第33話 前夜


 振り返ったクレアは、ルビー以上に目を丸くした。

 背の低さのせいで、クレアは年齢以上に幼く見られる。そういって笑った相手はふんじばって有り金を奪い取ってきたのだが、まさか子供よりも下に見られるとは。


「……は? あたし、こう見えても十六歳よ?」


 顔を顰める彼女に、シャスティは鼻で笑って、言った。


「フッ、だったら子供達の方が年上だ。一番若くても三十代だからな」


 思わずテーブルから立ち上がったクレアの顔は、驚きを超えて、妙な理不尽さを浮かべてさえいた。シャスティの小馬鹿にしたような表情に、耐えられなかったのも理由だが。


「――はあぁ!? 三十代で子供って、そしたらあんたはいくつなのよ!?」


「今年で百五十二歳だ。何だ、エルフの長寿については知らなかったのか? 見た目どころか知識や落ち着きでも、お前よりエルフ族の子の方が大人びているかもな」


 常識知らずと言われているような気がして、クレアはこめかみをひくつかせる。


「い、言ってくれるじゃない……だったらこっちも驚かせてやるわ! ハーミス、潜入で必要そうなもの、『通販』オーダーで今買ってちょうだい!」


 自分に話を振られると思っていなかったのか、ハーミスはクレアを呆れた調子で見た。てきとうに流せば良いものを、クレアは売り言葉に買い言葉が基本のスタンスなので、どうにもそうはいかないらしい。


「お、おい、今じゃなくても「いいから!」……分かったよ、えっと、必要なのは……」


 顔を寄せて怒鳴りつける彼女を見て、ハーミスは抵抗を諦めた。そして、いつもの調子で『注文器』ショップを起動すると、カタログと買い物の相談を始めた。

 エルフ達が、何をしているのかと興味を持って集まってくるのにも構わず、ハーミスは買い物を続ける。予算と相談しつつ、色々な状況で使えるものがいいだろう。


「えーと、潜入だからなるべく見つかりにくくするアイテムで、全員分のマントと、これも使えそうだな……あとはライセンスも追加で買っておいて……予算ギリギリになっちまうけど、とりあえずこれで、購入、っと!」


 ハーミスが青いカタログの画面の注文確定ボタンを押すと、いつも通り広場に黒い渦が発生し、その中からバイクに跨ったキャリアーが走ってきた。


「どわああぁ!?」「きゃああ!?」


 テーブルに集まってきたエルフが慄き、散り散りになるのは当然だ。青白い顔の、全身黒尽くめの人間が、訳の分からない鉄屑に乗って走ってきたのだから。しかも、どこからともなく走ってきたのだから。

 唖然とするシャスティ、してやったり、とふんぞり返るクレアを無視して、キャリアーはハーミスの前で停車した。


「お待たせしました、『ラーク・ティーン四次元通販サービス』でございます」


 そして、複数枚の布類を手渡すと、これまたバイクのエンジンをふかし、立ち去ろうとした。そんな彼女を、シャスティが引き留めようとする。


「な、な、なんだ!? どこから来た、貴様! 名を名乗れ!」


「またのご利用をお待ちしております」


「あ、ちょ、ちょっと待て! どこへ行く気だ、せめて名乗れと……消えた?」


 しかし、全く無意味だった。

 シャスティの声を無視して、キャリアーは黒い渦の中へと去っていってしまった。呆然とする彼女の前に立ち、勝ち誇ったように、クレアはにやにやと笑う。


「ふふーん、どう? びっくりしたでしょ? あれがあたし達の強さの秘訣ふぎゅっ」


 鼻を大きく鳴らし、口元を吊り上げるクレアの頭に振り下ろされるのは、ハーミスの拳骨。単にシャスティを驚かせる為だけに通販を使わせたのだから、当然ではある。


「お前が威張るんじゃねえよ。つーか、今回の買い物で貯金の殆ど使っちまったぞ」


「はあぁぁ!? 買い物下手にも程があるわよ、一文無しで生活しろっての!?」


「さっさと買えって急かすからだろうが……痛でっ! 脛を蹴るんじゃねえよ、この!」


「拳骨のお返しよ、このこのっ!」


 ぽこすかと喧嘩を始める二人を見つめ、そわそわと落ち着かない様子のルビー。そんな三人を眺めるエルフ達は、明らかに不安になっていた。

 実力は確かだが、謎が多い。行き当たりばったりの傾向もあり、仲が良いとも言い切れない。選択を後悔しつつあるエルフの代表として、シャスティが三人に告げた。


「……明日の朝、作戦を決行する。それまでに体力を回復させておけ。食事と寝床はこちらで用意してやる。必ず成功させるぞ」


 頬をつねられながら、ハーミスが答えた。


「おう、やってやるさ痛でで! 違う、ルビー、これはじゃれてるんじゃねえって!」


 そこに飛び込んできたのは、ルビーだ。どうやらはしゃいでいるものと勘違いして、人間よりもずっと強い筋力を有するドラゴンが乱入してきたのだから、たまったものではない。二人は笑顔のルビーによって、あっという間にもみくちゃにされた。

 子供の戯れよりも酷いと思いながら、シャスティは背を向けて歩いてゆく。エルフの仲間が彼女について行きながら、ひそひそと話しかける。


「いいの、シャスティ? 確かに彼らは強いけど、信用しても……」


「……あれくらいの気狂いでないと、聖伐隊には逆らえないだろうな」


「シャスティ……」


 彼女はどうにも、三人がただのおかしな連中には見えなかったのだ。

 確かに話は通じないし、奇怪な力を持っているし、礼節にかける。おまけに一人は死んでいて、一人はドラゴン。残る一人は人間だが、口が悪ければ手癖も悪い、別の地域のエルフであれば問答無用で処刑される職業――盗賊のようだ。

 だが、彼らには魅力があった。命を投げ打ってでも何かを果たしそうな、自分の心の靄を晴らしてくれるような、危険な魅力が。

 シャスティはベルフィ姫が奴隷となってからずっと、心に靄を住まわせていた。きっと、自分は安全を享受するのではなく、戦いによる死を求めていたのだと考えていた。


「もしかすると、私は求めていたのかもしれないな。危険を承知で、無謀の炎に飛び込める狂人を。奴らがそうなのかもと思った、それだけだ」


 彼女にとっては、ある意味では好機だった。

 他のエルフが心配そうに見つめる中、彼女はただ、思案するばかりだった。

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