第34話 情報


 夜が更け、朝になり、作戦は決行された。

 土色のマントに身を包み、フードを被った四人は、森を抜け、平原を進んだ先にあるロアンナの街へと来ていた。商人が行き来する街と聞いていただけあり、人の往来が多い。

 ハーミスは生まれてこの方、これだけ人が行き来する地域に来たことがなかった。家屋もジュエイル村よりずっと多く、立ち並んだ露店では食品や装飾品、日用品を売っている。白い壁の家や商店も、ハーミスにとっては初めて見る光景だ。

 ルビーも同様に呆然としていたが、クレアと、人と戦ってきたシャスティには知れた、見慣れた光景のようで、エルフはハーミスを正気に戻すかのように言った。


「……まさか、こんなに早くロアンナに到着できるとはな。あの重い鉄の塊……バイク、だったか。乗り物とは思わなかったぞ」


 はっと我に返ったハーミスは、人の往来が激しい、石で補正された道の真ん中ではなく、端を歩きながら答えた。三人もまた、それに追従した。


「バイク、って言うんだよ。今は一番近い川のほとりに停めてあるから、帰りもあれに乗って逃げるようにしよう。ちょっと手狭なのは勘弁な」


「ほんとよ、サイドカーに二人も乗るから狭かったじゃない! というかハーミス、川に停めてて、盗まれたりしたらどうするのよ」


「大丈夫。このキーを差し込まないと動かないし、無理に動かせば電流が走る仕組みだ」


「どういう仕組みよ、それ……まあ、いいとして。街にはやっぱり聖伐隊がいるわね」


 彼らがマントを羽織って、こそこそと端っこを歩いているのは、人の多さだけが理由ではない。白い服を着た聖伐隊の隊員が、そこら中をうろついているのだ。

 彼らも恐らく、ローラからハーミス一行の話を聞いているはずだ。つまり、目をつけられたなら、何人いるかも不明な聖伐隊が纏めて、自分達に襲いかかってくる。


「どうするの、クレア? 聖伐隊、ここでみんなやっつける?」


 マントの中で翼と尾を振り、指を鳴らしたルビーを、クレアは制した。


「その逆よ、お馬鹿。なるべく見つからないようにして情報を集めて、それから動くわよ。差し当たって、最終目標は……」


「あそこだな。聖伐隊のマークが入ってるあの建物、多分駐屯所だ」


 ハーミスが歩きながら指差すのは、真っ白な建物。他の店や住居と比べても、明らかに大きく、丸い屋根の上には十字架のようなマークの、白い旗が掲げられている。

 白を基調とした組織、聖伐隊の使っている建物と思って良いだろう。


「あの建物に、ベルフィ姫が……!」


 シャスティは歯ぎしりし、今にも弓に手をかけそうな目で駐屯所を睨んでいた。気持ちはわかるが、こんな往来で暴れれば、作戦はたちまちおじゃんだ。


「落ち着いて、いきなり突っ込んでも意味ないわ。とりあえずどこかの店で話を聞きたいところね、露店だと声をかけられるかもしれないし……ああ、ここならいいかも」


 一行の中では比較的冷静なクレアは、そう言って三人を一番手近な武具屋へと連れ込んだ。見た目は他の店と変わらないが、剣と盾を模した看板が提げてあった。

 武具屋の名の通り、剣や鎧、盾、巨大な斧まで飾ってある。四人が店に入ると、入り口の鈴が鳴り、奥から店主と思しき、髭を生やした大柄の男性が出てきた。


「らっしゃい、何か武具をお探しで?」


 こういう交渉事、話し合いの時は、クレアが優先して前に出る。


「ううん、悪いけどちょっと聞きたいことがあるの。ねえ、ロアンナで奴隷が買えるって噂を耳にしたんだけど、本当なの?」


 てっきり武器を買いに来てくれたと思っていたのか、にこにこと出てきたはずの店主は、クレアの話を聞くとぶすっと顔つきを変えた。


「なんだ、客じゃないのかい。奴隷ならジョゴから買えるよ、ほら、出てった出てった」


「ジョゴ? 人の名前?」


 出て行けと言いつつ、クレアが問うと、店主は答えてくれる。彼女の話術によるものかと思うと、ハーミスは内心舌を巻いた。

 シャスティは、店主の一挙一動を見逃すまいと、フードの奥でじっと見つめている。ルビーは武器や防具に興味があるのか、色んな方向から眺めて回っている。狭い店内におかしな面子が揃う中、クレアと店主の話は続く。


「そうだよ、ロアンナで唯一の奴隷商人だ。ここじゃあ半年ほど前から魔物や亜人の奴隷とかペットが流通するようになったが、全部あいつが元締めだよ」


「亜人って言うと、エルフとか?」


「おう、最近近くの森からエルフが仕入れられて、五人ほど売る相手が決まったとか言ってたかなあ……美人で上質なのが多いから、いい額で売れたんだと」


 五人売れる。つまり、エルフの子供が五人、人間の玩具となる。


「……ッ!」


 そう聞いた瞬間、シャスティは背負っていた弓を手にした。ハーミスから借りた、黒く鋭角的な弓だ。だが、ここで手に取るのは大間違いだ。

 ルビーも流石にまずいと気づき、シャスティの手を掴んだ。


「落ちついて、シャスティ……あ、わぁっ!」


 ところが、振り返った拍子に、ルビーの尾が飾ってあった鎧にぶつかってしまった。

 乱暴な音を立てて、鎧は倒れてしまった。兜が転がり、手にしていた盾がガンガンと音を立てて落ちたので、皆の視線はそちらに集中してしまう。


「お前ら、何してんだよ!?」


 ハーミスが慌てた時には、もう手遅れ。


「おいおい、売りもんに触るんじゃねえよ! 買い物もしねえならさっさと出てけ!」


 店主はシャスティの弓にも、ルビーの尾にも気づかなかったようだが、買い物もしない相手が店を荒らすのには流石に耐えられなかったようで、手振りで四人を追い出した。


「ご、ごめんなさぁーいっ!」


 クレアの謝罪と共に、四人は武具屋を追い出された。

 大きな音を立てて絞められた扉の前で、シャスティは弓を背負いなおしながら、クレア達に申し訳なさそうな顔をして、指で頬を掻きながら謝った。


「……済まない、子供達がじきに売られると聞いて、つい……」


 しかし、直ぐに武具屋から歩き出したクレアは、怒ってなどいなかった。


「今回だけはナイスよ。店主の気を引けたもの」


 それどころか、笑っていた。彼女について行く三人のうち、ハーミスが理由を聞いた。


「どういう意味だ、クレア?」


「本当は聖伐隊との関係も聞き出してからやるつもりだったんだけど、鎧を倒してくれたおかげでカウンターから店員の視線が逸れたの。おかげでほら、ね?」


 マントの裏、パーカーのポケットに手を突っ込んで、彼女は札束を引き出した。そしてそれを、ハーミスに手渡した。


「ざっと十万ウルはあるわ。活動資金は必要でしょ?」


 いったい、いつの間にこれだけの額を盗み取ったのか。本来なら人として咎めるべきなのだが、ハーミスはその手腕を、かえって褒めるほかなかった。


「……本当、大した奴だよ、お前は」


 呆れて笑う一行にクレアは、にかっと笑顔を見せた。

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