第66話 自爆


 特務隊の魔女達が宙を漂っているのは、ほんの一瞬だった。彼女達は再び、オーラを全身に纏わせて、ハーミス達に突っ込んできた。


「ハーミス、今更だが盾一枚で突っ込む気かい!?」


「そんなわけねえだろ、ライセンスとさっき買った武器の併せ技でやるさ!」


 ハーミスは魔女の群れに向かって駆け出しながら、直進する道の端にあるコンテナに手を突っ込み、片手で二本の黒い棒を掴んだ。そして、もう片方の手でポーチに手を突っ込むと、橙色のライセンスを取り出し、それを手で砕いた。

 黒く塗り潰されたステータスが表示され、数字が上書きされていく。黒い棒を一本宙に舞わせると、もう片方の手で掴み、グリップを握ると、先端から電流が奔った。これはラーニングによると、電流が流れる、警棒と呼ばれる武器だ。


「『電磁警棒』二本、ライセンスは『剣士』! 魔法をスキルで見切って、大きい隙があればこっちで痺れさせて拘束させる! 後は頼むぜ、エル、ミンさん!」


「任せな!」「はい!」


 二人の返事を聞き、作戦の成功を信じたハーミスは、魔女に突撃した。


「でええりゃああッ!」


 当然、光弾がハーミスに向かって発射される。

 しかし、ハーミスに光弾が接近する刹那、速度が僅かに落ちる。彼は通常の速度で動けるので、容易に回避できる。スキル『見切り』パススルーを使った剣士らしい戦術で、警棒を剣に見立てて攻撃を繰り出すが、空を飛ぶ魔女にはなかなか命中しない。


「ぐ、こんにゃろ! ほらほらどうした、俺はまだ死んでねえぞ!」


 これはこれで、彼は役割を果たしている。全員の視線が、彼に集中しているのだ。


「いい感じに魔女の気を引いてるね、エル、しくじるんじゃないよ!」


「命令しないでください、言われなくても……あれ?」


 後は自分が、注射器を姉妹に打ち込むだけ。

 そう意気込むエルだったが、不意に魔女達が攻撃を止めた。


「何だ、こいつら急に……!?」


 驚くハーミスを他所に、彼女達はふわふわと舞い、滝の上で着地する。魔女達が集まったのをクレア達も驚いた様子で見つめていると、マリオの口が開いた。


「ハーミス、ごめんね。もっと遊びたかったけど、今しがたローラから命令が下されたの。貴方と魔女の捕獲は諦めるわ」


 ティアンナの口調は、少し寂しそうだった。


「貴方達には死んでもらうわ。差し当たって、そこの三人は生き埋めね」


 当然だ。自分を楽しませる存在を、自ら失うことになるのだから。

 ティアンナの気配が消えるのと同時に、マリオ達を見上げるハーミス達の前で、魔女達の体が光り始めた。自分のオーラの色と同じ光を発し、輝く様は明らかにおかしいのに、彼女達は直立不動の姿勢を崩さないのだ。


「……おいおい、何だよあれ! あいつらの体が、光り輝いて……!」


 あまりに異様な光景を見たハーミスが振り向くと、エルも、ミンも愕然としていた。


「そんな、まさか、ダメだよポウ! アミタ!」


 特にミンは、狂ったように叫び始めた。

 エルはエルで、注射器を手落とし、ただただ姉妹が眩く光る様子を眺めるばかり。呆然自失となった彼女を揺すり、ハーミスは必死にその理由を聞く。


「ミンさん!? エル、ありゃあ何なんだ、あいつらに何が起きてるんだ!?」


 ハーミスの目を少しも見ず、歯を鳴らしながら、エルは答えた。


「…………自爆、です」


 彼女の肩から、ハーミスは手を離した。


「魔法力を体内に溜め込んで、爆発を、起こします。恐らく、滝の上が破壊され、ここが岩で埋まるくらいの、爆発を……」


 確信した。あの光は、戦いで使っていた魔力を暴発させる為に溜め込んでいる光なのだ。支配されている状態ですらハーミスやエルを圧倒する魔女の魔力が、爆発などに転用されればどうなるか。

 ハーミス、クレア、ルビーの顔が、ぞっと青ざめた。考えは、いずれも同じだった。


「――クレア、ルビーッ!」


「言われなくても!」「グル、ガウアアァッ!」


 ルビーは衣服を破り、ドラゴンの姿を取り戻し、全力の炎を口から吐き出した。それはもはや、炎というより雷のような勢いだったが、魔女やマリオ達には直撃しなかった。

 なぜなら、今までずっと動かなかった隊員達が、突如自我を持ったかのように走り出し、炎に命中しに来たからだ。体が燃え焦げるのも構わず、彼ら、彼女らは肉の壁となって、ルビーの炎を防ぎきったのだ。


「人の壁……隊員を盾にして、あたし達の攻撃を防いでる!?」


 命を命と思わない。悪魔すら慄く扱いに、ハーミスは拳銃を引き抜いて発砲する。


「やめろ、ティアンナ! ふざけた真似してんじゃねえぞ!」


 だが、弾丸程度では止まらない。彼の銃撃は魔女の肩や腕を撃ち抜いたが、膨張する光は止まらないのだ。どうすれば、と唸るハーミスに、ティアンナが再び言った。


「あ、そうだ。最期の挨拶くらいは、させてあげるね」


「……んだと?」


 最期の挨拶。

 嫌な予感が過った時には、遅かった。

 ポウとアミタ、二人の目に光が灯った。ティアンナが洗脳を解いたのだと理解したのと、この状況で洗脳を解けばどうなるかと気づいたのは、誰もが同時だった。


「――お姉ちゃん、やだ、死にたくない! このままじゃ爆発しちゃう、死んじゃう、死んじゃうよおぉ! 助けてよ、お姉ちゃん、お姉ちゃあぁん!」


 アミタが泣き喚いた。自分の体がどうなっているかを知って。


「――エル、ごめんよ、ごめんよぉ……」


 ポウが詫びた。これから起きる惨事に、妹を巻き込むと知って。

 これに、何か意味があるわけではない。ティアンナの戯れに過ぎない。彼女が責めて、少しでも退屈しないようにと、喚く係として二人が選ばれただけだ。


「てめぇ……!」


 常軌を逸した外道ぶりに、ハーミスが凄まじい形相でマリオを睨む。

 クレアとルビーも、よせ、やめろと叫ぶ。

 何の意味もないと知るのは、その一瞬、少し後。


「お姉ちゃ――」「エル――」


 姉妹が何かを告げようとして、顔が、体が、蛙のように膨らんで。


「――――あ」


 辺りを包むほど眩い光に包まれて、爆発が起きた。

 即ち、姉妹と魔女の、無惨な死を意味していた。

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