10 初めての仕事 2




 「はぁ。初めての牧場がモンスター退治か……」


 そんな精霊ニンフ達の大きな牧場にユーマは一人で来ていた。勿論、農業体験だとか楽しげな遊びの為じゃない。モンスター退治と言う立派な仕事をしに来たのだ。


 本当はラティエルに「殺し」を禁じている手前、自身もモンスターで在ろうと生き物を殺すことはしたくのないのだが、この頃モンスターが増えて大変だと言うし仕方がない。そう割り切るしかなかった。


 だって働こうと決意したのは良いが、探せど探せどこの小さな島ではユーマに仕事は見つからなかったのだから。


 当たり前だ。三メートル近くある巨体過ぎる存在に出来る仕事の方が少ない。街に行っても店にすらろくに入れないユーマは「さすがに」と断られ、忙しいと有名な小麦収穫の手伝いもエルフたちにも声を掛けたのだが「無理です。」と首を横に振られてしまった。


 どうしようかと頭を抱えていると、そこでメイドの精霊ニンフ達がモンスター退治ならと進めてくれたのだ。

 ということで、今ユーマは精霊ニンフ達の農場にいる訳である。


 ちなみにアズエルは街でルビーの伝手で給仕の仕事に向かった。レストランで働くらしい。


 そしてラティエルは城で留守番だ。

 働くことも話していない。アズエルと違い彼女を一人で行動させるのは心配だったからだ。


 だからと言ってモンスター退治など絶対に手伝わせることは出来ない。

 手伝わせてみろ、慈愛深く幸せそうにモンスターを滅ぼすに決まっている。見ているだけでも危険だ。一匹倒すだけで「素晴らしいですわ。」なんて惚けて周りをドン引きさせるのが想像できる。


 ラティエルの本性を知らない住民からすれば彼女は正に誰に対しても優しい聖女そのもの。使用人達とも誰よりも絆を築き女たらしアズエルと違い、一応は順調なのだから罅は入れたくない。

 ならアズエルに任せれば?


 アズエルに任せれば甘やかしに甘やかすに決まっている。

 であるなら、城でお留守番していてくれた方がずっと安心であると結論にいたった訳だ。


 アズエルは当たり前のように納得してくれた。というか妹を一人で働かせるなんて論外だって煩かったし、お互いに納得した結果だった。


 ラティエルには城を出る際、男同士の親睦だとか適当に言い包めておいたし、ここで働くことは精霊ニンフ以外知らない。

 

 その精霊ニンフ達は皆ユーマと一緒に全員里帰りしているのだから、今城にいる者たちは誰一人としてユーマの居場所を知る者はいない。勿論ルビーにだって伝えていない。


 だから絶対に彼女にバレることは無いのだ。――とユーマは自信満々に笑みを浮かべた。


 「夕方には帰るって伝えておいたし、ラティなら大丈夫だろう。珍しく不服そうな顔していたけど」

 「……バロ、“ユマ”さん、お待たせ……しました。」


 城を出る際、見せていたラティエルの表情を思い出していると後ろから、どこかたどたどしい敬語が駆けられた。

 一度名前を間違えかけて結局間違えている。こんな独特な呼び間違えと、たどたどしい敬語を使うのは一人しか知らない。ユーマは振り向いた。


 そこに居たのは無表情で愛らしい顔立ちの一人の少女。

 精霊ニンフ特有の透き通る白い肌に、後ろで一つに縛り上げた艶やかな真っ黒な髪。髪と同じ真っ黒な大きく少し吊り上がった瞳。

 彼女はディアーミカ。


 城に入った使用人ダメイドの一人である。

 いつも無表情で何を考えているかも分からない不思議な雰囲気を纏った少女だ。ルルーシカの従妹であり牧場の娘で、ユーマの仔馬の世話を手伝っているのは彼女だ。


 そんなディアーミカは手に大きな棍棒を持って、ユーマの後ろに立っていた。

 その隣に普段着姿でグスグス泣いているルルーシカを引き連れて。


 「……気にせんどいて、しないでください……。親に怒られただけ、ですから」


 ディアーミカは問いただされるよりも前に答えた

 いや、怒られた、とは?疑問に思っているとルルーシカが何時ものように泣きついてきた。これだと話も聞けそうにない。ここは城ではないので理由を問いただす必要もないだろうが、つい気になってしまうし心配にもなる。


 「……庭師になる筈でお城に行ったのに何メイドになってるんだって、怒られた、だけです」


 そんなユーマに気づいたのか再びディアーミカが答えてくれた。

 いや、しかし、え?


 「――なんて?」

 「庭師になる筈でお城に行った筈なのに、なんでメイドなんてモノに成ってるんだって。迷惑ばかりかける未来が見えている仕事に就くとはなんてことやって、だって怒られてた、ました。」


 ディアーミカは先ほどと同じ言葉に更にプラスして、またまた答えてくれた。


 「いや!初耳だよ!君、メイド募集の時に来たじゃん!」


 ここにきて、ユーマからすればとんでもない新事実である。

 いや確かに家族から絶望されるほどの家事下手でそれなのに何故メイドとして城にやってきたのは不明であったが、まさか元々庭師希望でやって来ていたとは。


 いや、だってメイド募集の時にやって来ていたし何を聞いても「頑張りまちゅ!」と何の否定もしなかったし。嫌、メイドとして雇って城に入ってきてメイド服姿になったルルーシカは何故か釈然としない顔をして呆然としていたけれども。


 しかし、そういえばと思う。ラティエルも言っていた。

 家事は下手だけど花の世話は一流と…


 「言ってよ!言わなきゃ分からないよ!」

 「だっで!だっで!緊張じててぇ!!いぎなり可愛いメイド服わたじゃれてぇぇ!!うかれでいたんです!!…いや確かになんでお兄ちゃんいないんだろう?……とか思ったけど!!ディアがいたから安心しておりました!!」

「……ちなみに私は馬のお世話係になるつもりで行ったら……無かったからメイドになった、なりました。メイド服可愛かったし」


 さらりとディアーミカも新事実を付け足した。

 馬のお世話係とは何なのか。元よりそんな職、募集してないのだが。


 そしてそんな女子中学生並みの理由でメイドになったのか。――ああ、いや二人は15歳だった。有り得る話かもしれない。

 嫌、違う。そもそもどうして一言言ってくれなかったのか。


 まぁ、ユーマは知らないがこの島のニンフ達は気まぐれで天然で優柔不断な者たちが多いのだ。そして二人は中でも特に飛びぬけてうっかり屋ルルーシカで、気まぐれディアーミカなのだ。


 正直な所黒小鬼ゴブリン達がやって来て一番得をしたのは彼女達とも言えなくはない。ルルーシカに関しては黒小鬼ゴブリン達に一番怒られている存在でもあるのだが。


 余談であるが、ルルーシカの兄は現在お城で庭師としてちゃんと働いている。妹と従妹の事はちゃんと見ていてほしかった。


 「それよりユマさん。今日のお仕事についてやけ、ですけど。説明、いいですか?」


 あまりの唐突な問題にユーマが頭を抱えていると話を変える様に、話に飽きたようにディアーミカが本題に入った。

 そういえばとやっと思い出す。今日は仕事ソレが目的でやってきたのだと。

 と言ってもディアーミカが説明もなしに渡してきたのは彼女が手にしていた棍棒だけであったが。


 「……なんだいこれ?武器ってことかな?」

 「うん。……はい。……以上です。」

 「いやいやいや。まって。待ちなさい」


 以上ですじゃない。ユーマはディアーミカの肩を掴んだ。

 説明すると言って起きながら何も説明もされていない。


 棍棒と言う名の武器を手渡されて、これで戦えという事なのだろうが。それだけだろうか。そんな現代のゲームのような展開。現実で起こられても困るしかない。

 そもそもユーマは今は魔法の類は使えないし、モンスターと戦ったことなんてありやしない。


 「えっと、これで戦えって事?」

 「――?はい。ユマさんはそれだけで十分やって、聞いてます。」


 この島の住人はユーマ自分の事をなんと見ているのだろうか。勇者にでも見えているのだろうか。普通に考えれば、“バロン”として見ているのだろうが。

 残念ながらユーマは現代でもRPG系統のゲームは大の苦手であった。それが現実になられても。そもそもモンスターとはどう戦えと言うのか。


 いや、「だったら仕事を請け負うな。」という話になるのだが、これしか仕事は無かったわけだし。せめてせめて説明はいらないから鉄の剣ぐらいは欲しい。


 「あの、ディアーミカ。私はモンスター退治、初めてなんだ。えっとこの棍棒で、その殴ればいいのかな?」

 「はい?………モンスター退治?モンスター駆除じゃなくて?」

 ディアーミカは首をかしげた。

 ユーマは「はて?」と思う。駆除――とは?


 「え?駆除?討伐じゃなくて?」

 「はい。駆除です。追い払って欲しいんです。父から聞いてます。バロ、ユマさんはそこに立っているだけで魔物たちが逃げていくって、でも何かあったら困るから、一応棍棒を渡したけど……違うんですか?」

 

 違うも何も初耳である。

 しかしだ。何度もあったが、やはり忘れる時もある。今自分はもう人間じゃない。魔王なんて呼ばれている最悪の存在バロンであると。


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