11 出来る事を 2
「…はぁ!うまくいったぁ!!」
初めてアイテムショップを開いた夜。ユーマは大きなため息と共にベッドに倒れこんだ。充実はしていたが、この世界にきて久しぶりに疲れた一日だった。
しかし、と思う。売りに出した商品はその殆どが売れたのだからかなり嬉しい事だ。
もっと正確に言えば『マッチ』が全部売れたのだ。
しかも、足りないと騒がれるほどに。
売れる商品だろうとは思っていたが、ここ迄とは思っていなかった。
「商品殆ど売れたのは良かったなぁ」
ユーマがこうしてニヤニヤ笑ってしまうのも仕方がない事である。
予備のマッチはもう既に作って用意してあるので明日には出回るだろう。
その次の日、明後日からはまた勝負だが。
何せ『マッチ』は消耗品といえ長くて10日は持つのだ。他国へ輸出しているならまだしもヴァロンだけでは、数日は売れ行きが乏しい日が続くはずだ。
だから次は新しい商品を考えなくてはいけない。商いを始めたからにはしっかり続けたい。それで生活をしていこうと考えているのだからなおさらである。
それも含め、他にも考えなくてはいけない事は山ほどあるのだ。
「あー。でもなぁ。一番はなぁ。やっぱりあの二人が笑ってたことだよなぁ」
考えることは沢山あるのだが。
それよりも何より、ユーマは兄妹が楽しそうにしていたことを思い出し再び嬉しそうに目を細めた。
特にアズエルが楽しそうにしていたのは珍しい事だ。あの子は何時もユーマの前では創った笑顔か不機嫌そうな顔のどちらかであるから。
嗚呼、いや。と思い出す。
思い出せば、初めて街に行った時もアズエルは楽しそうにしていたではないかと。
「意外とアズは街、好きなのかな?」
そう思うとなんだかアズエルが幼い子に思えてきて笑みがこぼれてしまう。
「でも、いいよな。だれかとああやって触れ合うの。そしたら、ラティにもアズにもいい教育になるんじゃないか?」
そんな今日の出来事を思い出し、ユーマは嬉しそうにベットに顔を埋める。
明日は何をしよう、どんな商品を思い描こう。
あの兄妹とどうやって過ごそうと、想像しながら。眠りにつくのだ…
◇
「侵入だ!!」
「捕らえろ!!」
そんな平穏な一日の終わりはあっさりと終わりを告げるのだが。
唐突な怒号にユーマは目を覚ました。勢いよくベッドから起き上がる。
「侵入者?」
そう疑問に思うのは仕方がない。
何事かと部屋にあるテラスに向かえば、窓の向こうに大きな鳥の頭と羽ガタイの良い人間の身体をした生き物が飛び去って行ったのが見えた。
その一人が大きく羽ばたきながらユーマの前に降り立つ。
城の警備として雇ったザックスと言う男だった。
「ユーマ様お休みの所申し訳ありません。侵入者を捕まえました。」
きっちりと頭を下げる彼に、やはりユーマは首をかしげるしかなかった。
ユーマが疑問に思うのは仕方が無かった。何せこの島は他の国からは死の国と呼ばれ恐れられているのだ。
そんな国に侵入してくるのは攻め込んでくる敵国かリル・ディーユの様な盗賊まがいの連中しかいない。しかしだ。元よりこの島はアズエルによって侵入者を拒まれている。
前と違い。殺すなとは言い聞かせておいたが、アズエルの侵入者に対しての態度はまだ厳しいのは良く知っているし、そもそもと思う。どうやってこの島に侵入したのだろう、と。
「侵入者?え?他国の……って事だよね。」
「はい。たった今取り押さえた所です。敵は、ハーピ―の様です」
「…ああ」
理解した。侵入者は空からやって来たのだと。
いや、どうして今まで思いもつかなかったのだろうとすら思ってしまった。
何せ今目の前には《ハーピー》と言う空を自由に飛ぶ種族がいるのだ。この島にもいるのだから他国にいても当然ではないか。
ユーマは小さくため息を付いた。
「捕らえたのなら、その、傷つけちゃだめだよ。迷い込んだだけかもしれないし」
そこまで自分で言っておいてそれは無いなとユーマは自分ながらに呆れた。
わざわざこの死の島と呼ばれる島の上空に好き好んで迷い込む馬鹿がいるはずない。普通なら近づきもしないはずだ。
そう考えると、敵国からの侵入者と考えるのが妥当だ。
「まいったなぁ」
ユーマはもう一度小さくため息を付いた。
正直な所だ。この城。嫌、この島にはまともに戦える人材は皆無と言ってもいい。正確にはアズエルしかいない。
なにせこの城に仕えたり街で自警団をしていたとしても、彼らが相手をしていたのはモンスターや猛獣や鮫。“人“ではないのだ。
なんなら”人“と戦った人材はいないだろうと断言できる。
ハーピーが人に入るかは謎だが。――ザックスを見て少しだけそう思った。
一応、戦えると言えばユーマも入るのだろうが――嫌、論外だ。というか誰かを傷つけるという行為はこの島でしてほしくない。だからこそユーマはため息を付いたのだ。
きっとこの島に侵入してくるような相手だ。屈強な戦士に違いない。…やっぱりザックスをみて思った。
正直不安しかない。
しかしだ。侵入されたものは仕方がない。
「いまその侵入者は何処にいるの?」
「庭に。隊長が取り押さえています」
「そっか。じゃあ私も…いや、ここに連れてきてよ。直接私が話をしよう」
ザックスはユーマの命令に小さく頭を下げ承諾した。
ユーマは小さく息を付いた。
彼にそう命令したのは、その侵入者と話し合いで解決するためだ。
どうしてこの島に来たのか目的をはっきりさせた後、逃がす。敵国なら「こちらに敵意は無い」と書状の一つでも持たせれば良い。それしか思いつかなかったのだ。
「攻めて来たら攻めてきたで、痛い目に合うのは相手だろうしね……」
ユーマはポツリと呟く。
アズエルがこの事を知ったら、侵入者に容赦はしないだろう。
取り敢えず、殺すと言う選択だけは避けなくてはいけない。
「ユーマ様、失礼します。」
考えていると、部屋の外からアグリーが声を掛けて来た。
考えもまともに纏まっていないが、早くもその侵入者とやらを連れて来たらしい。
仕方がないと、ユーマは覚悟を決めた。
「どうぞ、入って。」
部屋の外に声を掛ける。
敵相手にはなめられてはいけないとワザと低い声で威厳があるっぽく声を出す。
ガチャリと扉が開いた。
中に入ってくるのは隊長であるアグリーを筆頭にザックスと数人の兵たち。
そして、その屈強な恐ろしい見た目の兵たちに囲まれてプルプルと震える、小さな小鳥であった。
ああ、いや。違う。小鳥じゃない。
いやしかし、人間でもない。
全身を覆う淡い黄色の羽、鳥の足に腕の途中から変わる鳥の大きな翼、鳥の尾。
しかしだ。
その顔はどう見ても人間の少女でくるくるとした巻き毛の髪が可愛らしい。
「なぁにコレ?だぁれコレ?」
ユーマは思わず間抜けな声を漏らした。
いや仕方がない。だってユーマはハーピーが侵入者と聞いていたのだもの。
ユーマはザックスを見る。ついでにその後ろにいた他の兵たちもみる。
ほらだって仕方がない。ユーマにとって彼らがハーピーなのだから。
大きな鷲の頭に屈強な人間の身体。背からは立派な翼が生え、手足は鋭い鍵爪になっている。黄色のくちばしも凛々しくてカッコいい。
これがユーマの知る
しかしどうだ。目の前の少女は。
後ろの
――ひよこ?
ああいや、セキセイインコだ。色合いは。
さっきからずっとプルプル震えているし見ていて可哀想になってくる。
完全に猛禽類に捕まった獲物である。
そんなヒヨコはユーマを見てさらにがくがくと震えていた。
「ご、ごごごごごごごごごごごめんなざい!!!!わわわわわわわわわたじ!!じじじじじごとでぇぇぇぇ!!!じょ、じょうおうざまにだのまれで!!!」
ヒヨコの裏返った声が響く。そのままガクッと膝をついて泣き出す。愛らしい顔は涙の鼻水でぐずぐずだ。
ヒヨコが何を言いたいのかも理解できなかった。
困惑するのはユーマの方だ。
ぴぃぴぃ泣き始めたヒヨコをどうすればいいのか。
アグリーとザックスのヒヨコを見つめる目は鋭く冷酷なものだ。
少し考える。
――やっぱり考え付かない。
だってどう見ても彼女はハーピィに見えないからだ。
「まぁ、珍しい。この島に来るなんて」
そんな混乱するユーマを諭すようにラティエルの声が響いた。
アグリーが慌てたように侵入者を掴んで道を開ける。ザックス達もだ。
大柄な兵隊たちが道を開け、ようやくラティエルの姿があらわになった。この騒ぎは隠そうにも隠し切れず、ラティエルの耳にも入ったらしい。様子を見に来たというところだろう。
何時もの姿で何時ものように変わらずニコニコと微笑んで、後ろには今の今まで一緒にいたのであろうラティエル付きのメイドであるルルーシカとディアーミカが不安そうに見つめているが、ラティエルは気にすることもなく小さく震える少女へと近づいていった。
「泣かないでください。どうか落ち着いて。私達は何もしませんよ」
軽やかで優しい慈愛に満ちた声が少女に掛けられる。
小さく震えていた少女はそんなラティエルに目を奪われたのか、今までが嘘のようにピタリと泣き止んでいた。
そんな少女にラティエルは微笑みそっと手を差し伸べると少女は完全に落ち着いたのか、その黄色い翼をそっとラティエルの手に乗せ立ち上がるのだ。
どうやらラティエルの微笑みは島の外にも通用するらしいとユーマはこの時に知った。さすが見てくれだけは完璧な聖女だと鼻高々になったぐらいだ。
そんな父親の気持ちも知らずにラティエルは少女に柔らかく目を細めた。
「こんな時間まで、お仕事お疲れ様です。あて先はどちらですか?」
優しくも的確に的を付いた言葉に鳥の少女は我に返るのだ。
少女は慌てたように「ごめんなさい」と叫んだ。ラティエルの手をぱっと離すと慌てた様子でがさごそと肩に掛かっていたカバンを探り出す。
呆然としているユーマの前でアレでもないコレでもないとカバンの中を引っ搔き回し、少女はようやく「あった」と嬉しそうに声を上げて、一枚の封筒を取りだし、
そしてありたっけの声を振り絞るのだ
「ええと、お、恐れ多いですが、こちらにバロン様はいらっしゃいますか!?」
少女の声に、少しの間。ユーマが自分の事だと気づき、ああと声を漏らすまで少しだけ時間がかかった。
「バロンは私だ」
そっと小さく手を上げると、少女はまたビクついたがキリっと眉を上げるとユーマに封筒を差し出す。どうやらユーマにあてた手紙だったらしい。
恐る恐ると手紙を受け取ると少女は唐突にピシッと敬礼を一つ。
「も、申し遅れました!わ、私
そう高らかに進言したのであった。
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