第2話 ベッドを求めて
ダンジョンは石造りの遺跡のような造りで、内部には日の光がまったく入らないはずだが、不思議と周囲の状況を把握できるくらいの薄明るさを保っている。
「聞いた話では小部屋にいたということだったな。まずは地図にある小部屋から虱潰しにあたるとするか」という魔法使いの言に従い、3人は探索を開始した。
ダンジョンといっても未探索のエリアが多いだけで基本的にはただの廃墟と変わらない。
出てくるモンスターも野犬や大鼠や蛇、肉食コウモリなどの獣がほとんどで、大きな音を出したり松明を振りかざしたりすれば襲い掛かってくることはあまりない。そうしているうちに、地図に記されていた範囲の小部屋は回りきってしまった。
「ベッドミミックどころか普通のミミックすら居やしなかったな」
「なに、まだ地図に記されている場所を見ただけだぜ。未踏の領域は幾らでもある。宝探しの始まりはこれからだ」
少し気落ちしている戦士に探索士は励ましの声をかけた。
「凶悪なモンスターとやらにいつ出くわすとも知れん。ここから先はいっそう気を引き締めて行くぞ」
魔法使いがそう言った矢先、探索士の顔つきがこわばる。
「……おいおい、こいつは
「ならば、気付かれないように距離を保ちつつ探索を進めよう。『危険を冒さずに拾えるものは命だけ』だ」
戦士の力強い言葉に2人も行くしかないという決意を抱く。
探索士は「ヤツはこのあたりだ」と地図の空白地帯を指さし、その周囲を避けて探索を続行することにした。
そして3人はベッドミミックを求めてまだ見ぬ領域を進んでいく。しかし奥に行けどもベッドミミックどころか目ぼしい値打ち物すら見当たらないまま、ついに大鬼の周囲の一帯を残すのみとなった。
ふと、妙だと探索士は言う。何が妙なんだと魔法使いが尋ねると、全然移動していないようだと答える。
3人は意を決して視認可能なところまで接近し、恐る恐る様子をうかがう。
「あれは……横になって……眠っているのか?」
と探索士が言うと、戦士は、ちょうどいい。眠ってる隙に最後の部屋に忍び込もう。と駆け出す。
引き留めようと探索士が伸ばした手はむなしく空を切り、戦士を止める手段のない2人も仕方なく後を追い、3人はなんとか部屋に入り込む。
「……この部屋にもベッドはないか。所詮は噂話だったということだな」
一通り部屋を見渡して魔法使いがそう言うと、戦士は肩を落として、ここまで危険を冒して結局成果なしかとうなだれてしまった。
部屋を出ようとした時、大鬼がゆっくりと起き上がる。
並の人間の倍もありそうな背丈、青みがかった灰色の肌、ガッシリとした身体つき、筋肉により肥大した腕や脚。そして何より、顔に横並びにある3つの目玉。紛れもなく三ツ目の大鬼。力強さだけでなく身に帯びた魔力で攻撃をはねのけると言われており、一介の冒険者数人程度では到底敵う相手ではない。
「クソッ、よりによってこのタイミングかよ」
と探索士は悪態をつく。全力で回れ右して逃げだしたいところだが、あいにく袋小路の部屋ではそれもできない。どうしたものかと思案していると戦士が言う。
「おれが相手を引き付ける。その間に部屋を出ろ」
「アンタはどうすんだよ」
「大丈夫だ。考えがある」
いくぞと言って、戦士は大鬼に向かって石を投げつける。ダメージは通らないが挑発としては十分にはたらき、大鬼は戦士を標的に定める。
大鬼は傍らに置いてあった棍棒代わりの丸太を手にして戦士へと飛び掛かるも、戦士は攻撃を躱しつつ壁際まで少しずつ下がって時間を稼ぎ、2人を逃がす。
大鬼が追い詰めたとばかりに振り下ろす丸太に、戦士は全力で横から剣をぶつけて間一髪ではじく。そしてこちらの番だと大鬼に向かって駆け出す。
避けられないよう大鬼は腰をかがめて丸太を横薙ぎに振るってきたのに対して、戦士は棒高跳びの要領で剣を床に突き立てて跳躍する。ひしゃげて吹き飛んでいく剣とは対照的に、戦士は大鬼のかがめていた背を蹴って背後に着地すると、二人の後を追い一目散に駆け出した。
1分もせず追いすがってきた大鬼に、探索士はもう来やがったかと言いながら弩を構え、球体を放つ。それは大鬼の顔面目掛けて正確に飛んでいきそのまま命中するかと思いきや、少し手前で炸裂して細かい粒を顔いっぱいに浴びせる。
すると大鬼は足を止めて顔を押さえ、うめき声をあげる。
うまくいってよかったと探索士は笑いながら言う。
「三ツ目の大鬼にも目潰しが効くみたいで助かったぜ。あれで暫くはもつハズだ」
十分に距離がとれた頃、視力を取り戻した大鬼は手近なガレキを手にして投げつけてくる。大鬼にしてみれば手ごろな大きさだが人間には大きく、そして速い。余裕で致命傷だ。
「遠距離攻撃できるなんて聞いてないぞ!」
と慌てる探索士をよそに、魔法使いは冷静に呪文を唱え杖を振るう。すると大鬼と3人の間に厚い水の壁が出現し、ガレキの勢いを殺して防ぐ。
度重なる投擲により水の壁はどんどん削がれて薄くなり、突き抜けてくるものが出始めた。
魔法使いは焦りながら言う。
「さすがにまずいな。だが、そろそろ横道がある。アイツが通れないほど狭い通路に入ってしまえばこっちのものだ」
そうして、なんとか大鬼を撒いてダンジョンの外に脱出することができた。
外はすっかりと夜になっており、何より疲れ果てていたので野営にちょうどいい場所を探す。すると、一軒の小屋があった。
今晩はここに泊めてもらおうと戦士はドアを叩く。しかし何の返答もなく、中から物音も聞こえない。閂もはめられていないようで戸を引くと素直に扉が開いた。
中に向かって声をかけるもやはり返答はない。
「空き家のようだ。使わせてもらうことにしよう」
小屋の中には暖炉と机と、ベッドがひとつ。
戦士はベッドに感激して上半身をベッドにぼふんと投げ出す。しかし起き上がってくることはなく、そのまま眠ってしまったようだ。
探索士は今度はオレの番だと戦士をベッドから引きずり下ろし、ベッドにダイブすると、たちまち寝息をたて始めた。
魔法使いは仕方がないので机に突っ伏すようにして眠り、翌朝を迎えた。
3人は目を覚ますが、前日の疲れが全然抜けていないような顔をしている。だというのに戦士と探索士は何やらハイテンションだ。
「いいベッドだったな。ちょっと具合を確かめるだけのつもりがすっかり眠ってしまっていたようだ」
と戦士が言うと、探索士は深く首肯して言う。
「確かに最高の寝心地だった。オレも一瞬で寝入ってしまったぜ」
「まるで噂に聞いたベッドミミックだな」
と魔法使いがつぶやくと、2人はハッとした顔をする。
「そうだ!こいつはベッドミミックに違いない!探索士ロープ持ってただろ。逃げられないよう縛るんだ!」
と戦士が言うと、探索士はよし任せろと、ベッドの裏を覗かないようにしながら手際よくロープをかける。
そして魔法使いが水の塊を出現させベッドを浮かび上がらせようとする。だが、びくともしない。三人がかりで持ち上げようと試みるが、それでも根でも張ったように動かない。
全力で持ち上げようと力を入れたその時、小屋全体が悲鳴のような軋み音を立て、床や壁が蠢く。そして3人は蠕動する床の動きによって玄関から吐き出された。
呆然としていると、小屋は奇妙に形を変え、溶けるようにして目の前から消えてしまった。
森林の中の、小屋の広さのぶんだけぽっかりと空いている草地に3人は立ち尽くす。
「……あいつはベッドミミックなんかじゃない。ハウスミミックだったんだ!」
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