第31話 決闘
鉈を片手で構えるハーミスは、さっきまでのとぼけたような人間と同一人物とは思えないほど静かな意志を瞳に湛え、シャスティを見据えていた。
放たれる威圧感が、周囲のエルフやクレア、ルビーを黙らせた。背の鞘に仕舞っていた鉈を引き抜いたシャスティだけが、ただ一人ハーミスに問いかける。
「成程、剣士だったか。持っていた武器は弓だけだったが、敵を油断させる罠か?」
「今この瞬間から一日限定だよ、元はただの死人だ」
「死人とは、冗談だな。奇襲に対応できる反応速度は認めてやろう。だが、剣術はどうか! でやあぁッ!」
エルフ特有の構えから、シャスティは一気に斬りかかってきた。
里でも一番の使い手だと言う通り、確かに間合いを詰める速度も、太刀筋も鋭い。だが、ハーミスには彼女の攻撃が、青い瞳に、手に取るように見えている。
「ふんッ!」
だからこそ、彼が薙いだ鉈の一振りは、ぶつけて攻撃を弾いたのではなく、刃の軌道を逸らした。空振りにも似た状態に持っていけたのは、偏に彼のスキルのおかげである。
(スキル
スローモーションに見える攻撃に対し、ハーミスは普通の速度で対応ができる。
だからこそ攻撃は当たらない。彼は冷静に防御ができる。苦し紛れに放った次の攻撃も容易くかわされて、シャスティの中に明確な焦りが生まれた。たった二撃のはずなのに、ハーミスに予見されているように錯覚してしまったのだ。
(くっ、何だこいつは!? 私の手の内を先読みされているような……!)
姿勢を整えたシャスティの連撃にも、彼は動じず、鉈すら振るわない。シャスティの攻撃は正確性に優れ、威力もあるが、『見切り』の前では効果が薄い。
銀の髪を靡かせ、右に、左に振るわれる攻撃を全て避けながら、ハーミスが言う。
「俺の方が有利だと思うが、まだ認めてくれねえか?」
「この……舐めるなッ!」
降伏を進めるハーミスの言葉を挑発と捉えたシャスティだったが、それがまずかった。
明らかに冷静さを欠いた、鉈の大袈裟な横の一振り。命中すればハーミスの首を刎ねられるだろうが、彼はしゃがみ、攻撃をさっと避けた。
「しまった!?」
大振りな一撃が自身の危機でもあると気づいた時には、既に遅かった。ハーミスは地面を滑るように一回転し、シャスティの左足に蹴りを叩き込んだ。決して強い一撃ではなかったが、職業のステータス補正によって、彼女は体勢を崩した。
転んでしまったシャスティが鉈を握って立ち上がろうとしたが、そんな隙を彼が逃すはずがない。体を起こすより先に、ハーミスの鉈が、彼女の鼻先に突き付けられていた。
「……俺の勝ちだな」
静寂が里を包み込み、エルフ達が見守る中、観念したようにシャスティは言った。
「…………分かった、負けを認めよう。貴様達の実力は確かなようだ」
そう聞いて、ハーミスは鉈を捨て、シャスティに手を伸ばした。人の助けなど、と小さく呟きはしたが、彼女はハーミスの手を取り、立ち上がった。
同時に、広場はわっと沸き上がった。シャスティの実力を知るエルフの誰もが、まさかあっさり捕まった人間に負けるなど、思ってもみなかったのだ。
「凄い、シャスティを負かすなんて!」「もしかすると、聖伐隊をほんとに……」
これだけ実力を持つならば、可能性も見いだせると、全員が期待していた。
「これほどの実力を持っている者が敵だとすれば、聖伐隊も難儀するだろう。それで、どんな作戦で姫達を連中から救い出すつもりだ?」
ところが、作戦と聞いたハーミスの顔から、急に余裕がなくなった。
「作戦? えーっと、作戦ってーと……」
まさか、作戦など考えていないのか。
期待が少しずつ薄れていく中、クレアが追い打ちをかける。
「そんなもん、決まってるでしょ。陽動組と実行組に分かれるのよ。聖伐隊がいるなら駐屯所があるはずだし、そこをぶっ壊してあいつらを倒す。そんでもって、誰かを捕らえてエルフの子供達と翡翠の居場所を聞き出して奪い取って、さっさと撤退、これね!」
要するに、作戦らしい作戦などではない。
ハーミスも、エルフを助けたい気持ちがあったが、作戦の立案などは得意ではない。すっかり呆れたエルフを代表するかのように、シャスティがため息とともに言った。
「さっきも言ったが、それができれば世話はない。ロアンナの街には、百人どころではない聖伐隊の隊員がいるらしい。考えなしの突撃では、晒し首になるだけだ」
「だったら、あたしとルビーが探し物をするわ。ハーミスは一人でも超強いから、聖伐隊の方を任せるわね。ごちゃごちゃした作戦なんて立てても頓挫するのよ、こういうのは」
見たところ、クレアだけでなく、ハーミスとルビーも、その作戦で行くつもりだ。口には出していないが、それでいこう、と顔が言っている。
「大丈夫なの?」「行き当たりばったりすぎるわね」
こんな連中の立てた作戦を聞けば、不安になるのは当然だ。
どうしようかとエルフ達がまごついていると、シャスティが口を開いた。
「……仕方ない、私も同伴しよう」
彼女の発言は、エルフ達のまごつきを、ざわめきと心配へと変えた。
「シャスティ!? そんな、危険よ!」
仲間達からすれば、無謀な作戦に里一番の勇士を送り込むなんて選択肢は選びたくない。これまでは彼らが成し遂げてくれると確信していたが、今は生きて帰ってこられる確率は低いだろう。
実のところ、エルフとしては三人を送り込むのも億劫になっていた。勝手に戦い、勝手に捕まるのは自由だが、そこでエルフとの関わりを自白されたくはない。シャスティも同じ考えだからこそ、彼女はついて行くと言った。
「こいつらだけに任せていれば、成功するものもしなくなる。それに、他所から来た人間に助けてもらいながら、自分達が同伴しないのも矛盾しているだろう」
素直に仲間が増えたのを喜ぶルビーはともかく、ハーミスとクレアは、エルフの考えくらいは読めていた。だが、こちらの無謀な提案を受け入れてくれたのも事実だ。
「ありがとな、シャスティ。助かるよ」
ハーミスが感謝しても、シャスティは目を逸らして小さく頷くだけだった。
ただ、彼女が協力を申し出たのは、リスクの軽減だけではなかった。
(妙な奴らだ。勝ち目のない戦いに見えるのに、信じてみようという気にさせられる)
奇妙で不思議な感覚が、ハーミスの持ち得る何かが、シャスティを動かしていた。間抜けだとは自分でも理解していたが、それでも賭けずにはいられなかった。
複雑な顔をしているシャスティはさておき、クレアが話を進めるように言った。
「そんじゃ、早速情報の共有と行きましょ。あたし達が知ってることと、あんた達が知ってることのすり合わせってやつよ」
クレアの言葉で、エルフと三人は訓練場を離れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます