08 変わった日常で天使は微笑む 4

 

 ユーマが一人向かったのは庭のはずれ。草木が生い茂り、光が差さないような場所だ。用があるのはその先だ。

 両手でニンジンの入った箱をもって神妙な顔をしながら向かっていた。


 「あの子、また人の心呼んだよね?気のせいって思っていたけど。絶対だよね?」

 ぶつぶつ呟き考えるのはラティエルの事だ。


 それもそうだろう、今日だけで彼女は2回も心を見透かすような答えをユーマに浴びせたのだから。

 人を見透かしたような発言は、異世界に来てからこれ迄何度もあったが、ここ2ヶ月は更に鋭くなったようだ。もはや心を読まれていると言ってもよい程に。


 しかし、バロンの《記憶》を探っても彼女にそんな力は無く、一度アズエルに聞いてみたが「そんな能力は持っていない」と嘆かわしいものを見るような目で言われてしまった。


 だが、もしも本当にそんな力を所有しているならば、止める様に注意しなければならない。勝手に心を読まれるのは気持ちの良いものではないし、特に初対面の相手には失礼でしかないだろう。今後のラティエルの将来がさらに心配になる。


 だがしかしだ。問いただそうにもラティエルはのらりくらりとユーマの質問をかわし誤魔化してしまう。あっさり諦めてしまうユーマにも問題があるだろうが。さて、どうしたものかとユーマは考える。


 そんなことを考えながらユーマは庭の草木が差さない影。さらにその先へと足を進めた。

 草木を抜けるその先には小さな広場があった。緑が生い茂り、温かな光が差し込む小さな広場だ。


 その広場には小さな小屋が一つ。小屋の中には柔らかな藁が敷かれ、小屋の傍には澄んだ水がたっぷり入った桶に、藁を掻き出すためのピッチフォーク。ユーマの用はここに有る。


 驚かさないように、のぞき込むと中の相手は嬉しそうに首を振った。

 小屋の中にいるのは、まだ子供と呼べる雌の馬が一頭。

 母馬譲りの真っ白な毛並みに大きな黒い瞳。


 干ばつに苦しめられ、ラティエルによって目の前で母馬を殺された緑溢れる国グリーンランスィアにいた、あの時の仔馬である。


 あの時から随分と成長したが、三か月前の事件の翌日。ユーマがアズエルに頼んで連れて来たのだ。せめてもの懺悔として。

 見つからなければ諦めるつもりだったが、母馬の墓の傍、蹲る彼女は直ぐに見つかった。


 やせ細り、頑なに人を拒む仔馬を何とかアグリーと精霊ニンフのメイドの一人に手伝ってもらいながら、なんとか世話をつづけたのだ。今では健康に育ち、世話する三人からなら手渡しでも食事をとってくれるようになった。


 ただ、いつ凶行に走るかも定かではないラティエルには内緒で。そのはずだったのだが。

 どうやら既にラティエルに気付かれている可能性がある。

 可能性と言っても先ほどの、まるで仔馬の食事の時間を諭すような言葉から、もしやと判断しただけなのだが。


「もしかしたら、君の事もバレてるかもしれないんだよね。」


 ニンジンを食べる仔馬を見ながらユーマは小さく零した。

 仔馬の事は城の使用人にはきつく口止めし、この場所には誰も近づかないように釘を刺し、アズエルにも口論の末、渋々納得してもらい、ここに来るときは細心の注意をはらっていたつもりだ。


 勿論、隠していたと言っても城の敷地内。いつか、気付かれるだろうという事は覚悟していただが、もう少し長く隠せると思っていた。


 ユーマは仔馬の頭をなでる。

「けど、いつから気付いてたんだ?それになんで何も言わないんだろう?」


 やはり考えが読めない子だと溜息をついて、ふと思い出す。

 ラティエルが城を留守にしているとき仔馬をこっそりと散歩させているのだが、小屋に戻ると必ず小屋の中が中途半端に掃除されているのだ。


 まるで急いで掃除を始め、慌てて中断したように。アグリー達に聞いても知らないと言うばかりで、他のメイド達が手伝ってくれたのだろうと思っていたが、もしかしたら。


 「いや、まさかね。」


 しかし、それは無いだろうと考えを改める。

 ラティエルのような小さい少女に馬小屋の掃除等、到底無理であろうし、彼女は理由もなしに中途半端に仕事を放る子ではない。

 

 掃除に関しては、やはりメイド達が手伝ってくれたおかげで、妙に中途半端だったのは彼女達が掃除下手だったからだ。そう決定づける。

 そんなユーマの考えを知ってか知らずか、仔馬は小さくブルルっと頭を振るのであった。



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