第32話 腹心


 広場の隣には、エルフ達が談笑や集会に使う為の大きな円卓があった。木で作られたそれにハーミス達とエルフ達全員が集まり、話は始まった。


「まずはロアンナの街についてね。聖伐隊の情報はそんなに知らないけど、あそこは商人達の集まる街ね。都市からは遠い連絡用の街だけど、相当賑わってるわ」


 打ち合わせを切り出したのは、テーブル上に地図を広げたクレアだ。平原の中心地にあるロアンナを指差すと、シャスティが苦い顔をした。


「今は聖伐隊の駐屯所があって、奴らに渡す為の武具の売買でさらに隆盛していると聞いた。それに、あまり言いたくはないが……奴隷の商人も、通り始めたと」


「今回の一件と関りがないってわけは、ないわよね」


「……分かっている。子供達をどうするか、ユーゴーと、バントとかいう幹部が言っていた。子供達は皆奴隷にするとな」


 奴隷のことを口にした時、エルフ達は一様に目を伏せた。クレアに言われた時は矢を放ったが、彼女達としても、考えうる恐ろしい結末の予期くらいはできていたのだ。


「あんた達も分かってながら、敢えて口にしてなかったのね」


 手を腰に当てたクレアがため息をつく一方で、ハーミスは何かを懐かしんでいた。


「……バントか。まさかあいつが、今回の敵とはな」


 ユーゴーを知っていれば、ハーミスは当然バントも知っている。『選ばれし者達』のうちの一人であれば、彼が忌まわしいその顔を忘れているはずがない。頬杖をついたハーミスに、ルビーが声をかける。


「ハーミス、知ってるの? ルビーはあの聖騎士だけ知ってるけど、バントも?」


「ああ、知ってるよ。バントはいつもユーゴーの後ろにいた奴だ。いつも地味で、目立たない奴だったけど、あいつも幹部になってたんだな」


 彼が覚えている限り、バントはいつもユーゴーの後ろにいた。理不尽や暴力に直接関わらなかったが、止める様子もなかった。まるで腹心のようだったと、覚えている。


「その口ぶり、ハーミスとやら、お前は『選ばれし者達』の知り合いなのか?」


 シャスティに聞かれ、彼は里の景色を仰ぎ見ながら答えた。


「知り合いというか、幼馴染だな。俺は聖女と、『選ばれし者達』と同じ村で育った。あいつらの企てに俺だけが加担しなかったから、俺は殺された。それから色々あって、俺は生き返った。だから、俺を殺したあいつらに復讐してるのさ」


「ちょっと、あんた死んでたの!?」「ハーミス、死んだの!?」


 同時に、クレアとルビーが飛び上がった。

 勿論、シャスティを除いたエルフ達も驚愕していた。まさか、こんなに生き生きとした死人がいるなどとは。というより、生き返るなどということがあるとは。

 同時に、ハーミスは思い出していた。聖女の幼馴染であるという経歴は話していたが、自分が死んだという点については、特に話していなかったのだ。


「言ってなかったけか? ほら、俺の体に継ぎ接ぎがあるだろ? 村の近くの谷底に落ちた時にばらばらになったのを直してもらって、俺は生き返ったんだ」


 首筋や腕の、太い継ぎ接ぎのような傷痕を見せると、一同は不思議と納得してしまった。彼の持つミステリアスな雰囲気と、人間の中でも頭一つ飛び出た力。何より青い瞳の中にある、人ではない何かの意志が、説得力を生み出していた。


「……本当に、意味の分からない奴よね、今更だけど……」


「死して蘇った男、か。道理で死を恐れる様子もないわけだ」


「どうも。とにかく、バントはその中の一人だ。影の薄い奴だったけど、俺が痛めつけられるのを誰よりも喜んでるように見えたよ。ユーゴーって後ろ盾があったのも理由だろうけど、まだ一緒にいたとはな」


 地味さと同時にハーミスが覚えていたのは、いつも笑っているバントの顔だ。

 げらげらと下品に笑いはしなかったが、ユーゴーの後ろで、いつでも口元だけを歪ませて笑っていた。しかも決まって、ハーミスが苦しんでいる時だけに。


「じゃあ、そのバントもロアンナにいる可能性は高いわね。そいつはハーミス、あんたに任せてもいいかしら?」


 クレアがハーミスを指差すと、彼は小さく笑って頷いた。


「俺がやるよ。あいつも、ユーゴーを殺した俺についてはローラから……聖女から聞いてるはずだ。お望み通り、出向いてやるとするさ」


「聖伐隊云々はさっき言った通り、あんたとシャスティに任せるわね。出来るだけ大袈裟に暴れてちょうだい。その間に、あたしとルビーで子供達と翡翠を探すわ」


 大まかな作戦が決まり、クレアは腕を組んで、大袈裟に鼻で息をした。巻き込まれたとはいえ、奴隷商売が稼げるとはいえ、クレアとしても許せる限度があるのだ。


「ったく、子供ってんだからあたし達より年下でしょ、そんな子を攫うなんてとんだ悪党じゃないの、聖伐隊ってのはやっぱり……」


 そこまで言って、クレアは気づいた。

 周囲が彼女を見つめている。

 何を言っているのか、と言いたげな顔で。何か悪いことを言ってしまったかと思った彼女の隣のルビーが、目を丸くして言った。


「クレア、エルフの子供だから、クレアよりもきっと年上だよ?」

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