08 変わった日常で天使は微笑む 3


 「えっと、つまり今いるメイドの子たちは?」

 「今まで通り働いてもらいます。ただし、掃除以外で。掃除だけがメイドの仕事ではありませんから。…侍女。お父様にはそう言った方が分かりやすいでしょうか?ルビー様方には我々の身の回りのお世話をしてもらいます。」


 問題の一つはあっさりと解決してしまったようだ。ユーマとしては身の回りの事は自分でしてしまう為、あまり必要ない気もするが。というか、この身体ではして貰う事の方が少ない。

 ただ、話し相手としては彼女たちは十二分だ。問題はない。


 「黒小鬼ゴブリンの方々は、そうですね……家政婦、として雇うんです。まぁ、そうなればお給料の問題が少々発生しますが、そこは話し合いの結果ですね。あ、でもそこはお兄様の方が得意ですね」

 「待ってラティエル。一番の問題があるよ」


 しっかりと給料に関しても考えているらしい。

 しかし最後の問題はそこじゃない。

 ユーマはラティエルの言葉を遮り少々困った表情を浮かべた


 「城の使用人募集をしたとき、黒小鬼ゴブリン達は来なかったじゃないか。」


 そう、最後の問題はそこだ。

 数か月前、街に使用人募集の張り紙を張った時、小鬼達は誰一人として来なかったのだ。来たのは今城で雇っているメンバーだけ。


 小鬼達が来なかった理由は分からないが、働きたくないと思っている者達は無理には働かせられない。彼らの気持ちも重要だ。


 その言葉を聞いてラティエルは口を閉ざす。

 暫くして「そうですね」と呟いた彼女は、困ったように微笑んだ。その表情は、まるで何かを我慢しているような表情だ。その表情を見てふと思う。

 せっかく娘が提案を出してくれたのに、頭ごなしに否定ばかりは良くないと。


 「あ、ごめん。いいよ、続けて。」

 「ですが……」

 

 ラティエルは俯く。

 一度否定された案は出しにくいらしい。

 そんな彼女の頭をユーマは目を細め再び優しく撫でた。


 「ラティの考え、私はちゃんと聞きたいな。君がしっかり考えてくれたものだもん。だから私もしっかり話を聞いて一緒に考えたい。否定も肯定も後だ。だから、最後まで聞かせて?」

 

 ラティエルの右目が大きく開かれる。

 何か考えるように上を見て、下を見て、そして数秒後。

 彼女は形の良い眉をハの字にさせ、酷く困惑した表情へと変えた。まるで、そんな言葉掛けられるとは思ってもみなかったと言う様に。


 暫くの間。

 ラティエルの様子を見てユーマは焦り始める。娘に対してこの対応は間違えだったのか、と。何を間違えたのだろうか。

 「否定」という言葉だろうか。そもそも途中で口を挟んでおいて、やっぱり最後まで喋れ。など虫が良すぎるのではないか。


 今更思えば、三か月前の事件以降、彼女は自ら進んであまり自分自身の考えを表に出さなくなった。ユーマが否定すればすんなり受け入れ考えを改めるぐらいだ。久しぶりに彼女からの考えだったのに余計なことをしてしまった。色々考えてしまう。

 

 また暫くの間。

 さすがに長すぎる。側で黙ってみていたアグリーも困惑し始めたところだ。

 ここはどうフォローを入れるべきか、考え始めた時。今まで悩まし気に黙っていたラティエルはようやく口を開いた。


 「…欲しい物は欲しいと言わなければ、実行しなければ始まらない…のではないでしょうか?…お父様はもう少し自分で動いても構わないと思います。」

 「え?」

 「問題の解決のためなら自ら…行動で示す。…それは雇い主も雇われ主も変わらないと思います…とくに、こんな…その、完全個人事情で雇うのですから…なりふり構わず…」


 はっきりとした口調で、真っすぐにアイスブルーの瞳がユーマを見据えていた。ただ、最後はあまりに消え去りそうな声で。

 しかし、その考えに思わず口を噤んでしまう。


 言葉は出来る限り選ばれていたが、つまるところ、ラティエルはユーマはまだ何もしていないと言っているのだ。もっと自分から行動するべきだ、と。


 確かに自分は問題だと嘆くばかりで行動も実行も何も起こしていない。

 張り紙をして、やってきた人材をすべて受け入れただけだ。面接と言う面接もしていなかったし、募集を掛け来なかった者たちは仕方がないとあっさり諦めていた。


 だが、黒小鬼ゴブリン達が城に来なかったから何度と言うのだ。優秀な人材ならスカウトしに行けばいい。事情があるなら聞けばいい、それこそ頭を下げたりして。別に利益を生む会社を経営するわけでもない。ラティエルの言う通りこれは完全個人の問題だ。自分から動いたって問題はないはずだ。

 

 「スカウトか。そうか…考えもつかなかったよ。そうだね、雇ってやるんだからって踏ん反り返って待ってるばかりじゃ駄目だよね。」


 ユーマは少し感心したように声を漏らす。

 新しい人材を雇う等、下手をすれば自身の問題が大きくなりそうだが、そもそも元からその問題を取り除こうとユーマの考えを尊重しながらラティエルが考え出した事だ。

 勿論問題だってある。確かに会社経営ではないが、お金を払って人材を雇うのだ、その人物が本当に優秀で自身が求めている人材か見極めなければいけない。今度こそ、しっかりと。

 

 「だけど、一度小鬼達の仕事現場を見てみたいな。一応お金を払うんだから。…雇いたいってこっちから願いでる前にね。」


 ラティエルの表情が柔らかくなる。

 正直、彼女が万人共通の正しい物か定かではない。しかし少なくともユーマは、彼女の考えが正しいと思えた。それならば、試してみるのも間違いではないはずだ。


 そうと決まれば、さっそく行動を起こそうと考える。

 まず出来るだけ早く黒小鬼ゴブリン達の仕事ぶりを見る事だ。そして雇うか否か判断しなければならない。早くて明日にでも、魔法と謝罪でラティエルが疲労で倒れる前に。


 「そうだな、じゃあ明日にでも…」

 「では直ぐにお出かけの準備を始めますね。」

 「え?」


 ユーマが考えを出す前に側にいたアグリーが声を上げた。

 直ぐに?直ぐにお出かけとは今から街に出て行動するという事か。今から黒小鬼ゴブリン達の仕事ぶりを見に行くという事か。しかしだ、それはあまりにも急ではないか。


 「ま、まってアグリー、さすがに今日は…黒小鬼ゴブリン達にも都合って物があるだろうし、見学ならするにしても順序って物が…」

 「何を言いますか。こういう事はさっさと行動した方がいいんです!それに私にも黒妖精ゴブリンの知り合いなら一人二人いるんですよ。幼馴染ですので今から頼みに行ってきます!」


 一時間ほどお待ちください。そう言うとアグリーは胸に手を当て、頭を下げ足早に駆けていった。全く話を聞いていない。そうじゃない、待ってくれと手を伸ばしても彼女には聞こえていないようだ。

 彼女はやはり少々真面目が過ぎるようだ。

 そんな様子をラティエルはクスリと笑った。


 「アグラーシェス様は少々せっかちな所がありますから。ですが、私たちの事を考えての行動なんですよ」

 「そ、そうみたいだね」


 ラティエルの言う通りだ。アグリーは人一倍、ラティエルの事を気にかけているようだった。使用人たちの中でも、主人ユーマに対しても臆せず、しっかりと小言をぶつけてくれるのは彼女だけである。

 しかし、やはり真面目過ぎるような気もするが。


「心配せずとも、アグラーシェス様は責任感も強いですので、それこそ私たちが頭を下げる前に自ら頭を下げてでも黒小鬼ゴブリン達の承諾を取って下さると思います。」


 そこまでしてくれるのか。反対に心配になるのだが。

 隣でラティエルが「もう遅いですし」とにこやかに微笑む。確かにもう既にアグリーの姿は見えない。腕輪を使って連絡を取ってもよいのだが、アグリーの事だ。「行動が遅い」と再び叱られそうだ。それならばと思う。


 ここはアグリーに任せてみようと。

 ラティエルは「では」と胸の前でポンっと小さく手を叩いた


 「……お父様、後で門前に集合いたしましょう。私からアグラーシェス様に連絡しておきますから」

 ラティエルの一言に軽く驚く。どうやら彼女も街まで着いてきてくれるらしい。


 「ラティも来てくれるのかい?」

 「はい。通訳が必要でしょうし。」

 「…あ、ああ。そうだね。」


 ああ、そうだ。自分は黒小鬼ゴブリン達の言葉が全く持って分からないのだった。ラティエルの言葉にユーマは自身に呆れたように目を細め、話題を変える様にぽつりと呟いた。


 「けど驚いたな。ラティが以外にもしっかり考えていて」

 「黒小鬼ゴブリン達をスカウトしましょうという提案ですか?」


 ラティエルの言葉にユーマは小さく頷く。ラティエル自身から城に人を入れようと言い出すとは思ってもいなかった。しかも「スカウトすべきだ。」なんて。


 3か月前。城に使用人を入れると決めた時、彼女は何も言わなかったが実はアズエルと同じで心の中では反対しているばかりだと思い、内心少し強引過ぎたと反省もしていたのだが。

 

 彼女のスカウト発言から見るにラティエルは城に他人が入るのは、そこまで嫌ではないらしい。正直安心したところだ。


 「………ふふ、まぁ、お父様のお考えですから。……この城は思い出ばかりですからね。お兄様は他の方に汚されたくないと考えているんですよ。」

 「…え」


 ラティエルの言葉にユーマは再び彼女の顔を見る。

 また心を読まれたようだ。「今」と問いただそうとするユーマにラティエルは気にする様子もなく花瓶の入った木箱に視線を移した。


 「それでは私は花瓶修理を終わらせてしまいますね。」

 「…ん?ああ、そうか。その仕事がまだ残っていたね」


 どうやら、また話を誤魔化されたようだ。しかし、確かに花瓶の修繕はまだ終わっていない。

 それならば手伝おうかと声を掛ける。

 直したところで、10は軽く超えるだろう花瓶の数。小さな彼女一人では運べないだろう。しかしラティエルは静かに首を振った。


 「大丈夫です。他の方に手伝ってもらいますから。お父様は自分のお仕事をなさってください。」

 「え?私の仕事?」


 ユーマは首をかしげる。何か自分は仕事の最中だったか。それとも、するべき仕事でもあったか考える。

 しかし何も思いつかない。一つ思いついたのはアズエルの事だ。元々は彼を叱り付ける為、探していたのだが残念ながら見つからなかった。

 今この城にはいないのだろう。見つからないのであれば叱るに叱れない。


 それともアレだろうか。出かける準備をして来いという事だろうか。しかし今の自分に準備など必要ないものである。

 それか、見学に辺り…等とユーマが考えていると、ラティエルは悩まし気に「うーん」と小さく声を漏らした。


 「そろそろ、お昼の時間ですね。お腹もすく頃です。……食欲旺盛な食べ盛りなら尚更です。それは人や馬も変わりませんよね」


 少しの間。ユーマはその一言で思い出す「ああ、そういえばそうだ。そろそろ時間だ」と。

同時に妙に思う。勿論ラティエルの発言に、である。


 「ラティエル、今」

 「あ、バルリアス様、ちょうど良いところに!」


 だが、その疑問も瞬間に掻き消されてしまった。

 問いただす前に彼女は嬉しそうに手を上げる。

 ラティエルの視線の先には庭先を歩く小さな影があった。


 名を呼ばれ、手を振る彼はアグリーと同じく城に兵士として入った死人喰グールの男性である。彼に運ぶのを手伝ってもらうのだろう。そう考えている隙にラティエルは優雅に頭を下げた。


 「それでは失礼します。また後程」

 「待て」なんて言葉が届く暇も無い。

 どうやら2回連続で誤魔化されたらしい。


 こちらに気に留める様子もなく走り去って行くラティエルを見送って、ユーマは溜息をついた。今から彼女を追って問いただすのも別に良いが、仕事の邪魔をするのは気が引ける。

 

 話を聞く機会は何時でもあるのだ。今はそう思うことにして。ユーマは一人、その場を後にした。


 

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