聖女に殺された少年、何でも買える『通販』スキルで復讐する~知らない内に魔物達の救世主になってました!?~

いちまる

デッドマン

第1話 転落


 大抵の人は、自らの死を選べない。

 時も、手段も、苦楽すらも。殆どの人間――生物は、来たる時に来たる手段を以って、死を迎える。苦か楽かは、運任せだ。

 さて、とある少年にも、その瞬間がやってきていた。

 少年の名は、ハーミス・タナー。

 彼の場合は、少々悲惨な死に方だ。全身が焼け爛れ、毛髪は縮れてほぼ抜け落ち、眼球は半分ほど飛び出ていた。筋肉が小刻みに痙攣し、血を口から絶え間なく吐き出している。つまり、原形を留めていない。

紛れもなく、これから死ぬ人間と呼んで差し支えない。

 これは災害か。偶然か。そのどちらでもない。


「……どうしましょう、こんなことに……!」


 彼を囲む十人の少年少女が、その答えだ。

 何ということはない。中心でわなわなと震えるブロンドの美しい少女が、掌から放った、眩く白い光で、彼を焼き尽くしたのである。

 彼女は最初から、ハーミスを狙ったのでもない。生まれ育った村から少し離れた、この薄暗い渓谷で魔物を殺そうとした。その時、ハーミスが魔物を庇ったのだ。結果として、彼は体を焼かれ、身悶えし、今まさに死のうとしている。


「どうしよう、これ……死んじゃうよね、これ……」


「ローラは悪くないよ、うん、悪くないよ!」


 彼も一応、仲間内の一人だ。彼女が恐怖に打ち震えるのも仕方ないと言える。両隣の緑青色のショートヘアの双子が慰めるが、結論はそう出るものでもないはずだ。


「――事故だよ、これは」


 いや、訂正しよう。結論はあっさりと出た。

 誰が発言したのか、誰が提案したのかは知らない。しかし、誰でも問題なかった。このハーミスの処分方法を誰かが決めてくれたのだから、あやからない手はなかった。


「……そうだよ、これは事故だ」


「ローラが魔物をやっつけようって時に、たまたま……」


「いや、ローラや俺達とは関係ない! こいつは足を滑らせて、あの谷底に落ちたんだ!」


 金髪の少年が指差した少し先には、底の見えない地の割れ目。

 人を落として、完全に人間がいなくなったのだと説明するには、うってつけだ。


「……こうしよう。職業の天啓もスキルもないから、魔物を倒して力を証明しようとした。けど失敗して、目の前で谷底に落ちたんだ」


 青い髪の背の高い少年が静かに話すと、全員が頷き、同意した。


「こんな奴の為に、ローラの将来を奪わせちゃいけないよ」


「ローラは聖女なんだ、俺達は『選ばれし者達』だ。こんなところで終わるべきじゃない」


 彼ら、彼女らがローラを庇うと、彼女は涙ながらに感謝する。


「皆さん……ありがとうございます、私なんかの為に……」


「気にしないで、ローラ! それじゃあ皆、始めよう」


 双子の中でも活発らしい様子の少女がそう言いながら、ハーミスの体を蹴った。


「あそこまでこうして連れて行こう。こうすれば運命共同体、罪の共有ができるよ」


 罪の共有。全員が傷つけたとすれば、罪悪感も軽くなるというのが、建前。


「……本音は?」


「……触りたくないでしょ、こんな死体に。天啓も貰えなかったのに、ローラについてきた奴なんか、こうなって当然なんだよ」


 一人が本音を漏らしながら蹴ると、ハーミスの体が少しずつ割れ目に近づく。彼女がそうしたなら、ローラ以外の面々も同じように、怒りと呆れをぶつけながら、彼を蹴る。


「才能がないくせに、『選ばれし者』についてくるなんておこがましいんだよ」


「魔物とも仲良くしちゃってさ、同世代の恥よね、ほんと」


「遅かれ早かれ死ぬんだし、今死んだって変わらないだろ、オラッ!」


 金髪の少年が彼を思い切り蹴ると、腕が曲がった。

 その一撃をきっかけに、全員がストレスを吐き出すように力強く蹴りだした。死地へと赴く速度は早まり、ぶよぶよの四肢は無惨に折れ曲がり、歯が抜け、頭が凹む。

 死ね、無能、底辺。罵詈雑言の嵐と、暴力の連打を受けるハーミス。

 そんな彼だが、実のところ、まだ死んではいなかった。


(――痛い、痛い、痛いよ! 助けて、皆、助けて!)


 体中に蟲が這うような激痛を感じながら、それでも助けを請いたかったが、喉も舌も機能しなかった。仲間達が何とか助けてくれるかと思ったが、その矢先にこれだ。

 仲間達だと、ハーミスは信じていた。自分が無能だとしても周りが聖騎士や勇者、ローラが聖女だとしても、『選ばれし者』でないとしても、彼は傍にいたいと思っていた。まあ、その結果がこれなのだが。


(なんで、どうして!? 俺、皆の為に頑張ってきたのに!?)


 涙すら零れない不完全な肉体を転がされ、蹴られ、時には手にした武器で突かれ、刺されながら、ハーミスはようやく死の淵まで辿り着いた。


「……ハーミス、お前が魔物を庇ったのが悪いんだぜ」


「あんなドラゴン、死んでもいいのに。ま、あたし達の計画を知らなかったから仕方ないか」


「教える必要もねえだろ。魔物と仲が良いなんて、うちの村連中と同じだ。気色悪りい」


 ぼろぼろの肉塊を見下す十人。中心にはローラ。

 彼女は、一つも手を触れなかった。全てを仲間に任せていた。終始申し訳なさそうにしていたが、ハーミスは気づいていた。

 このローラ――聖女は、嗤っていた。

 蛆虫が死にゆく様を、嗤っていた。

 絶望するハーミスの最期の言葉すら聞かずに、彼らはぐっと、触れた足に力を込めた。


「死ね、ハーミス」


 そして、全員が声を合わせ、蹴落とした。

 ほぼ死に体の少年の体は宙に浮いた。それは刹那の間だけで、たちまちハーミスは狭い、深い、奈落の闇のような谷底へと落ちて行った。遂に眼球が眼窩から浮いた彼の、残された左目が見たのは、醜悪な笑みを浮かべる、世界を救うとされる『選ばれし者達』。

 その中央には、救世主達を纏める伝説の聖女、ローラの笑顔。


(あんまりだ、俺に『天啓』も『スキル』もないってだけで――)


 優しさの中に、底なしの邪悪さを見たハーミスの意識は、ブラックアウトした。


 ◇◇◇◇◇◇


 果たして、ハーミス・タナーは死んだ。

 谷底に落下した彼の体は、胴体から上下に千切れ、四肢がもげた。左目はどこかに行ってしまって、頭部がまだ首に繋がっているのが奇跡なくらいだ。十五歳の、彼の人生は終わり。

 ふと、こつん、と。

 死した瞳で、光の届かない世界を眺めるハーミスの体に、何かが落ちてきた。

 黒く四角い何かが取り付けられた、ブレスレットのようなもの。きっと、ハーミスが落下してきた時、どこかに引っかかっていたのがぶつかり、一緒に落ちてきたのだろう。彼の体に落ちたそれは、二、三度跳ねた後、四角形の中央が静かに光輝いた。

 少しだけちかちかと明滅して、ブレスレットから声が聞こえてきた。


『――この度は『ラーク・ティーン四次元通販サービス』をご利用いただきまして、誠にありがとうございます』


 聞いている者はいない。死んだハーミスを除けば。


『お客様の個人情報を登録いたします。只今の登録待ち時間は――』


 尤も、ブレスレットはハーミスに言っている。


『――三年でございます。既に死亡いたしましたお客様の情報登録、並びに『保存』と『修復』まで、今しばらくお待ちくださいませ』


 死したハーミスと、転輪する運命に。

 彼がどうして死んだのか、どうして迫害されたのか。

 話は、五年程前に遡る。

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