第56話 芥子
「『髑髏芥子』?」
聞き慣れない名前をハーミスが問い返すと、クレアが頷いた。
「花弁が髑髏のように見えるから髑髏芥子。この薬物はそのまま、原料から名前を取ってるの。実と花びらをすり潰して乾燥させるだけで簡単に作れるのよ。おまけに嫌なことはすぐに忘れられて、効果も強いから、悪党連中が使ってるのを見たことがあるわ」
「危険、って言ったよな」
「そりゃもう危険よ、こいつは毒物でもあるもの」
どれくらい危険であるかは、女性の様相を見れば何となく理解ができたが、それにしてもおぞましいものだ。続けて話すクレアの詳細も、更に恐ろしさを助長させた。
「一度でも服用すれば全身に毒が回って、定期的に摂取しないと爆発的に効力が強まって死ぬ。おまけにほぼ確実に依存症になって、抜け出せなくなる。ヤバすぎる薬物ってんで、どこの国でも極秘裏にしか取引できないから、超高級品よ」
「詳しいね、クレア。盗んだことあるの?」
ルビーが悪気なく聞くと、クレアはきっと彼女を睨んだ。
「あるわけないでしょ! こいつの中毒者は、一つまみ手に入れる為に殺人でもなんでも平気でやるのよ。よっぽどの権力者でなきゃ、所有イコール自殺みたいなもんよ」
「権力者……そうか」
何かを納得し、ごそごそと手を動かしたハーミスを他所に、クレアは話を纏めようとした。つまり、どう見ても治療が間に合わない相手を放っておく方向へ。
「解毒すれば一緒に中毒も治るけど、それまでは死の苦しみと幻覚、幻聴に苛まれるわ。こいつの場合、見たところ症状としては末期ね。放っておいても死ぬだろうし――」
ところが、そうはいかなかった。
「お待たせしました、『ラーク・ティーン四次元通販サービス』でございます」
彼女達の後ろから、キャリアーがバイクと共に、虚空から姿を現したのだ。
「うわ、また来た!」
飛び退いたクレアとルビーの後ろで、芥子の中毒者のように白い肌をしたキャリアーは、ハーミスに荷物を手渡す。どうやら彼は、クレアの話を聞きながら『通販』スキルを使って、白い箱のようなものを買っていたらしい。
「本日のご注文商品は『万能型緊急医療キット』でございます。ラーニングは完了いたしました。またのご利用をお待ちしております」
金銭は現在、四次元ポーチでハーミスが管理している。何でも買えるのは、彼の特権。
キャリアーが一礼し、バイクに跨って暗黒空間に帰っていくのを、クレア達は眺める。
「毎度毎度、影のように現れるわね……って、何してんの、ハーミス?」
そんなことを考えていると、女性の隣で、ハーミスは白い箱を開いていた。
開いた箱の中には、透明な試験管だとか、粉薬、液体の入った瓶、空の小瓶、針が付いた細長い何かと黒いチューブ。何に使うかさっぱり分からない器具を準備しながら、白い箱の内側にある複雑なボタンを押している彼は、クレアに答えた。
「助けてんだよ。このキットなら、注射器とカプセルで毒素を取り除けるからな」
毒を取り除ける。こんな意味不明な器具で。
「は、はぁ!?」
思わず声を上げたクレアに見向きもせず、ラーニングされた内容を反芻しながら、淡々と箱に繋がれた黒いチューブを口の中にいれ、ボタンを押す。
すると、たちまち女性の痙攣は収まってゆき、呼吸も整い始めた。未だに肌は白いままで、弱っているようだが、多少なりはましであるようだ。
「理屈は分からねえが、毒がなくなれば、薬物依存も一緒に治まるんだろ?」
「そ、そりゃそうだけど、あんたは医者じゃないでしょ!?」
狼狽えているようにすら見えるクレアに対し、ハーミスは箱を持ち上げ、見せつけた。中には『注文器』のカタログ・ディスプレイのような画面が表示され、忙しなく様々な数字や文字が動いている。クレアには、意味不明だ。
「これ、見てみろ。ここに何をどうすればいいかが表示されてるんだ、この通りにやれば誰にでも治療ができる。ラーニングしたデータによると、戦場で瀕死の状態になった兵士を、誰でも治療可能にする為のキットみてえだしな」
おまけにハーミスの説明も意味不明だったが、クレアはこう言う他なかった。
「……よくわかんないけど、治せるの?」
箱を地面に置きなおし、針の付いた器具や小瓶を取り出しながら、ハーミスは言った。
「三万ウルもしたんだ、やってみるさ。とりあえずこの場でできるところまで処置をして、それから場所を移そう。もっと多くの聖伐隊が来るかもしれねえしな」
聖伐隊が来るかもしれないと言っておきながら、人の命を優先する。
助からないかもしれない、末期の薬物中毒者を、見ず知らずの敵か味方かも知れない相手を助ける。ハーミスの本質は、きっとこのお人好し加減なのだろう。
必死にラーニングされた知識を使って人助けをするハーミスを後ろで見つめながら、クレアは心底呆れた調子で言った。
「ったく、あんたって本当に……」
「でもそこが、ハーミスのいいところなんだよね。ルビー、知ってるよ」
「……知ってるわよ。あたしだって、それくらい」
ルビーに言われずとも、照れ隠しにそっぽを向いたクレアは、重々承知だった。
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