08 変わった日常で天使は微笑む 5




 「はい。今日の夕食だよ」


 日も傾き空が赤くなり始めた頃。

 広々としたダイニングでユーマは兄妹の前に本日の夕食を置いた。

 白い湯気が立つ食欲のそそる香りの茶褐色のソース。ゴロっとした野菜と大きな一口サイズの鹿肉がたくさん入った赤ワイン多めでコトコトじっくり煮込んだシチューだ。それに焼きたてのパン。レタスにトマトと沢山のピーマンが乗ったサラダ。

 使用人を雇ったが、兄妹の料理三食だけはユーマの仕事である。


 「まぁ、美味しそうです!」


 シチューを前にラティエルは満面の笑顔で、耳をピクピクと動かす。この表情を見る為だけに頑張ったというものだ。

 反対にアズエルは見てわかるほど、耳を垂れ下げていたが。


 「どうかしたのかい。アズエル?」


 意地悪に声を掛ける。ただ、彼は完璧主義者だ。ユーマの前では弱点は見せたくないらしく表向きは取り繕ったような引き攣った笑みを浮かべる。



 「……いえ。今日はラティエルの好物だなと思っただけですよ」


 サラダをフォークで突っつきながら言った。その隣でラティエルはシチューを頬張り幸せそうである。全く、この時だけは年相応の、いやそれよりも幼く見える兄妹だ。

 ユーマはそんな二人に目を細め笑った。


 「今日はね。ラティが頑張ったからちょっとしたご褒美だよ。」


 そう言って移すのはダイニングの向こうの廊下。扉が閉まっているので勿論見えたりしないが、時折聞こえてくるユーマには理解できない声。

 その声を聴いて想像する。エプロン姿で必死に城のあちこちを掃除する黒小鬼彼女達の事を。


 数刻前、街に黒小鬼ゴブリン達の仕事姿を見学しに行ったのだが、ラティエルの助言通り確かに彼女たちの仕事振りは完璧の一言だった。塵一つ見逃さず、窓はピカピカに、微かな汚れ一つ許さない。


 ラティエルの翻訳を元に、どうやら気が強く自立心の高い女性が多い種族だという事が分かった。綺麗好きで掃除は好きでやっているらしい。


 そこでユーマは改めて城で雇いたいと、頭を下げたわけだ。

 黒小鬼ゴブリン達は最初こそ戸惑ったものの城の惨状を知ると承諾してくれた。黒小鬼彼女達の中でも取り分け掃除好きで働き者の20人が早速今日からと来てくれたのだ。

 

 まぁ、本当の所、今日は様子だけ見るつもりだったのだが、あまりにメイド達の仕事振りが悪く見てられないと手を貸してくれただけなのだが。明日からは本格的に仕事に来てくれるという。


 ちなみに最初に募集を掛け来てくれなかった理由は、自身の容姿があまりに城に不似合いに感じたため遠慮したらしい。

 

 「それを勝手に決めて私に押し付けたわけですか?」


 アズエルがどこか不機嫌そうな声で言った。

 彼が小鬼達の事を知ったのは彼女達が城に入ってから一時間ほどたってからの事。城にこっそり戻ってきた所、待ち構えていたラティエルから説明を受けたようだ。


 ついでに小鬼達の給料についてもその場で任せられた。小鬼達との話し合いと模索の結果。住み込みではない為、他の使用人たちよりも少し高めの銅貨二十枚に決まったと報告を受けている。


 「良いじゃないか。いつも君、他のメイド達に対して不満そうだったし」

 「その、他の使用人達への説明も私に押し付けたでしょう。とりあえず説明しておきましたが愕然としていましたよ」

 「え?なんで。別に辞めてもらうわけじゃないのに。黒小鬼ゴブリンに入ってもらうだけだよ?」

 「それが問題なんですよ。――小鬼達は綺麗好きの掃除好き。掃除に関しては誰に対しても人一倍煩いですから。喜んでいたのはアグラーシェスだけでした」

 「…………」


 どうやら黒小鬼彼女達、気が強すぎるきらいがあるらしい。生真面目なアグリーとは気が合いそうだ。

 しかし、ユーマは咳払いを一つ。


「何にせよ、これで城の問題は今より少しは良くなるんじゃないかな?」


 結果良ければすべてよしである。

 ユーマの様子にアズエルは眉を顰めた。正直な所彼も黒小鬼ゴブリン達の掃除の腕に対しては認めているのか文句はないらしい。今までのメイド達に困っていたのも事実だ。


「ただ、そもそも元々はこの男がこの城に使用人さえ入れなければ、こんな苦労は起きなかったでしょう。」


 等とぶつぶつアズエルは呟いていたが。

 そもそも元々は兄妹君達のために思っての行動だったのだが、そう言い返そうとして止めた。

 

 なに、アズエルの言うことも、また事実だからである。

 三か月前は取り敢えず少しでも早く城に人を入れ、兄妹に人との付き合い方を教えるべきだと考え、勢いで面接等もろくにせず雇ってしまった。


 今思えばもう少し考えるべきだったのはあからさまだ。

 今回の件で城の掃除問題が少しは改善してくれればよいのだが。


 「……良くなりますよ。それにお父様が私たちの事を考えての行動だったのは分かっていますから」

 「え?」


 ユーマはラティエルを見る。彼女は相変わらずシチューに夢中らしく、鹿肉を頬張ると「美味しいです」と笑顔を向けてきた。

 本日3度目、再び心を見透かされた気がするのだが…。やはり誤魔化されたらしい。


 アズエルを見るが彼は気にも留める様子がない。

 ユーマはラティエルに追求しようとして、再び止めた。

 どうせラティエルの事だ。またのらりくらりとかわしてくるのだろう。今度二人きりで話す機会があればゆっくり問いただせばいい。


 そう判断して、ユーマも二人に続くようにシチューを頬張る。少しだけ酸味と渋みが強い気もするが、ラティエル好みの味に上手く仕上がっていた



  ◇



 「あ、そういえばさ」

 食事の途中。ユーマは思い出した様に口に出した。


 「今回はアズエルに給料とか任せちゃったけど。この城の金銭関係ってどうなってるの?」


 それは今まで疑問に思いつつ。問いたださなかったことだ。今まではアズエルが得意だから一番理解しているからと言われたままに金銭関係は任せっきりにしていたが、さすがに一つも理解していないのはまずい。今どれだけ城に財があるかぐらいは把握しておくべきだろうと思い立っての事だった。


 ユーマの一言に兄妹は二人そろって食事をする手を止めた。

 呆気にとられたような顔をして数秒後。二人はその表情のまま互いの顔を見合わせるのだった。




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