第57話 魔女


 どれくらい、眠っていただろうか。


「……ん、うん……ここ、は……?」


 聖伐隊の服を纏った女性は、ゆっくりと目を覚ました。

 地面の上に寝かせされているというのは、視界に広がる青空のおかげで分かった。うすぼんやりと靄のかかった頭の中に、記憶が去来してくる。

 確か、聖伐隊に追われて、矢を射られて落馬した。するとハーミスを名乗る青年が現れて、馴れ馴れしく話しかけてきた。こんな相手に構ってはいられないと、隠れ家へと向かう途中で、薬物の禁断症状が起きて――。


「お、目が覚めたか。調子はどうだ?」


 思い出している途中で、彼女の正面から声が聞こえた。

 体を起こして顔を向けると、川のほとりで水を汲んでいるハーミス達がいた。銀色の水筒に三人が各々水を入れてから、蓋を締め、ハーミスが近づいてきた。


「――貴方達は、って、うわぁっ!?」


 咄嗟に距離を取ろうとした彼女だったが、立ち上がろうとした途端、足に力が入らずに倒れ込んだ。いきなり転んだのに驚き、今度は残った二人も近寄ってきた。


「無理に動かない方が良いわよ。こいつが言うには、毒は取り除けたけど、体にはまだダメージが残ってるって。ほら、立ち上がれないでしょ?」


「ど、毒を? そんな馬鹿な、髑髏芥子の毒を簡単に……」


 何を馬鹿なことを。そう言おうとしたが、彼女は確かに気付いた。

 毒薬が体の中に残っていた頃の、不快感がない。それどころか、呼吸も落ち着いていて、内臓を突き刺すような毒の痛みもない。まさか、本当に毒を抜いたのか。


「……本当に……体が軽い、それに毒の感覚が無くなって……!」


 信じられないといった様子で頬を触り、掌を眺める女性に、ハーミスが笑いかけた。


「礼なら言わなくてもいいぜ」


 その言葉を聞いて、彼女ははっと顔を平静に整え、ハーミスから目を逸らした。


「…………別に、礼など言いません。私は助けてくれと言っていませんので」


「むー、せっかくハーミスが助けてあげたのに! ママが言ってたよ、お礼が言えないと悪いドラゴンになっちゃうよって!」


 口から火を吹いて注意するルビーを、ハーミスが宥める。人型のドラゴンを見ても全く驚かない辺り、ハーミス達の情報を聖伐隊でかなり聞いていると思っても良いだろう。


「まあまあ、ルビー。俺は礼なんていらねえ、聞きたいのはお前が何者で、どうして聖伐隊から逃げてたかってとこだ。聖伐隊は所属してる人間同士でも殺し合うのか?」


 彼が質問すると、突然彼女は語気を強め、怒鳴るように言った。


「違います! 私は人間ではありません、『魔女』です!」


 魔女。職業の天啓で与えられる『魔法師』や『大魔法師』と違う、『魔女』。

 ハーミス達は顔を見合わせた。


「……『魔女』? 人間とどう違うんだ、クレア?」


「一々あたしに聞かないでよ、何でもは知らないんだから」


 クレアが呆れた調子で肩をすくめると、女性は鼻を鳴らして偉ぶった調子で話した。


「フン、これだから無知な人間は困ります! 『魔女』は悪魔と契約して魔法を使えるようになった存在です、貴方方人間が亜人と呼ぶ存在です! 天啓やスキルを受けなければ魔法を使えない人間とは違うんです!」


「人間の職業、『魔法師』と同じようなもんじゃねえかよ」


「ちーがーいーまーす! 人間はステータスが天啓を受け、『魔法力』が高まらなければ魔法を使えません! ですが魔女は悪魔の恩恵を貰うだけで、より強力な魔法が使えるんです! 分かりましたか、人間より魔法に於いて魔女が優れているんです!」


「ふーん、大体わかった。説明ありがとな」


 ここまでが、ハーミス達の――全く考えていなかった作戦である。


「はっ!?」


 女性は自分が喋り過ぎたことに気付き、これまた驚いた顔を見せる。どうやらこの女性は知的な態度を取っておきながら、うっかり屋さんでもあるようだ。

 段々、ハーミスは彼女の扱い方が分かってきたような気がした。というより、彼女が自分で拒むほど拒否する力が強いわけではなく、そう悪い亜人でもないらしい。


「そんじゃ、次の質問だ。魔法を使える魔女とやらが、どうして魔物どころか亜人も皆殺しにする聖伐隊にいたんだ? おかしいだろ?」


 ハーミスの問いかけを、彼女は冷静に突っぱねる。


「関係ないと言ったでしょう。私は貴方達と無関係なのです……う……」


 だか、それもハーミスにとっては、というより仲間にとっては織り込み済み。


「無関係じゃねえよ。体が回復するまでは、な」


「諦めた方が良いわよ、こいつのお節介は相手が納得するまで続くから」


 バイクにもたれかかるクレアも、水筒の中の水を飲むルビーも、同じ表情だ。つまり、ハーミスは彼女のトラブルや騒動に、いつまでも首を突っ込み続ける。

 このご時世に、お人好しのおかしな男だ。女性は思わず、ため息をついた。


「……話を聞いたら、満足するんですね。分かりました、それなら事情を話します」


 三人がゆっくりと集まる中、女性は重い口を開いた。


「私はエル。『レギンリオル軍魔法特務隊』に所属する、魔女です」

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