11 出来る事を
――ぱんっ!
そんな大きな手を叩く音がヴァロンの街中に響いた。
街ゆく人々がその音に耳を傾け視線を向ける。
そんな彼らの視線を浴びながら、ユーマは咳払いを一つ。
少しの間。覚悟を決めたように大きく息を吸い込み。そして、
「えー。ヴァロンの皆様!寄ってらっしゃい!見てらっしゃい!黒曜城の雑貨屋、開店だよ!」
何処か気恥ずかしそうに、何所かありきたりでもあるセリフを名一杯に張り上げるのだ。
後ろに白いシーツをかぶせた商品棚と、その前に立つ数人のメイド達と謎のブリキの大きな人型のおもちゃ。そしていつも通り、ニコニコ微笑むラティエルとムスっとした表情のアズエル。黒と白のボーダーエプロン姿の二人を携えて。
あまりの事に唖然としていた住人が少しずつ騒ぎ始めた。
「なんだなんだ」「何が始まったんだ?」「雑貨屋?」「バロンさんたちはいったい何を始めたんだろう」と声はさまざま。
それでも好奇心は抑えきれなかったのか。一人、また一人とユーマの露店へと近づいて来た。
ざわざわと人が集まれば開店だ。ユーマは再びパンパンと手を叩く。それが合図だ。
商品棚の傍に立っていたルビーともう一人の
そこに並ぶのは美しく加工された選り取りの細工達。
綺麗な花の模様が彫られたガラスのケースに並べ入れられた赤い小さな宝石に、
同じく綺麗な氷の結晶の模様が彫られたガラスケースに入る蒼い小さな宝石、
淡く不思議に輝くランプに、傍には薄透明の黄色の液体の入ったガラス瓶。
それから愛らしい模様が描かれた羊皮紙の便せん、他にもいろいろと見目麗しい商品がずらり。
住人たちは思わず息を呑む、その商品すべてが今まで見たことが無い程美しく、そして輝くように見えたからだ。それもそのはず、なにせその商品は全て、今まで存在していなかった
「これは何です?宝石?」」
皆遠巻きに、近くでまじまじと物珍しそうに見ている中、街のエルフの一人が赤い宝石が入った箱を手に取った。
そんなエルフの前でラティエルがニコリと笑う。
「それは『火打ち石』です。」
「火打ち石?これが?」
ラティエルの言葉にエルフのキョトンとした視線が宝石に注がれる。
首をかしげる彼女の前でラティエルは宝石を一つ箱から取り出すと、それを側に置いてあった小さなランプに入れ、その言葉をつぶやいた。
「“フレイム”」
ただ、その一言だけだった。
たがその刹那、赤い宝石は淡く輝く。
輝いたと思った瞬間に宝石は唐突に、燃え上がったのだ。目の前で見ていたエルフの小さな悲鳴が上がった。
「御覧の通り、これは言葉だけで使用できる火打ち石です。」
ラティエルは小さく微笑んだまま、そう口にした。
そう、これは“言葉”だけで済む火打ち石だ。分かりやすく簡単に言えば所謂『マッチ』である。
ユーマの元の世界では当たり前にあった、むしろ時折不便さへ感じる物かもしれない。
しかしだ、この島にはそんなマッチすら存在していない。城では兄妹たちなら指パッチン一つで炎を熾すが、そんな奇跡は勿論島の住人は持ち合わせていない。マッチを作る技術も無ければ素材もない。
火を熾すときは必ず火打ち石を使って一から火を熾す。
そんな様子を城のメイド達が行っていて、いつも不便だなと思っていた。
だから、もっと簡単な『マッチ』を創ったのだ。
「これは私たちが魔力を籠めた創った火打ち石です。ただ“フレイム”そう口にするだけで御覧と通りこの石は炎へと変わるのです。一個につき一回だけ、ですが。これを使用すれば…。」
「これを使えば、火打ち石要らず!あんな何度も何度もカンカンカンカンしなくて済むのでございまするよ!!」
ラティエルの説明を遮るように隣にいたルルーシカが興奮したように身を乗り出して声を荒げた。
彼女の興奮は治まらない。ランプを手に取ると何の躊躇もなく燃え盛る意思を鷲掴みにしたのだ。周りはもちろん驚いた。一気に炎に包まれる少女を想像してか、思わず全員が一歩、後ろに下がった。
しかし、石を鷲掴みにしたルルーシカは全く変わった様子はない。
身体に炎が燃え広がる様子もなければ熱がる様子も全くない。
「みてください!熱くないんです!燃えないんです!すっごいですぅ!!」
興奮が収まらないルルーシカ。そしてその様子を驚いた様子で何処か引いた様子で見つめる街の住人。今まで険しい顔をしていたアズエルがルルーシカの頭を見事に叩きとばす。
その衝撃でルルーシカの掌に合った宝石は手から離れた瞬間に今までが嘘だったように炎は消え去った。
――沈黙が流れる。
沈黙の中、ユーマは咳払いを一つ。再び宝石を一つ取り出した。
「驚かせてごめんね。これらはマジックアイテム、私の息子と娘が魔力を籠めて創ったアイテムだ。この島での生活が少しでも楽になればと考えて創ったものなんだ。使い方は簡単。どれも全て言葉に反応して発動する。簡単に使えて、けれど危険は一切ない。私が保証しよう。見て行くだけでもいい。…っと言うかだ。良かったら見ていってほしい。」
誠実なユーマの言葉に沈黙が続く。
そんな沈黙の中、前に出てくるものが一人。
荷物かごを手に持った、小柄な
ゴブリンはユーマと掌の宝石を交互に見て、ゆっくりと口を開く。
「
勿論だが、ユーマはゴブリンの言葉は理解できない。だからラティエルが耳打ちをする。
ゴブリンの問いを知り、ユーマは静かに目を細めた。
「もちろん!」
ユーマの言葉を聞いて、恐ろしい顔のゴブリンは嬉しそうに笑みを浮かべた。
使い方を教えて欲しいと頼んできたのは直ぐ後の事であった。
「使い方は簡単だ。暖炉やランプ、“囲われた物”の中に入れて“フレイム”って唱えればいいんだよ。それだけで石は発火する。火は小さなものだけど、その後は何時もと同じ、薪をくべれば火は大きくなるよ」
「
ゴブリンの問いにユーマは頷く。
「危険はないよ。さっき彼女が触った通り、人には燃え移らないんだ。暖かいって感じる程度かな?少しでも広い場所に移動すると自然と消える様になっている。だから火事の心配もない。さっきはルルーシカが手で囲っていたから消えなかったんだね。あと、ないとは思うけど『悪事』にも使えない。」
「
例えばと、指を立てる。
「例えばさっき見たいに手に持ったまま、特定の対象物を燃やす……。故意に火災を起こすことは出来ない。どんな些細な悪い事でも利用出来ないって言えばいいかな?」
「え!そんなことが出来るの!?」
この言葉に周りの客はひどく驚いた様子であった。ユーマは続ける。
「うん。なんでもラティエルが、“意思”を籠めたからっとか――」
「それもラティエルさんの魔法なの?」
次の質問、ユーマは目を細めて自慢げに笑うのだ。
「うん。そうだよ。娘自慢の魔法だ!それから注意して欲しい。誰にでも使えるけど、コレは子供には使えないから。」
「……でも呪文だけで燃えるなんて怖いわ。もしうっかり口に出しちゃったらどうするの?」
「それは大丈夫。この石に向かって言わないと呪文の効果は無いんだ。」
少しずつだった。最初のゴブリンに続き他の住人たちが興味を持ったようにユーマに声を掛けていったのは。ユーマはそれに答える様に一生懸命に、しかし楽しそうに次々に質問に答えていく。
ユーマが答え続けると、興味津々に商品をのぞき込んでくる住人が増えていった。
「何個入っているの?」
「一箱に10個。銀貨10枚の所を二日間だけ特別に5枚!お試しにってやつだ。何なら一個使ってみるかい?」
「おれに使わせてくれ!」
何時しかユーマの、店の周りには沢山のお客さんが集まっていた。
何人かの住人がユーマから宝石を受け取り、ランプに火を灯しては驚き、楽しそうに笑う。
「一箱ちょうだい!使ってみるわ!」
誰かが高らかに口にした。それからはあっと言う間だ。「私も」「俺も」とあちらこちらから声が上がったのは。大慌てなのは接客を任されていたメイド達だ。
我先にと集う客たちに慌てながらも接客をしていく。
「こっちはなんだい!」
その隣でまた別の声が上がった。グールの男が手にしているのは青い宝石の入った箱だ。
その隣ではリザードマンがランプを手にしている。
またその隣では便せんを持ったエルフがいる。
「その青い宝石は呪文一つで物を凍らせて長く保存できるんだ。そのランプは炎なしで明かりがつく!暗い海の底でも使えるよ!そっちの便せんは遠くの人物に一瞬で手紙を送れる!一つ一つ説明するからこっちに並んで!」
次々に声を掛けてくる客にユーマはやはり楽しそうに声を上げて接客する。
集まった客たちは皆、目を輝かせユーマの傍によって行くのだ。
嗚呼、こうなればいっきに大忙しだ。一応メイド達にも商品の説明はしてあるが、間に合いそうにない。エルフのメイド達は慣れた様子で接客に当たっているが、ニンフたちはそうはいかない。ルルーシカなんてこんがらがって、ディアーミカも無表情のままアセアセと働いている。
そんな様子をラティエルとアズエルは見つめるのだ。
「大盛況ですね。お父様も楽しそうで何よりです」
「当たり前です。私達の魔法ですよ。少々、いえ。かなり腹立たしいですが」
ラティエルは心から嬉しそうにニコニコと笑う。アズエルは反対に不機嫌そうだ。
これはそう、全てユーマが考えたことだ。
マッチもライターも無いこの島では火を熾す手段が大変そうであったから。
冷蔵庫なんて発明なんて勿論ないこの島でどうすれば保存が長くできるか考えて。
明かりは炎の揺らめきだけしかないこの島をもっと明るくしたくて。
手紙一つ出すのにも手間がかかるこの島で遠くにいる家族と少しでも触れ合いを感じられるように。
すべて全部ユーマがこの世界で感じ、彼らの生活をちょっとでも豊かにしたいと願い考えた結果造られたアイテムだ。
ユーマにとっては当たり前にあってこの島にない物を兄妹に創ってもらった。
それがユーマの考え着く自分なりの商いであった。
それは見事に成功したわけである。
「あの男は……父上は何もしてないではないですか」
ただ、やはりアズエルは不満でいっぱいそうだ。
まぁ、当たり前だ。数日前突然働きに出され、沢山稼ぎドヤ顔で帰れば唐突にマジックアイテム屋を開こうなんて言われたのだから。
必死に反対したが、ラティエルはあっさりと承諾済み。もはや乗り気。
そんな妹を前にやりたくないとは言えるはずもない。
だからこの店は出来たのだ。
商品はデザインも含めユーマが考えて、実物はアズエルが造り出す。そこにラティエルが魔力を籠めて創りあげた。
こんな商品は売れないとアズエルはせせら笑っていたが。予想は大きく外れたのである。
「――ラティエルは良いんですか?」
不機嫌そうなままアズエルは隣に立つラティエルに問いただした。最近自分の思う通りに行かないからか本当に腹立たしそうだ。そんなアズエルにラティエルは優しく目を細める。
「なにが、ですか?」
「何がって、コレですよ!だって貴女は――!」
そこまで口にしてアズエルは口を噤んだ。
ラティエルが静かに自身の唇の前で人差し指を立てていたからだ。
その頬笑みは何時もながらに正しく天使の様に美しく慈愛に満ちている。まるで幼子をあやす様な…そんな頬笑みだ。
彼女がこんな表情をするのだからアズエルは黙るしかなかった。
ラティエルはクスリと笑う。
「さて、お兄様。私達も働きましょうか」
「は?」
それどころか、思わぬ一言にアズエルは声を漏らす。
ラティエルはそんなアズエルに微笑んだまま、そっと視線をずらすのだ。
彼女の視線の先には沢山の子供たちの姿があった。
その多くが何処かつまらなさそうにユーマに集まる大人たちを見つめている。
当たり前と言えば当たり前だ。ユーマの紹介する商品は大人には魅力的だが、子供には今一つ。何より危ないという理由で、子供は使えないものが多いのだから。
そんな彼らにラティエルはそっと近づくと悪戯っぽく微笑む。
「そんなつまらなさそうな顔をしないでください。ほら、皆さんには特別な玩具を用意しましたから。でも悪戯はほどほどに、お父さんお母さんには内緒ですよ?」
子供たちの楽し気な笑い声が響き、ユーマが視線を向けたのは少ししてからだった。
映ったのは楽しそうに笑う子供たちと、少し怒った様子の大人たち。
そしてそれを微笑まし気に見つめるラティエルと僅かにはにかんだアズエルの姿だった。
どうやら作戦は成功したらしいとユーマも目を細める。
今回の商品。そのすべてと言ってもよい程、大人向けであることはユーマも気づいていた。
だから、子供向けの商品も考えておいた。それは子供でも安全に使える物だ。
例えば呪文一つで動き出す蜥蜴の人形。
例えば呪文一つでお化けの幻術が現れるガラス玉。
例えばこれまた呪文一つで本物の様に動き出す小鳥の人形。
どれも子供だましの悪戯や玩具ばかり。値段はお小遣いで買えるように銅貨で売り出してみた。大成功の様だ。
子供たちは皆笑顔で親に悪戯をしたり、友達同士で遊んだりと笑いあっている。
何よりも、と思う。
子供たちに囲まれる二人が、住人に囲まれて笑う二人が。
嗚呼、笑顔を浮かべる兄妹が輝いて見えたから。
ユーマはそれが何よりもうれしく思うのだった。
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