくない。何か大きな落下物があったわけでもない。なのに聞こえてきた、滝を揺らすかのような音と感覚で、ハーミスは
「……何だ?」
「この音……地震じゃないね。何かが近寄ってくる音だ」
冷静に状況を把握するハーミスとミンに、クレア達が駆け寄ってきた。エルも調子は回復したようだが、まだ少しだけ疲れているようにも見える。
「ハーミス! さっきの揺れは何なの?」
「何かが近寄ってくる音だって、ミンさんは言ってた。俺の勘が正しければ、多分聖伐隊だ。さっさとここを引き上げよう。ミンさんも、ここを離れてくれ」
「追われてる身でここに来たのかい? はた迷惑だね、全く」
ミンの言い分は正しいが、ハーミスとしては想定外でもあった。あの平原で始末した聖伐隊の被害に気付いて追手が来たのだとすれば、いくら聖伐隊が様々なところにいるとしても早すぎる。
有り得るとすれば、エルが話していない可能性の内容。つまり、他での戦闘だ。
「こんなに早いとは思ってなかった。エル、もしかして俺達と会ったところ以外でも聖伐隊を倒して、追われていたのか――」
彼女がハーミスの問いに返事をするよりも先に、答えの方から先にやってきた。
音が一層強くなった瞬間、不意に薄暗い滝が明るくなったような気がした。しかし、陽の光ではなく、エルが放つような桃色の光に照らされたかのようだ。
どこから照らされているのか、とハーミス達が空を見上げると、そこに青いいつもの空はなかった。あるのは、桃色の光の球。十個以上はある、オーラを放つ球。
それがハーミス達目掛けて、凄い勢いで落下しているのだと気づき、クレアが叫んだ。
「な、な、なんじゃこりゃあああ!?」
光るエネルギー体。そんなものが地に落ちれば、どうなるか。
水辺を含めた滝、岩場にそれが直撃した瞬間、とてつもない爆発音と拡散する光、一面を覆う埃に滝が包まれた。これだけ大規模な攻撃を受けたならば、魔物や亜人でも助からず、人間なら言わずもがな、即死だろう。
「……またのご利用をお待ちしております」
ハーミスがいなければ、だが。
走り去っていくキャリアーから、ハーミスは瞬時に商品を『通販』スキルで買っていた。そのうちの一つが、彼が右手に持って天に向かって掲げている、黒い盾。
鋼鉄に似たような素材でできているそれからは、半透明のガラスのような素材が展開され、仲間達を覆っていた。まるでバリアーのような防御壁で守られたところは元の形を保っていたが、その周囲は焼け焦げ、砕け、割れていた。
「グウルルル……」
唸るルビーの声を聞き、まだ生きていると気づいたクレアは、盾を見て驚く。
「た、助かった……って、これもなんじゃこりゃなんだけど!?」
「『展開式多重防壁装甲』、要するに軽くて超硬い盾、ってとこだな。そこにあるのは『地上制圧用装備スタンダードセット』、銃火器と弾薬だ。必要なもんを持ってけ」
流れるように盾を畳み、右腕に装着したハーミスが指差した先には、クレアの背嚢と同じくらいの大きさの、漆黒のコンテナ。中が開いていて、彼女が何度か触った経験のある銃火器がずらりとならんでいた。だが、いざ使えと言われれば、話は別だ。
「ちょ、ちょっと! 持ってけって、あたし他の武器の使い方なんて知らないわよ!?」
「そう言うと思ったから、これもレンタルした。耳に引っ掛けてみろ」
拳銃以外の使い方をさっぱり知らず、困った調子で言うクレアの耳に、ハーミスは黒い何かをひっかけた。すると、クレアの頭の中に、何かの情報が流れ込んでくる。
部位、使用法、その他諸々。間違いなく、コンテナの中の銃火器の情報だ。
「アクセサリーみたいだけど、わけが……お、おおお? 何かが頭に入ってくるわ!」
「『通販サービスシェア』……俺が受けてるアイテム使用時のラーニングとかを、俺が許可した範囲でシェアできる。一部制限はあるけど、武器を使うなら十分だろ」
ハーミスと同じ力を使えると知り、自信が沸いてきたのか、クレアは一番近くにあった銃を掴んだ。そして手慣れた様子で、両手で持ち、スコープを覗いた。
「うん、なんか行けそうな気がする! とりあえずあたしはこの『展開式低反動魔導突撃銃』を使わせてもらうわね!」
「よし、準備は完了。あとは……」
あとは、敵を倒すだけだと、ハーミスは言いたかった。
言いたかったが、途中で遮られてしまった。誰も気づかないうちに接近していた、聖伐隊の隊服を着た誰かが目の前まで飛んできて、両手に輝く光を解き放ったのだ。
目が眩むほどの光。これだけの破壊を齎したものと同じであるのならば、盾を仕舞ったハーミス達に防御手段は存在しない。少なくとも、彼はそう思った。
しかし、そうはならなかった。
光とハーミス達の間に割って入ったのは、エルとミンだった。ふたりは無数の岩を操って防御壁を作り、敵の攻撃を相殺した。弾け散る岩の勢いに、腕で顔を覆ったハーミスに対し、エルの静かな声がこだました。
「――ぼさっとしないでください」
互いに同じ相手を助け合ったエルとミンだったが、顔を合わせようとはしなかった。だが、共闘してくれるなら、ハーミスにとっては十分だった。
それに、敵の姿は既に、滝の上部から見えている。こちらを見下ろす、多数の敵が。
「ありがとな、エル。じゃあ、改めて、あいつらの相手だな……エル、あれがそうか」
ハーミスが指差した先には、隊服を纏ったフード付きの隊員が七人と、男性が二人。そのうち二人がフードを脱ぐと、そこには桃色の髪の女性がいた。どちらもエルに似ていて、明らかに洗脳を受けた濁った瞳で、こっちを見ている。
少し悲し気な顔で姉妹を見つめながら、エルが言った。
「はい、私の姉と妹、ポウとアミタ、元特務隊のメンバー……そして聖伐隊幹部、ティアンナの直近の部下であるマリオとヴィッツです」
やはりそうか。ティアンナは追ってきた。
本人はいないようだが、手掛かりであれば上出来だ。コンテナの中から取り出した拳銃と盾を構え、クレアとルビー、エル一家の戦闘準備が整ったのを確かめた。
「勢ぞろいってわけだ。上等だ、やってやるぜ」
反撃するべく、ハーミスが銃口を敵に向けると、男のうち一人が口を開いた。
「――久しぶりね、ハーミス」
男の声色だが、紛れもなく女性の――ティアンナの口調だった。
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