第62話 凡才
エルの母親は、浅黒いだぼだぼの上着とズボンを着用して、サンダルを履いた、いかにもあまり外に出ない様子の、五十代前後の女性だった。そんな彼女もまた、エル同様に白髪交じりの桃色の髪で、両手には桃色のオーラ。
そんなおばさんですら、エルと同じ力を使い、小瓶や食器を複数個浮かせて、投げつけている。エルと同じ魔法を使っている彼女を見て、最初に全てを察したのは、クレアだ。
「……あんた、ぷぷ……ま、まさか、あれだけ自信家の癖に、くくっ、凡才ぃ?」
「違います、私は天才です! レギンリオルにも認められた天才です!」
凡才と言われてすかさず反応したエルだったが、取り繕うにはもう遅い。
「昔から口ばっかり! 向こうで誰に認められたか知らないけど、実力は妹たちの方が上さ! 大方数が足りないから、余り物で通してもらえたんだろうよ!」
エルは天才などではない。それどころか、家族の中でも凡俗中の凡俗。
母親が小瓶を投げたのを切欠に、とうとうクレアの笑いの貯水湖は決壊した。
「――あーっはははははは! 傑作よ、あんたほんとーにサイコーよ!」
複雑な表情をするハーミス、ルビーを置いて、クレアは腹を抱えて大笑いした。ユーゴーやバントですら見せなかったような、凄まじく人を小馬鹿にした笑顔だ。
「ぐ、ぐぬぬ……!」
「だいたい努力もしないで夢物語ばっかりを……誰だい、あんた達は」
そしてようやく、母親は一行の存在に気付いた。
「俺はハーミス、ハーミス・タナー・プライム。征伐隊に追われてたそこのエルを助けて、成り行きで隠れ家に着いてきたんだ」
成り行きと聞いて、エルはきっとハーミスを睨む。
「成り行きって、貴方が行けと言ったんでしょう!」
「何でもかんでも人のせいにするんじゃないよ! 昔とちっとも変わらないね!」
エルを更に、母親が睨む。どんな関係なのかと思いきや、二人の仲は相当険悪だったようだ。そしてその感情は、五年間の間に膨れ上がったようでもある。
「それに聞いたよ、レギンリオルどころか、聖伐隊の仲間になって魔女を狩ってるって! あんたは一族の恥さらしだよ、ポウとアミタはあんたを信じて行ったばかりに……」
彼女もまた、聖伐隊の道具と成り下がったエルの話を聞いていたのだ。
自分の娘達が同胞を殺しているとどこで聞いたのかはさっぱりだが、彼女の心中は如何なるものだったか。ポウとアミタという姉妹を思い出したのか、エルの顔はさっきよりもずっと険しくなって、突き刺すように言い放った。
「……二人ならいずれ助け出します。私が、必ず」
「ふん、期待なんかしてないよ。話はそれだけかい?」
「それだけですよ。お望み通り、二度と戻りませんから……っ!?」
そうして母親の下から去ろうとした途端、エルは再び顔色を悪くして、岩肌にもたれかかった。ルビーが駆け寄って抱き起す様子を、ハーミスも、母親も見ていた。
「お、おい、エル! まだ調子が……」
「心配なんていりません、私は一人で……う……」
青白くなってゆく肌を見て、心配が要らないと思えるのはあり得ない。
「そこの水辺で休ませてやってくれ。クレア、ルビー、任せてもいいか?」
「ぷ、くく、いいわよ」「クレア、笑い過ぎだよ」
まだ笑っているクレアと、それを注意するルビーがエルを連れて行くのを――まだ抵抗する様子を見せていたが――見つめながら、ハーミスは母親に言った。
「……いい話ができると、思ったんだけどな。俺が悪かったよ、連れてきて」
母親は怒らなかった。代わりに、不安を含んだ声で、ハーミスに聞いてきた。
「ハーミス、とか言ったね。あの子、どうしたんだい」
「レギンリオル軍が聖伐隊に吸収された時、あいつは髑髏芥子の中毒者にされたんだ。おまけに洗脳まで受けて、魔物や亜人を殺してたらしい。姉妹も同じように……だからさ、あんな風に責めてやるのは……」
「あの子は大丈夫なのかい、そんなことをされて」
「毒は取り除いて、おかげで洗脳も解けた。回復しつつあると思う。でも、あいつは解毒法を探しに来ただけって言ってたけど、頼りに来たんじゃないかな、ここを」
彼の回答に、母親はこめかみを指で押しながら、心底呆れているようだった。まるで、自分の分身と思っているかのように、ハーミスには見えた。
「……だったら、そう言えばいいんだよ。素直じゃないね、昔から」
「あんたも素直じゃないと思うけど。えっと」
「ミンだよ。素直じゃない者同士、昔からずっとぶつかり合ってた。だから今、私達はもう家族とは呼べない仲になっちまったのさ」
エルの母親、ミンは後悔した口調で、話を続ける。
「良いことだと思ってたんだよ。努力も何もしないあの子が、レギンリオルに行くのは。だから喧嘩を切欠にして、ここを発たせたんだ。ポウ達までついて行くとは思ってなかったけど、向こうで成功しているなら問題ないと。けど……」
感情だけで喧嘩をしているエルと違い、ミンは姉妹の未来を見据えていた。不器用ながら、ミンは母親としての、ある種の務めを果たそうとしていたのだろう。
「……あたしは間違ったんだろうね。娘に素直になれないなんて、親失格だよ」
水辺に寝かされるエルを見つめるミンの目は、間違いなく母親のそれだった。
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