第47話 屈辱


 崩れ落ちた壁。バントを圧し潰した瓦礫。

 そして立ち上る煙と炎を見て、シャスティとベルフィは、感動に打ち震えていた。


「……やった……やったぞ、あの聖伐隊の幹部を、倒したんだ!」


「『選ばれし者』を、わたくし達が……!」


 里を襲い、全ての希望を奪い取った相手を、『選ばれし者』と謳われる者をこの手で倒したのだ。思わずここで満足しそうになったが、ハーミスの言葉で我に返った。


「喜ぶのは早いぞ、街から脱出するまでが作戦だ。ほら、行くぜ」


 そう、まだゴールではない。里に帰るまでが作戦だ。

 一切の抵抗がなくなった駐屯所からグランドウォーカーが出てくると、周囲の人々は逃げ出した。人間が走るのと同じくらいの速度が出せる黒い四本足の乗り物が、惨劇の現場と化した駐屯所から出てくれば、当然逃げるだろう。

 泣き叫ぶ人類など無視して、機械は走り出す。街の外に向かう道や家屋が、駐屯所と同じように破壊されているのに気付き、シャスティは驚いた。


「この破壊の跡……何が起きているんだ!?」


 まるで、凄まじい数の猪か、熊の大群が押し寄せて、何もかもを踏みつけて行ったかのようだ。破壊の痕跡を追いながら走ろうとすると、声が後ろから近付いてきた。


「シャスティさん、それにベルフィ姫も!」


 横道から魔物の背に乗ってやってきたのは、ジョゴから最初に逃げ出した、二人のエルフの子供だ。気性の荒そうな魔物だが、エルフ達に手懐けられているのだろうか。

 ハーミスがおかしな光景に首を傾げていると、シャスティが二人の無事を喜んだ。


「モルティ、カナディ! どうしたんだ、その魔物達は! それにお前も……」


 二人はモルティ、カナディという名前らしい。ベルフィも、無事に安堵している。


「クレアとルビーという、人間とドラゴンのコンビが助けてくれたんです! 他の仲間は皆、街の外で待機してます! 私達は姫とシャスティさんを迎えに来たんです!」


「全部あの二人のおかげです! それに、彼女達が言うには、この街にエルフを救う救世主が来ているって……まさか!」


 二人の視線が、ハーミスに集中した。

 クレアからどんな話を聞いたのかは知らないが、ハーミスは自分を救世主などとは思っていない。ただ、困っている相手を見過ごせず、聖女の仲間を殺したいだけだ。


「よせよ、救世主なんて大したもんじゃないぜ。俺は好き勝手に復讐してるだけだ」


「とにかく、見ての通り姫は無事だ。先に行っててくれ、里で落ち合おう」


「分かりました、では――」


 カナディが会釈し、魔物を走らせようとした時だった。

 凄まじい爆発を伴う炎が、グランドウォーカーの脇腹に直撃した。


「うわあああああッ!?」


 機械が耐えられる火力の限界値を容易く超えた衝撃は、子供達を魔物諸共吹き飛ばし、グランドウォーカーを横転させ、しかも一番近くの八百屋に叩きつけた。

 辺りから炎が立ち上り、連鎖するように隣の家屋が崩れる。メラメラと揺らめく空気を睨みつけるように、駐屯所の入り口から、男が出てきた。


「僕から逃げられると思ってるのか、ゴミ共がああああぁッ!」


 バントだ。瓦礫の中から舞い戻った、バントだ。

 ただし、無傷で出られはしなかったらしい。ローブは焼け焦げてボロボロで血塗れ、右腕の骨が折れているのか力なく垂れ下がり、一部の髪が肌ごと削げ落ちている。叫んだ拍子で口から血を吐き出すが、怒りは目に、顔に、体中に灯っている。

 彼の視線の先の、完全にひっくり返ったグランドウォーカーから、ハーミスが這い出てきた。額を切ったのか血を流し、服も頬も、黒く汚れてしまっている。


「バントの奴、生きてやがったのか……って、シャスティ! 姫!」


 ハーミスが機械の後部に目をやると、シャスティ達が揃って投げ出されていた。二人の下に駆け寄って声をかけるが、呼吸はしているものの、返事がない。


「おい、大丈夫か!? 返事しろ、おい!」


「シャスティさん、姫様!」


 幸い、モルティ達は無事のようだ。バントの接近を感じながら、彼は二人に言った。


「ちぃ……お前ら、先に行け! 町を出た仲間達と、里に戻るんだ! お前らが戻らなきゃ、待ってる仲間も動けないはずだろ!」


「だけど、二人が「いいから行け!」……ご武運を、救世主様!」


 炎を憎々しげに見つめながら、子供達は魔物の尻を蹴った。すると、彼らは命令に従うかのように、街の外へと走っていった。

 バントはというと、魔物達に追撃をしなかった。彼の狙いはただ一人、ハーミスだ。


「……ハーミス、決闘だ。『大魔法師』の僕と無能のお前で、決闘をするぞ」


 彼は立ち止まった。前に出てこい、といっているのだと気づき、ハーミスは『注文器』ショップを見ずに起動しながら、グランドウォーカーを離れ、仇敵の前に立つ。


「見せつけてやる、弱者が蹂躙される様を。エルフ共に希望なんて必要ないんだよ、あいつらはただひたすら搾取される、僕の玩具で居続けるのがお似合いだからな!」


 一々大仰な台詞を言わないと死ぬのか、と思いながら、ハーミスはカタログで必要なものを購入していく。彼は無言だが、バントの演説はまだ続いている。


「特にお前には、最大の屈辱を与えてやる。僕の魔法で燃やし尽くした後、体と男根を晒してやる。首を聖伐隊の前に飾って、その次は仲間を――」


 もう、いいだろう。

 購入は完了した。キャリアーがハーミスの後ろに到着したのにも気づかず、自分の世界に浸っている半分禿げた男を、ハーミスは現実に戻してやった。


「随分とべらべら喋るんだな。ユーゴーよりみっともないぜ、バント」


 鼻で笑う彼に、バントは血走った眼を向けた。


「……なん、だ、とぉ?」


 ここまできてようやく、バントはハーミスが、無能でないと気づいたようだ。


「またのご利用をお待ちしております」


 キャリアーが一礼して虚空に帰っていった時、彼はもう、戦闘準備を完了していた。

 両腕に漆黒の『魔導弾発射低反動回転式拳銃』を一丁ずつ、背中に鈍い銀色の『自動装填式魔導散弾銃』を一丁。腰には『魔導拳銃用弾倉』を合わせて八個。計一万ウル。

 この世界の人間は知らない。銃、と呼ばれる、何かを傷つけ、殺めるのに適した武器を。魔法として使う魔力を弾丸として放つ、別世界、別次元の武器を。

 足元には、割れたオレンジ色のカード。

 隣には、橙色のステータス画面。黒の塗り潰しは存在せず、射撃を的確に命中させる技巧力と集中力、精神力が格段に跳ねあがった状態。


「喋ってる間に、俺は準備を済ませちまったよ。職業、『ガンスリンガー』……こっちの世界にはない職業ライセンスだが、使わせてもらうぜ」


 ハーミス・タナー・プライム。職業、ガンスリンガー。スキル、『自動装填』リロード

 魔法の熟達者と、別次元の技術の熟達者の決闘は。


「さて、始めるか。お望み通りの、決闘だ」


 復讐者の一声で、幕が上がった。

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