ベッドハンティング

全方不注意

第1話 ベッドミミックの噂

「ベッドミミックというモンスターを知っているか?」

 とある町の酒場にて、両手剣を背に帯び、いかにも戦士といった風貌の冒険者が問いかける。

「ベッドミミック?知らんなあ。ベッドの形をしたミミックなのか?」

 彼の周りにいたガヤが声を上げた。

「その通り、ベッドの形のミミックなのだが、なんでも寝入る時はこの世の何よりも気持ちいいらしい。代わりに、寝起きは最悪だそうだが」

 これに対し、隣のテーブルにいた、魔法使い然とした理屈っぽそうな雰囲気の男が言う。

「普通はダンジョンの中にベッドがあったら怪しすぎて使おうと思わないだろ。体験談があるなんてそいつは余程の間抜けか変態だな」

「当然の疑問だな。ではおれの聞いた話を聞かせてやろう――」

 戦士は待ってましたと言わんばかりに鼻息を荒くし、ゴホンとひとつ咳払いをすると、意気揚々と語り始めた。


 ――とあるダンジョンに挑むパーティがあった。その一行が凶悪なモンスターに追われ、なんとか逃げおおせた時のことだ。

 息も絶え絶えで逃げきった先で偶然モンスターの気配のしない小部屋を見つけたので、ここで休息をとろうという話になった。

 驚いたことに、この部屋にはベッドがひとつ置いてあった。

 必死で逃げ、疲れ果てていたようで、ベッドの存在に疑問を持つこともなく、部屋の入口にモンスター避けの結界を張ってしばらく眠ることになった。

 パーティは4人、それに対してベッドはひとつときたもんで誰が使うかでひと悶着あったらしいが、結局は女魔法使いがベッドで眠ることになった。

 一眠りして、皆の目が覚めた。

 だが女魔法使いだけはまだ眠ったままだった。

 揺すり起こすと、まだ眠り足りない、せっかくの安全な場所なんだし休める時には休んでおこうと言うから、一理あるなと、もう少しこの部屋で休んでいくことになり、今度は戦士がベッドを使うことになった。

 そのベッドは、見た目はごく普通の、どこの宿屋にでもあるようなベッドだというのに絹よりもなめらかで羽根よりも軽く、貴族の屋敷にあるものよりもフカフカな、天空神の寝所もかくやというほどの、まさに天の国にいるかのような至高の心地で、戦士は睡眠魔法にかかった時よりも速くたちまち眠りに誘われてしまった。

 しばらくして戦士は目を覚ますが、眠る前より明らかに大きな、この部屋にたどり着いた時と遜色ないくらいの疲労感になっていた。

 おかしいと思いながらも、それはそれとしてベッドの心地良さを皆に語るが、何やら皆が怪訝な顔をする。話を聞くと、どうやらベッドの外観が人それぞれ違うように見えているようだと分かった。

 それで、呪われたベッドなんじゃないかという疑惑がわき起こり、皆で詳しく見てみることにした。

 探索士がベッドを下から覗きこもうとしたその瞬間、急にベッドがその4本の脚で器用に走り出し、呆気にとられている一行を尻目に颯爽と部屋の外へ走り去っていった。

 そうして、「あのベッドはきっとミミックの一種だったんだな」という結論になったわけだ。

 ダンジョンから戻った一行は街の宿屋で本物のベッドに横たわるが、ベッドミミックの寝心地の良さを味わってしまった戦士は物足りなさを感じてどうにも寝付くことができなくなってしまった。

 そして戦士はベッドミミックを求めて各地を放浪するようになり、先々でベッドミミックの話を冒険者達に語り聞かせるようになったのだとか――。


「――とまあ、こういう話だ。本人から直接聞いたわけではないんだがな」

 一通り語り終わり、戦士は何やら満足げな表情を浮かべている。

 ただの物珍しさから話を聞いていただけの人々が離れていく一方で、一人が疑問を口にする。

「で、どうしてお前さんはベッドミミックの情報なんかを探しているんだ?」

「捕まえれば好事家がかなりの高値で買ってくれることになっている。それに、実際のところ、どれだけ心地良いか試してみたいものだろう」

 まるで夢を語る無邪気な少年のような弾んだ声で戦士は言うが、魔法使いが冷や水をさす。

「そんな噂だけを頼りに実在も危ぶまれるモンスターを探しにダンジョン潜るなんて正気じゃないな」

 この言葉を聞いて、残っていた人々は皆、それはそうだ、探すなんて現実的じゃなさすぎると戦士の前を去ってゆく。だが一人だけ残った者がいた。

「オレは興味あるぜその話。行こうじゃないか、ベッドミミックという宝を探しに」

 そう言ったのはまだ若く向こう見ずなようだが、そこそこ経験を感じさせる隙のない佇まいをした探索士だ。

 戦士は満面の笑顔で彼に歩み寄り、ハグを交わす。

「お前みたいな同志を求めていたんだ。よろしく頼む」

「じゃあ早速向かうとしようぜ」

 互いに肩をポンと一叩きしあって、戦士と探索士は酒場の出口に向かって歩き出す。そんな2人の背中に魔法使いは心底呆れたような口ぶりで声を掛ける。

「おい待てアンタ達、ベットを持ったことはあるか?」

「どうしたんだ藪から棒に」

 戦士が魔法使いのほうに向き直ると、魔法使いは続ける。

「ベットミミックとやらを捕まえて連れ帰るんだろう?ならば帰りはベットを運び続けることになる。そんな状態でダンジョンを抜けられるのか?」

「なるほどたしかに。どれほどか試しておかないとな」

 探索士は魔法使いの言に納得して手を打ち、店主に空き部屋がないか訊ねるが、あいにく満室でね。と返事されるとお手上げのポーズをする。

 これを見かねた魔法使いが「仕方ない。俺のとっている部屋で試させてやろう」と彼の部屋でベッドを持たせることにした。


 戦士と探索士はベッドを抱えようとしてみたり背負おうとしてみたり、二人で持ってみたりもしたが、抱えようにも背負おうにもデカくて動きづらいったらない。これでは戦闘なんてとてもできない。という結論に至り途方に暮れようとしていた。

 魔法使いはそんな二人の様子を確認すると短い呪文を唱え、杖を振るう。すると下から水の塊が現れ、ベッドを浮き上がらせた。そして戦士と探索士に言う。

「なあ、俺を雇わないか?俺ならそいつを上手く運べる」

 戦士はすぐさま快諾し、よろしく頼むと握手を交わす。

 一方で探索士は、噂だけを頼りにダンジョンに潜るなんて正気じゃないんじゃなかったのかと冗談めかして言うが、魔法使いは確実に金が入るのなら話は別だと真面目な調子で答えた。


 そうして、三人はダンジョンへ向かうこととなった。

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