第3話 無能
それからの数年、ハーミスの処遇は大きく変わった。
元より彼を知っている村民からの対応は変わらなかった。変わったのは、幼馴染達から――『聖女と選ばれし者達』からの接し方だ。
「おい、ハーミス! 今日はお前が薪集めの当番だろ、さっさとやってこい!」
「ご、ごめん! 直ぐやってくるよ!」
反論でもないのに、彼らの苛立ちを買ったハーミスの顔に、拳が叩き込まれた。
「言われる前にやりやが、れッ!」
「ぶ、ぐう!?」
周囲に誰もいないのをいいことに、五人近い少年達がハーミスを囲み、殴り、蹴り始めた。
金髪のガタイが良い少年、『聖騎士』のユーゴーは彼を雑用として使い回した。時には気晴らしとして暴力を振るい、更に雑用を押し付けた。
暴力を振るったのは、何も彼だけではない。ストレス発散程度に殴られたり、蹴られたり。どんな暴力を受けても、回復の魔法を使える者が治癒し、村ではさも何事もないように過ごした。
「ローラに近づかないでくれる? というか、私達にも寄らないでほしいんだけど」
「あの……できれば私にも近寄らないでください」
「あ、ああ……悪りいな……」
緑青色のショートヘアをした双子の姉妹、『勇者』のリオノーレと『賢者』のサンは、彼がローラに近づくことすら汚らわしいと判断し、距離を置いた。時には詰り、彼を半ば糞尿のように扱った。
彼ら、彼女らに限った話ではない。かつて仲が良かった面々は態度を変え、辛辣に接した。ハーミスから距離を置かなかったのは、憂さ晴らしの相手が欲しかったからかもしれないと思えるくらい、彼は逃げられなかった。
村民の中ですら天啓を貰わなかった者はいなかったのに加えて、聖女と、その付き人として世界を変える者だ。その認識が強すぎたのか、彼らの関係の中では、選民思想のようなものが蔓延していたのだ。
ハーミスには天啓がない。スキルもない。ならば扱いもその程度で良い。
それを村では公にしなかった。大人の前でだけ、自分が良い人間であるとアピールする『選ばれし者達』は、誰にも疑われはしなかった。ハーミスもまた、密告をしなかった。
ただ、その点も含めて何より彼らが嫌悪していたのが、彼が魔物に対しても優しい点だ。
「魔物のガキなんか構ってんじゃねえよ、女々しいな!」
「魔物を触った手で我々に触れないでください」
『選ばれし者達』は、何故か魔物を敵視し始めた。つまり、魔物と仲良くし続けていたハーミスも、敵視される傾向にあった。
もしかすると、彼らはずっと魔物や、他の生物を見下していたのかもしれない。どうしてこんな連中に囲まれて生きなければならないのかとも、思っていたのかもしれない。
「そりゃあないだろ、村はずっと魔物と一緒にあったんだ、なんで……」
「つべこべ言うんじゃねえよ、ハーミスのくせによ!」
ずっと村と半共生状態になっていた魔物に対し、直接的な被害は加えなかったが、かといって助けようともしなかった。ハーミスが魔物と触れ合っていると、ユーゴーと、彼と仲の良い『選ばれた』少年達はこぞって彼を苛めた。
唯一人、対応を変えなかったのはローラだけだった。
変えなかったと言っても、積極的に話しかけることはなくなった。いつでも仲間の『選ばれた』少女達に囲まれていて、ハーミスは遠目に見る権利すらなかった。
だとしても、いつかは誰かの役に立てればと、ハーミスは文句の一つも言わなかった。
村民に心配されても、村長が「何でも相談してほしい」と言っても、彼は己を貫き通した。即ち、誰に何をされようとも『選ばれし者達』に尽くす道を五年間も選んだ。
(天啓もスキルもなくても、いつか俺が皆の助けになれたら……)
暴力を受けても、迫害されても、ハーミスはただ信じていた。
愚直と言われようとも、誰かの為に生きることこそが正しいと、そう思っていたからだ。
いつかはと思っていた、そんな生活が終焉を迎えたのは、周辺の探索を兼ねて、十一人で村の外れの薄暗い谷に向かった日――つまり、ハーミスが死んだ日だ。
ハーミスはいつも通り、ローラを含めた十人の後ろについていた。彼らは何かしらの目的があったようだが、ハーミスは聞かされておらず、荷物持ちとして幾つも大きな鞄を背負わされていた。
「今日もありがとな、ハーミス! わざわざ荷物をもってくれてよ!」
「いいよ、これくらい……」
「それくらいしか価値もないんだけどね、こんな奴」
「……はは……」
「あの、笑ってる暇があるならさっさとついてきてください」
「…………」
ユーゴー、リオノーレ、リン、その他の面々は互いに話し合うが、目的だけは相変わらずさっぱりだった。時々止まって、談笑して、また進んで。
そんなことを繰り返しているうち、ハーミスはふと、気づいた。
「……あれ、ローラは……?」
ローラがいない。
どこに行ったのだろうと辺りを見回していると、彼女は直ぐに見つかった。一行から少し離れたところで、右手に大きな光を蓄えていた。あれが所謂『魔法』と呼ばれる超人的な能力の一つであり、聖女として持ち得る技能だと、ハーミスは知っていた。
そんな彼女の眼前にいるのは、翼の生えた赤い蜥蜴のような生き物。魔物の一種であるが、ハーミスは種類を知らず、怯えた様子から子供ではないかとだけ察した。
慄く魔物の子に、光を翳そうとする聖女。もしや。
「――皆、ローラが! ローラが魔物を!」
ハーミスは思わず声を上げた。『選ばれし者達』は彼が指差す方向を見たが、誰も動こうとも、ローラに何かしらの指摘を行おうともしなかった。
いや、無言だった。まるで、最初から予定通り、予定調和であるかのように。
じっとローラの為すべきことを見つめている彼らの様子で、ハーミスは気づいた。彼らの目的は、魔物を傷つけに――或いは、殺しに来たのだと。
(そんな、まさか! 魔物を殺せば、共生が崩れる……それが狙いなのか!?)
もしかしたら別の可能性もあったのかもしれないが、ハーミスには到底、ローラ一行が魔物と戯れようとしているようには見えなかった。寧ろ、全員が全員、これから襲われる蜥蜴の姿をした魔物の末路を楽しんでいるようにも見えた。
「……だめだ、ローラっ!」
思わず、荷物を投げだして、彼は駆け出した。
「何をするつもりですか、ハーミス!」
「誰か止めろ、あのクソ野郎を! 俺達の計画がおじゃんになっちまうぞ!」
「ローラ、ハーミスが邪魔しようとしてるわ! さっさと魔物を殺して!」
リオノーレの声を聞いたローラは、咄嗟にハーミスの方を向いた。
恐らく、こんな行動を取るとは思ってもいなかったのだろう。こちらを見たローラの顔は、魔物に向けていた時の顔そのままで、聖女の職に相応しい優美さはなかった。ただただ憎悪と嫌悪に満ち溢れた、本性の具現のようであった。
「――邪魔するな、下等な無能が」
ローラは、そう言った気がした。
彼女の掌は、視線同様ハーミスに向けられた。この光は、やはり攻撃性があった。
どうして分かったかといえば、光が瞬いたかと思うと、ハーミスの体を焼いたからだ。
赤い蜥蜴が飛んで逃げて行くのを見たのが、ハーミスがまともな意識を保てていた最後の瞬間だった。良かった、と言う間もなく、彼の体は光によって、業火の中に飛び込んだかのように焼かれた。
悲鳴を上げたくても上げられない。喉が潰れ、噴き出す血も焼かれる。
仲間の声がこだまする。彼がまだ、仲間だと思っている者の声が。
無様。無能。
邪魔者。最底辺。
苦悶の中、ハーミスはただ思う。
どうして、どうして自分だけが。何も知らされぬまま、何も与えられぬまま。
所詮、仲間への妄信だと笑われて死ぬのか。
自分が何をしたのか――。
◇◇◇◇◇◇
千切れた腕が繋がり、結ばれて一年。
眼球が嵌めこみ直され、毛根が生え始めて半年。
焼け爛れた肌の全てを挿げ替え、必要な体のパーツを補充して半年。
きっかり三年の時を経て、順番待ちの立場から解放されて。
「――お待たせしました、ハーミス・タナー・『プライム』様。会員登録完了です」
疑問と罵倒の波と暗い闇を押しのけ、声を聞き。
ハーミス・タナー・プライムは目を開いた。
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