第54話 落馬


 ルビーが遠く遥かの異変に気付いた先では、異変が馬に乗り疾走していた。

 背後から追いかけてくるのは、聖伐隊の隊員が五人。いずれも同じく馬に乗り、諦める様子もなく、ずっと追いかけ回してくる。


「はっ……はっ……!」


 敵に見つかるようなへまはしなかった。しかし、よもや、へまでも何でもなく、ただ偶然見つかるだけが最大のピンチを招くとは。


「くそ、まさかここで見つかるなんて……!」


 どうにかして、どうにかしてこの苦境を乗り切れば、目的地はもうすぐだ。

 そんな考えを見透かし、ここで仕留めると言わんばかりに、聖伐隊の隊員のうち一人が、馬上で弓を弾き絞り、間髪入れず敵目掛けて放った。


「ぐあっ!」


 マントを掠めた矢は血の装飾を施し、飛んで行く。射られた相手は思わず右肩に手を添えてしまい、手綱から手を離す。元より馬に乗っているのが限界だったのか、体勢を崩し、草の上に転がってしまう。

 本人は気づいていないが、このままでは射られず、斬られずとも馬に轢かれて死ぬ。

 呻くことしかできないまま、自分の未来すら予測できずに悶えている時だった。


「ガアアァッ!」


 突如として空から舞い降りた赤い風が、戦闘の隊員の首を捻じり、引き千切った。

 動きを止めた馬と聖伐隊の前に現れた、殺意を秘めた暴風の正体は、尾をしならせて翼をはためかせるルビーだ。骨ごと引っこ抜いた男の頭を投げ捨てて、彼女は仇敵を睨む。

 だが、直ぐにその異様さに気付いた。


「やっぱり、こいつらは聖伐隊……でも、何だろう?」


 今まで、首を千切り落としたり、皮を剥いだりすれば、敵は慄くか、逃げ出すかのどちらかの行動を取った。こいつらはそのどちらでもない。男女問わず、ぼんやりとルビーを見つめるだけなのだ。


「ハーミスーっ! おかしいよ、皆感情がないみたいで……ウガアゥ!」


 大声で、バイクで追いかけてきたハーミス達に警告しようとしたルビーだが、連中は見つめるだけでなく、しっかりと矢を番えて射ってきた。

 ひらりと中空を飛ぶ彼女を見ながら、バイクで接近するクレアが心配した――呆れた様子で叫ぶ。両手でしっかりと拳銃を構えながら、彼女は狙いを定める。


「戦いに集中しなさいよ! ハーミス、もっと近寄って! じゃないと撃てない!」


「俺なら撃てるぞ」


「あんたみたいな天啓お化けと一緒にすんじゃないわよ! この、えいっ!」


 破れかぶれのように彼女が引き金を引くと、紫の半透明の銃弾が放たれた。

 練習として何発か撃った程度の経験しかない上に、走るバイクから射撃した彼女だが、弾丸は見事に聖伐隊の女性隊員の背に吸い込まれ、体を貫通して絶命させた。

 予想外の命中に、ハーミスも思わず驚いた。クレアはというと、両手を高く掲げて、げらげらと早すぎる勝利宣言をする始末。


「よし、当たった! 見なさい見なさい、このクレア・メリルダークは大体のことはそつなくこなせちゃう天才系女子なのよ、にゃーははは!」


「あー分かった分かった、いいから残りもやっちまえ」


「ちょっと、何よその冷たい反応は!」


 接近しながら、クレアは苛立った調子で敵を撃つ。二、三発と見事に外れたが、その分はルビーがしっかり対応し、矢をかわしながら、敵の体を抉り、尾を顔面に突き刺す。あっという間に五人のうち、四人が屍と化した。


「これで四人、撤退するか……」


 ハーミスはバイクの速度を下げながら、敵の行動を窺う。


「グルルアアァ!」


 その必要はなかった。ルビーが残った一人の首を、黒い籠手――『魔導式腕力増強装置』の付いた腕でへし折ったからだ。魔力を使わずとも、ドラゴンの力なら余裕だが。


「……そうはさせないよな、あいつの場合。よし、とりあえず追われてた奴の保護だ」


「がってん!」「うん!」


 敵が全滅し、馬が走り去ったのを見ながら、ハーミスはバイクを倒れている誰かの近くに寄せた。クレアが背嚢を背負って駆け寄る後ろから、ハーミスが声をかける。


「おい、大丈夫か? 生きてるか?」


「傷は浅いみたいね。軟膏と包帯が背嚢の中にあるから、簡単な治療で問題ないわ」


 クレアの診察通りなら、大した怪我ではない。事実、見える怪我は一か所のみ。

 しかし、彼女はどうにも苦しそうだ。顔は青白く、ずっと震えていて、ハーミスの問いかけにも呻き声でしか返事をしない。これを平常と呼ぶのは難しいだろう。


「でもクレア、なんだかとっても苦しそうだよ……?」


 心配そうなルビーの言い分を受け流しながら、クレアは治療の為に、マントを剥いだ。


「こいつは追われる身よ、心労が祟ってるとかそんなのでしょ。第一、亜人の体調なんてあたしはそんなに詳しく――」


 そして、その手を止めた。


「……え?」


 マントの下にあったのは、獣の毛でも、麗しい肌色以外の肌でもない。よくよく見てみれば、この誰かは、人間的な特徴、特に女性らしい要素が強い。

 何より一行が驚愕したのは、マントの下にあったのが、先程殲滅した聖伐隊と同じ服であるという点だ。隊員のように弓か盾、剣を装備してはいないが、白いジャケットとズボンを着た姿はどう見ても聖伐隊だ。


「……亜人じゃない、人間だ。しかも……聖伐隊の」


 女性の体を仰向けに寝かせるクレアも、流石に目を丸くしている。


「どういうこと? どうして聖伐隊が仲間を追いかけてたの?」


「……俺が聞きたいくらいだ」


 聖伐隊が仲間を追い、殺そうとする状況。これまで一度だって直面していない事態。

 何が起きているのかと、治療すら忘れたハーミス達の前で。

 女性が、かっと目を見開いた。

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