10 初めての仕事 5
あたりがすっかり赤く染まる。
さすがのユーマも疲れへとへとになった頃。仕事はようやく終わりを告げた。
かなり大変であったが充実し楽しかった時間。
農場にいた
「それじゃ。ユーマさん。ラティエルさん。今日はありがとうございました。少ないですが、本日分の給金です」
「あ、ああ。ありがとう。」
「多すぎじゃないかい?えっと、私は一日、今日しか働いてないし……」
「いえいえ。モンスター駆除は危険な仕事ですのでこれぐらいですよ。今年はユーマさんおひとりでしたし。その上、違う仕事まで手伝って貰ったんですから当然です」
にこやかに目の前の男性が答える。
それにしても多すぎではないかと思いつつも、それは
「また。宜しければ来年も手伝ってほしいぐらいやわ」
「こらこら!それは迷惑だろ!あ、でもいつでも遊びに来てくださいね!」
「そうそう。今度はもっと凝ったもの用意するからねぇ」
袋を受け取れば、また彼らの朗らかな笑い声が響く。誰もが楽しそうに笑いながら心からの歓迎を感じ、受ける。それがまた暖かくてユーマはそっと目を細めた。
「今日は、本当にありがとう、ございました。楽しい一日になりました」
「いややわぁ。ユーマさん敬語なんて!――けど楽しい日になったんやったらよかったわ。」
「私の力が役立ったのなら、またいつでも呼んでください。…それから、今度は仕事じゃなく個人として、またお邪魔させていただきます。今度は私の作った料理も持参して。」
だからこそユーマも朗らかな声色で。
農場の彼らに手を振りながら、ユーマは娘と共に家路につく。農場のみんなも同じように手を振ってくれていた。彼らの姿は直ぐに見えなくなってしまったが、ユーマは思った。ここにきて本当に良かったと。
「お父様が楽しそうで何よりです。」
そんなユーマを見透かすようにラティエルは小さく微笑んだ。隣を歩く彼女もまたどこか楽しそうでユーマは小さく「そうだね」と呟く。働くことを心から楽しめたのは久しぶりだと感じながら、ああまた来たいな。なんて思いながら、ユーマはラティエルを見た。
――此処からは彼女との話になるだから。
あの時はラティエルとはまともに話も出来ず、彼女は仕事だと早々に魔法を掛けに行ってしまったが、城に帰るまでの時間、彼女とは話の続きをしなくてはいけない。
「それでラティエル。君は何時から着いてきていたんだい」
静かにユーマはラティエルに問いかける。あの時彼女は言った「特定の人物に秘密を作りたいなら、本人の前で露骨に隠し事はしない事です。」……と。これだけで直ぐに理解できる。ユーマとアズエルの「ラティエルには内緒で働こう」という計画は彼女にバレていた、ということが。
いや、そもそもラティエルの言った通りなのだ。確かにあの時彼女の前で露骨に隠し事をし過ぎた。あんなの馬鹿じゃなければ何か企んでいることぐらい直ぐに気づく事であろう。
ラティエルはユーマの隣を歩きながら何時もの様に小さく微笑んだまま口を開く。
「着いてきていた、といいますが、実はお父様があちらに出向く前にこっそりと空から先回りさせて頂きました。お父様とお兄様が城を出てすぐです」
「あ、さ、先回りなんだ」
これには少し驚いた。まさか先回りされていたとは。
よく場所が分かったというものだ。
そんなユーマの考えを見越してなのか、ラティエルはまた口を開く
「簡単なことです。お父様の巨体では働く事が可能な場所は無いでしょう。あそこでの仕事の募集は給仕が殆ど。建物の中を動き回る仕事はお父様にはできません」
「あ、うん」
正解である。
「では次に漁業。これは論外でしょう。この島での漁業は素潜りでの漁となりますから、申し訳ないのですがお父様は
「は、はい。」
漁業も狩りも考えもしてなかった。
「では、
「そ、そうだったのか」
「で、あるなら。同じ時期で忙しさが重なり尚且つお父様が働ける場所は
「正解です…」
ばっちり見事に大正解である。それもユーマも知らなかったところまですべて。ここまで見通されているならディアーミカに誘われた事まで知っているんじゃないかと思う程だ。
こうなってしまえば言い返す事なんで出来ない。
ラティエルは「しかし」と続ける。分かるここからは、説教だ。
「幾つか忠告をお父様。」
「はい。」
「まず一つ。お父様“一人”ではこの島のスライムには“恐れられていません”。まぁ20匹程度なら貴方の巨体で逃げると思いますが100も超えれば数の暴力で押し通してきます。」
「はい。」
「次に棍棒の持ち方が危なげです。今度引き受ける時はアグラーシェス様にでも教えを乞う様に。」
「は、はい…」
「ボクに内緒にしておきたかったからと言って、周りにまで内緒にしない事。ルビー様とアグラーシェス様酷く心配なさっていました。少なくともお二方には前日までには出かけることを伝える事。特にルビー様はお父様の侍女であり秘書と言う立場を与えられているのですから」
「…はい。ごめんなさい。」
「謝罪であればお二方に。」
「…は、はい。」
「それから、えーと。これは忠告と言うより報告なのですが、明日には
「……え!?は!?なんで!?」
「お礼、だそうです。毎年僕が農場に守りの魔法を掛けている。強力な魔法の代わりに、毎月食べきれないほどの食材を持ってきてくださって。勿論それらは鮮度が落ちないように魔法を掛けて保存していますし、それが我が家の今の食事となっています。最初はお断りしていたのですが、『貰ってばかり守られてばかりじゃ気持ちが済まないと』無下にするのも如何なものかと先代お父様が頂くことを決めたんです。」
全く、全く、ぐうの音も出ない正論ばかりである。初耳なことまでサラリ。それも慈愛に満ちた笑みを浮かべたままスラスラ諭してくるのだから、なんだが心に来る。保育園の先生に優しくそれでも強い口調で怒られている園児気分だ。
最後に至っては初耳どころじゃない。いや、思えば今までの城の豊富な食材は何処から仕入れられていたか謎であったがそんな真相が有ろうとは。しかもここでそんなにさらりと暴露されるとは思ってもいなかった。
少し思ってしまう。いや、完全に思ってしまう。
痛いところをつかれた上、初耳だったことを聞かされ酷く申し訳に気分になって思わずラティエルから目をそらす。
彼女が「最後に」と呟いたのはその直後だった。「まだあるのか」とつい思う。
ラティエルからすれば今日の
ほんの、ほんの少しの間。ラティエルはそんなユーマの様子を見てか、クスリと笑った。
「…ボクの事はそこまでお気を使わないように。ボクは貴方の考えを尊重すると決めましたので、少なくともこの島の住民も前ではボクの歪んだ考えは表に出しませんよ。」
「…え…?」
その一言に思わずラティエルを見る。彼女はいつも通りに笑っていた。慈愛に満ちた笑みで朗らかに、優しそうなまなざしが籠められた目を美しく細めて。
「ボクが心配だったのでしょう。ええ、モンスター退治と聞いて意気揚々と飛び出して着いてくるのではないかって」
思わず息を呑んだ。ラティエルは首を横に振る。
「大丈夫。そんなことしません。モンスター退治だから待っているようにと言われれば留守番しますし、『ボクにあんな事を言っておいてお父様が生き物の命を奪って』……などと屁理屈は思いません」
柔らかな頬笑みを浮かべたまま、続ける。
「むしろちゃんと説明を受けて留守番を貰った方がありがたいです。何も言われない方が心配になって今回みたいに着いていっちゃいます。」
優しく微笑んでラティエルはいたずらっぽく人差し指を唇の前で立てる。その様子に怒っている様子は微塵も感じられない。呆れている様子も感じられない。ただただ本当に、まるで子供に言い聞かせているような、まさにそんな様子。
そんな娘にユーマは驚いた様子で見つめて大きくため息を付くしかなかった。
「お見通しってところかな?」
「はい。残念ながら」
ラティエルはやはり悪戯っぽく目を細める。
「正直言ってしまいますと、我が家の財政問題を知れば今のお父様が怒るであろうことからお見通しでした。そして怒られる覚悟だって出来ていました。お兄様は自信満々でしたけど」
「うん。」
「予想外だったのは怒りの矛先がお兄様にだけ向いた事。」
「うん。」
それは余りにもアズエルが悪びれる様子もなく偽金を作り自信満々にしていたからだ。とすれば、やはりもうあそこからラティエルにはユーマが仕事を探し始めるだろうと言う事は読めていたのであろう。
――「特定の人物に秘密を作りたいなら、本人の前で露骨に隠し事はしない事です。」
そういわれたことだし。
まぁ、あんなに堂々とこそこそ話をしていたし。今考えれば何か計画やら立てていることは直ぐに分かるはずだ。
ただ言いたいことがあるとすれば、一つ。
「今回君に言わなかったのはね。ほら、君が心配だったからだよ。私と一緒に働かせるわけにもいかないし、でも一人じゃ心配だし、かといってアズエルと一緒にしちゃ…」
「ボクの事を過保護すぎるまでに構いまくるからですよね。分かってます。」
「あ、はは。そこまでお見通しか。」
「はい。」とラティエル。ここまでくると必死に彼女に隠そうとしていた自分自身に呆れて来た。少し彼女の事を心配し過ぎていた。とすら思う程だ。
そう、もう少し。彼女を、ラティエルを信用してあげるべきであったと、少し後悔した。
彼女が自身の考えを完全に改めたとは考えてはいない。しかし少し、わずかでもユーマの考えを理解してくれようとはしている。それぐらいは気づいてあげるべきだったのだ。
「……ラティ、ごめんね。もっと信じてあげるべきだった。」
「いいえ。」
ユーマの謝罪にラティエルは小さく首を振る。まるでそれだけで十分だと言う様に。相変わらず、やはり慈愛深い笑みを浮かべて。
その彼女の笑みにユーマも目を細めて微笑みを返す。
「――今度はちゃんと三人で、どうやって働いていくか、今後の事を考えよう。」
「はい。」
ユーマの提案にラティエルは嬉しそうに頷く。城に帰って、勿論アズエルも加えて。
今日の農業での仕事は楽しかった。それは嘘ではない。しかし、今の自分では続けられない事は嫌でもわかっている。この巨体じゃ、酪農も農業も満足には出来ない。今日みたいに手伝うぐらいで精一杯だ。
きっと給仕の仕事についたアズエルも同じだろう。
あいつはチップとかいっぱい貰って来そうだけど。それを前にして「どうだみたか」と偉そうに自信たっぷりのドヤ顔で帰ってくるのだろうけど。今回で限界だろう。なにせ性格的に人を接客するような仕事は極力向いていない。
女性客は良いとして、男性客は敵に回しそうだから。
それならば、次にできることは何か。自分たちが行える仕事は何か。次はそれを考える事だ。
我が子たちの得意分野と出来ることを、ユーマ自身が出来る範囲で、家族三人で考えてみようと。
なに、実はユーマの中には一つ考えが浮かんでいる。それは、ラティエル達の能力を知った時からちょっと夢見ていたこと。この世界にきて不便に思っていたことから思いついた事でもある。
それは我が子たちの能力に完全に頼る形になるし、もしかしたら二人は、とくにアズエルは反対するだろう。
しかしだ。それならば二人の力を最大限に使えるし、自分自身も全力で協力できる。そして、何よりも三人で出来る事だ。この家族でしかできない商売だ。
最初は上手くいかないかもしれない。それならまた試行錯誤すればいい。アイディアを出し合えばいいじゃないか。そう考えを改めて。
「ラティエル。私にはやってみたいことが一つあるんだけど手伝ってくれるかい?」
ユーマは目を細め娘に問う。
その問いかけに答える様にラティエルは花が咲いたように笑った。
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