10 初めての仕事 4



 ディアーミカに協力してもらったおかげか動物小屋の掃除と動物の世話と言う次の仕事はあっさりと見つかった。

最初こそ精霊ニンフ達は戸惑っていたものの。


 「今日だけは《バロン》と見ずなんでも仕事を命じて欲しい。雇われたのだから最後まで働きたい」


 そう頭を下げると彼らは「それなら。」と任せてくれたのだ。

 街の建物と違って大きく広い動物小屋であるならユーマも頭を打ったり屈むことは無かったし。


 小さい馬小屋と比べて大変であったが、毎日の仔馬の世話で慣れていた為か仕事の内容は意外とすんなり入り、モンスターを追い払った時よりも良く働けたと思える程だった。


 そんな時間が過ぎ、お昼過ぎ。休憩時間となった。精霊ニンフ達に囲まれて昼食中である。


 「ユマさんおつかれさま、です。」


 ディアーミカに差し出されたサンドイッチにお礼を口にしながら受け取る。

 卵がたっぷり入ったサンドイッチと、野菜とハムがこれでもかと挟まった大きなサンドイッチだ。


 「いただきます。」と口にして、野菜のサンドイッチを一口。

 甘いトマトにしゃきしゃきのレタス。パンの側面に塗ってある濃厚なバターと少しだけ塩辛いハムが身体に染み渡る。


 「うん!凄くおいしい」

 「よかったわぁ!」

 「あたりまえやん!全部ウチで取れたものなんやから!」

 「こらこら、ハムだけは買ったものだろ。」

 「そーやった!そこは人面鳥ハーピ―さん達に感謝やね。ああ、加工してくれたお店にも!」


 ただ「美味しい」そう口にしただけで精霊ニンフ達は嬉しそうに笑って口々に声を上げた。

 来て早々モンスターの駆逐を任され、周りも忙しそうにしていた為、まともに喋る事も出来なかったが、いざ話してみると彼女たちは皆とても明るく朗らかだ。特に少し年の取った精霊ニンフ達はぐいぐいと話しかけてくる。


 皆美しい顔に人の良い朗らかな笑みを浮かべ、楽しそうに声を上げてコロコロと笑う。無理に敬語を使うわけでもなく、すこし特徴的な言葉づかいで喋る。所謂精霊ニンフ達の方言のようなものなのだろう。そんな彼女達だからだろうか、初めて会うのに懐かしさと親しみすら感じる程であった。


 良く見れば精霊ニンフだけじゃない、大きなテーブルの周りには黒妖精エルフ黒小鬼ゴブリンの男の姿も沢山いる。というか、女性は全員精霊ニンフで男性陣はその殆どが他種族だ。


 そう言えばと思い出す。精霊ニンフはほぼ女性しか産まれない。と確か本に書かれていたと。だから夫として他種族から婿養子を迎えることが多い。

 現に精霊ニンフの男性はルルーシカの兄をいれて10人も満たない程度だ。だとすればこの男性たちは。彼女らの夫なのだろう。


 「いや、でもほんとに助かったわ。今年は全然人集まらんし、うちの旦那の親戚や知り合いに声かけってお願いしたら手空いてる黒小鬼ゴブリン達はみんな黒妖精エルフ達のとこに行くっていわれるし」

 「家も家も。それどころか家の夫なんて実家の小麦収穫が忙しいとか言って帰ろうとするんやもん。もう大喧嘩よ大喧嘩!」


 ぷんぷんと怒りながらそれぞれの夫をにらみつける精霊ニンフ達。

 その視線に周りの黒妖精エルフ黒小鬼ゴブリンの男性達は困ったように、申し訳ないように頭や頬を掻く。やはり、彼らは彼女達の旦那らしい。

 この島では他種族なんてモノを気にせず本当に皆仲が良いのだと、改めて理解してユーマは小さく笑った


 「ああ、バロンさん……じゃなかったユーマさんやったね!もっと遠慮なく食べてください」

 「そうそう!この忙しい時期に手伝ってくれたばかりか、うちの問題児娘たちを雇ってくれたお得意様やもん!どんどん食べて食べて!」

 「もう、ほらディアーミカ!食べてばかりいないでユーマさんにジュースとかもっとお出ししなさい!」

 「……いや、お母さんたちが勝手になんでもやってるやん。」

 「あ、あの。いえ。お構いなく。」


 しみじみと見つめていると精霊ニンフ達の勢いが徐々に上がっていく。気づけば目の前の皿には沢山の料理が積まれ、流石にこれ以上はと思い、やんわりと遠慮するしかなかった。


 そんなユーマの様子に彼女達ニンフ達は「遠慮しなくていいんに」なんてケラケラ笑い、その様子を見ていた、彼女らの旦那が「いい加減にしなさいと」柔らかな口調で止めて、周りの若い精霊ニンフ達は呆れたように笑う。なんとも朗らかで楽しい時間だ。

 


 「皆さん遅くなってすみません」

 「うああ!その盛り上がり様!ま、まさか私の事!?」


 杖を抱えたラティエルが微笑みながらその朗らかなひと時に合流したのは、それからすぐの事だった。

 側にはあわあわと何故か慌てふためくルルーシカの姿もある。


 どうやら、ラティエルが言っていた仕事とやらを終わらせて戻って来たらしい。

 優しく微笑んでいるラティエルの元に精霊ニンフの一人の男性が走り寄って行った。

 

 「ラティエルさん、今回は?」

 「大丈夫。ちゃんと掛け直しておきましたから」


 楽しそうに笑っていた先ほどと変わり少し不安げな男性にラティエルは優し気に目を細める。その言葉に男性だけでなくその場にいたユーマを除く全員がホッと胸を撫で下ろした様子であった。

 暫くして、男性は頭を下げる。


 「すみません。今年は何時もより早くてなってしまって、その上お父上にまで手を借りてしまって」

 「いいえ。僕もあの数は驚きました。これからは少しでも危ないなと思ったら気にせず僕に声をお掛け下さい。何よりも大切なのは皆さんが怪我をしない事ですから。それで僕の力が役に立てるなら嬉しいですし、ここの野菜もチーズも果物も全部美味しくて大好きですから」


 にこやかに微笑むラティエルに精霊ニンフの男は少し驚き、嬉しそうに笑って再び頭を下げる。彼だけじゃない。今まで見守っていたその場にいた他の者たちも、それは嬉しそうに笑っていた。


 「ラティエルさんも」とそのまま男性に案内され、ラティエルはユーマの隣へ。ニコニコと微笑むラティエルに顔を近づけて、ユーマはこそっとラティエルに話しかけた。


 「いろいろ聞きたいけど、とりあえずさ。今まで何してたの?」

 問いにラティエルは優し気に目を細める。


 「魔除けの魔法を掛けていました。この農場の周辺に」

 「え?魔除け?」

 「はい。もっと詳しく言えば、獣とモンスターを阻む守りの魔法です。お父様もスライムの軍勢をご覧になったでしょう?毎年一回、ここの農場や妖精エルフの畑にこうして魔法を掛けているんです。毎年この時期になるとああして襲ってきますから大変だろうと思い少しでも手助けになるのならと」


 初耳であった。《記憶》にすらなかった。ラティエルがそんな事をしているなんて。

 というか、である。それが毎年行われることであるなら今日モンスターの駆逐にやって来たユーマはあり意味のない仕事をしてしまった事になるのではないか。無理に精霊ニンフ達の仕事場に押しかけた事になるのではないかと少し不安になった。


 「毎年って……あの。私は要らない事をしちゃった感じ?もしかして仕事の押し売りしちゃった?」

 ユーマの言葉にラティエルは静かに首を横に振った。


 「いいえ。そんな事はありませんよ。お父様は正式にモンスターの駆除を頼まれたでしょう?」

 「そ、そうだけど……」


 「ボクが魔法を掛けに来る日は毎年予め決まった日です。収穫が本格的に始まる前に掛けに来るのですが、スライム達は容赦なく襲って来ますからね。ボクが来るまでは今日のお父様の様に何人かが駆除にあたります」

 「ああ、確かに、さっきのは凄かったものね」

 思わず、先程のスライム達を思い出して頷く。ラティエルは小さく笑んだ。


 「ただ今年は色々重なって人材不足であった。ついでに収穫時期も何時もより早いようですし。精霊ニンフ達がお父様に頼みたかった事は、“僕が魔法を掛けに来るまでの数日間の守護”です。ですからお父様は要らない事はしていませんよ」


 二人の会話を聞いていたのか、側にいたディアーミカも何度も小さく頷く


 「そう、です。ユマさん。いつもは黒小鬼ゴブリン屍喰グール達に頼むん、頼みますが、今年は豊作な上、本当に人で不足で、ユマさんが仕事を探してるって聞いて私が声を掛けたんです。じゃなきゃ、流石に私でも雇い主には声はかけんよ、かけませんよ。」

 「そ、そうか。」


 少しだけ安堵した。少なくとも押し掛けた訳ではないらしい。

 取り敢えず今の自分でも仕事が出来たことが嬉しくも感じられた。


 「それなら良かったよ。請け負った仕事だし……少しでも役に立てたなら」

 「少しどころじゃないですよ!あの数のスライムをあんなに簡単に追い払うなんて!凄いとしか言えません!バロン様流石です!!」


 良かったと。胸を撫で下ろすユーマに次はルルーシカが身体を乗り出す様に声を張り上げる。

 それも珍しくちゃんとした敬語を使って、凄くキラキラした目で、それほど凄いことをした実感は全くわかないのだが、困惑していると精霊ニンフの一人が少々困ったような顔で答えてくれた。


 「いやぁ。ルルーシカの言う通りなんですよ~。ほら、スライムは切っても分裂して増える特性があるから剣は使えんし、やから毎年は棍棒やら盾やらで何とか押し返して!」

 「そうそう。まぁ、といってもあたしら剣なんて禄に使えんけどねぇ」


 そんな彼女らの会話に「確かに!」なんて声が上がり笑い声が上がる。その様子はやはり朗らかで温かなもので、ユーマも自然と優しく目を細める。口があるなら笑っているに違いない。


 ちらりとラティエルを見れば、彼女も優しげに微笑んでいた。いや、彼女の場合はいつもそうなのだが。なんにせよだ。こんなのどかで懐かしく朗らかな時間は酷く久しぶりだ。


 思えば、この世界に来てから。いや、世界に来るずっと前から中々味わえていなかったなぁ、と。これが田舎で暮らすって事なのかな、なんて思うのだった。


 「それじゃ。午後からも頼むね!ユーマさん。大きい体できついかもしれんけど、また動物たちのお世話お願いします」

 「あ、はい。私がやれることなら」


 この雰囲気になごんでいると精霊ニンフの一人がユーマの腕を軽く叩く。ユーマは大きく頷いた。午前の仕事で動物たちの世話は慣れたところだ。次はもっと手際よく仕事を進められるだろう。


 温かな空気にユーマは思う「ああ、充実しているな。」と。

 そんなユーマを見上げ、ラティエルも満足そうに「フフ」と微笑んだ。そして一つも申し出を精霊ニンフに持ち掛ける。


 「では午後は僕もここのお手伝いに参加させてください。魔法は全てかけ終わりましたから」

 「え。や、やけどラティエルさんは……」


 「僕なら大丈夫。野菜の収穫ぐらいしか手伝えることは無いかもしれませんが。ご迷惑でなければ――」


 突然の申し出に驚いた様子の精霊ニンフ達であったが、その場にいた全員が少し顔を見合わせ小さく頷いた。帰ってくるのは変わらない朗らかな笑顔であった。


 「なら、おねがいしようかねぇ!人手はいくつあっても足りないし!」

 「ははは!ラティエルさんが収穫した野菜って売り出したら人気出るにまちがいないわ!」


 そんな楽し気な発言と共に、再びその場に笑い声が上がるのであった。

 ユーマは静かに目を細める。楽し気なこの雰囲気に、農場の人たちの温かさに。そして、沢山の人に囲まれるラティエルの姿に。


 そう、それがとても幸福なことに感じて――。


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