第2話 天啓

 

 この世界では、人間は十歳になるとある天啓が与えられる。

 それは、『職業』の天啓。『職業』の天啓は、九割九分の人に与えられる。

 男女問わず、どのような地域も問わず。十歳かそれを上回れば、誰しもがその地域の代表や『神託者』と呼ばれる者によって、特別な施設で、どのような職業が一番向いているのか――どの職に就くべきかを教えてもらえる。


 更に、人によっては職業に合った不思議な能力、『スキル』を一つ、或いは複数、発現させることができる。例えば、戦士であれば筋力を増加させる。魔法使いであれば火を起こす魔法や、風を巻き起こす魔法が使える。一つの職業に対し、様々なスキルが存在する。

 スキルは一つの才能であり、同じ職業でもスキルの差で役職が変わるケースもあるくらいなので、天啓同様重要視される項目だ。発現する者もいれば、しない者もいる。

 ちなみに、職業の決定は単なる意志だけでなく、本人の成長にも関わる。職業に併せて身体能力も変化する。流石に戦士だからといって体力や筋力一辺倒に成長するわけではないが、他の職に就くものよりも成長しやすい傾向にある。


 そんな個人の能力を数値化し、可視化したものを『ステータス』と呼ぶ。体力や筋力、知力、精神力その他といった、所謂人間としての性能を示したこれは、自分の意思で、橙色の四角形に白い文字が書かれたプレート状として、表示が可能である。

 所謂プライバシーに当たる面である為、積極的に見せる物ではないが、可視化された力は多くの条件で提示を余儀なくされる。

 良くも悪くも、人間の性能が評価され、見られやすい世界。

 少しだけ、息苦しい世界。


「――よし、これでオッケーだな」


 こんな世界で生きる少年――ハーミス・タナーもまた、天啓を待つ少年である。

 背は人並み、髪型は少し癖のある銀色のショートヘアで、前髪がバッテン状になっている。眉も銀色。瞳の色は黒色。肌は白く、白のシャツとベージュのズボンは同じものばかりを着回しているのか、やや汚れが目立つ。

 彼が住まうのは、とある国の辺境。北を洞窟の多い山、西を森と谷に挟まれた小さな村落。名をジュエイル村といい、村民の殆どが中年かそれ以上の高齢者。

 大した特徴のない村だが、強いて言うならば、比較的魔物――本来は人を襲う害獣的存在と、仲を取り持っている点が特徴だ。取り持つと言っても、相互不可侵程度ではあるが、人を容赦なく襲う魔物の性質を考えれば、大したものだ。

 村民達の努力の他にも、村長や一部の大人しか知らない理由もあるのだが、それはおいおい話せば良いだろう。


「もう迷い込むんじゃないぞー、怪我すんなよーっ」


 さて、村に十人しかいない若者のうちの一人である彼は、小さな四足歩行の獣の脚を擦りながら、それが遠くに去っていくのを眺めていた。彼は時折、迷い込んだ魔物を森に帰し、怪我を治していた。温和な彼の性格上、どうしても見過ごせないのである。

 今日もまた一匹の魔物を助けた彼に、声をかける者が一人。


「おーい、ハーミス! 何してんだよ、『天啓』の儀式がもう始まってるぞ!」


 振り返った彼の目に飛び込んできたのは、村で馴染みの面々。金髪の少年が一人、青髪の少年、黄緑色の大人しそうな少女と、併せて三人。何れも常日頃からハーミスと仲良くしている、幼馴染だ。


「天啓……ああ、そうだったな。もう俺の番?」


 とぼけた調子の返答に、金髪のショートヘアが呆れた調子で言った。


「あとはお前だけだよ。ほら、早く来いよ!」


「分かった。それにしても、随分楽しそうだな」


「そりゃあそうさ、お前も村長の家に行けばわかるよ」


 手を引かれ、彼は森から離れ、長閑な村に入って行く。階段を幾つか登り、広場を抜ければ、集会所の隣のやや大きい木製の家屋が村長の家だ。

 そこには、村中の人々が集まっていた。

 静かなジュエイル村とは思えないほどの歓声と、歓喜の声。仲間達の逸る気持ちを体現したかのようなそれらは全て、村長の家の前にいる少女に向けられていた。


「凄いな、ローラ! まさかジュエイル村から『聖女』の職業が出るなんて!」


「ローラ、凄い、凄いよ! それに私達も『選ばれし者』だよ!」


 理由は一つ。彼女の天啓が、『聖女』に決まったからだ。

 常人と比べてあらゆるステータスに優れ、聖女にしか与えられないスキルを手に入れられる。何より、世界を安寧に導いたとされる聖女は、その存在だけで崇められるのである。


「ねえ、ステータスを見せて!」


「う、うん……」


 まだ自分が聖女だと信じられない様子のローラが、人差し指を空で振ると、橙色の半透明の正方形が現れた。文字や数字が羅列するそこには確かに、『職業:聖女』の文言が。

 またもや周囲は沸いた。ハーミスの後ろでも、喜びの声が聞こえてくる。


「凄いなあ、聖女と『選ばれし者達』……伝説の救世主だ」


 伝説では、職業の天啓によって聖女が現れた時、その者と同じ場所、同じ時期に天啓を与えられた若者は、聖女と共に須らく世に平定を齎すとされている。人々は『選ばれし者達』と呼び、時代の節目に現出しては伝説通りに世界を救うのだと信じてきた。

 つまり、ローラや彼女の隣に並んで喜ぶ双子、ハーミスの後ろにいる三人、その他彼も合わせて十一人が、『選ばれし者達』と呼ばれることとなるのだ。喜ばないはずがない。

 自分のことのように喜ぶハーミスが、村長の家に近づく中、ローラと目が合った。


「ハーミス! 聞いて、私がまさか聖女に……」


「うん、知ってる。おめでとう、ローラならきっといい世の中が作れるよ」


「そんな、私には荷が重いわ。天啓とスキルだけじゃ、世の中なんて」


「だからこそ皆がいるんだろ? じゃあ、俺も行ってくるよ」


「……行ってらっしゃい、ハーミス」


 少しの不安を残した顔をするローラと、きっと良い天啓を貰っただろう仲間達を一瞥して、ハーミスは村長の家に入って行った。

 家の中は暗く、中央に水晶玉の置かれたテーブルがある。

 奥にいるのは、長く白い髭を生やした村長。頭部の毛根はすっかり死滅し、背も曲がっているが、彼こそが神より人の往くべき道を給う存在だ。

 村長と向かい合い、ハーミスは水晶玉に手を伸ばす。


「聞いておると思うが、ローラは聖女に選ばれた。他の者も聖騎士や勇者、賢者の天啓を受けておる。お主も恵まれるとよいの、ハーミス」


「はい。俺も天啓を得て、皆の役に立てるよう努めます」


 生まれた時から両親がいなかったハーミスにとっては、儀式を見つめているこの仲間達だけが頼りだった。おかげで、幼少期に偶然の事故で死んだ両親の死も気にならなかったし、いつも一緒にいるだけで寂しさも紛らわせた。

 だから今度は、自分が皆と同様に天啓を得て、その恩返しができれば。

 そう思いつつ、ハーミスはじっと水晶玉に手を当て続けた。


「…………?」


 しかし、何も起きない。


「村長、どうなってるんですか? 俺の天啓は、何なんですか?」


 聞いたところでは、天啓は眩い光と共に、宙に浮かぶ文字として現れるらしい。それもこんなに時間をかけず、たちまち出てくるのだとも。

 次第に不安になり、ハーミスは村長を見た。彼もまた、ハーミスを信じられない、といった調子で見つめていたが、奇怪な、不安な沈黙を破ったのは、村長の一言だった。


「――ハーミス、お主に『天啓』はない。スキルも……ない」


「え?」


 瞬間、彼は視界が真っ暗になった。

 前述した通り、九割九分の人間には天啓が与えられる。では、残りの一分の人間にはどうなのかというと、何の天啓も与えられない。つまり、スキルも存在しない。

 天啓もスキルもなければ、進む道も、職業も存在しない。

 要するに、人間世界において『価値』のない人間。

 呆然として家を出て、事実を告げたハーミスを見る目が変わったのに気付くのは、仲間が仲間でなくなったと理解する、この翌日からだった。

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