9 宝物庫


 城には人知れず大きな地下が存在していた。

 薄暗く長い螺子階段を回り下りて、大きな黒々とした鉄製の扉の先にその部屋がある。


 先頭を進むアズエルがどこらかともなく一つの金色の鍵を取り出す。不思議輝きを持つ宝石が付いた鍵だ。何かしらの魔法が掛かっているのかもしれない。


 アズエルは金の鍵を扉のカギ穴に差し込む。刹那、黒い扉には金色の紋様が浮かび上がり「ガチャリ」と音が響き、鍵は跡形もなく姿を消し、扉は勝手に大きな音と共に開かれた。


 その先に広がっていたのは鍾乳洞を利用した広々とした宝物殿。

 石の壁には沢山の宝石が輝き、無造作に置き捨てられた黄金の財宝たち。そして中央にはユーマの背丈よりも高い金貨の山が積まれていた。目がちかちかする。


 「こちらが一応、城の全財産になりますかね。先代父上が集めていたものです」

 「えーと……少し寂しい気もしますが、今はお父様の物です」

 「ええ。なので、父上が好きに使ってください」

 「いや、お好きにって言われてもな………」


 いきなり巨額の富を手に入れても正直困惑するだけである。財産は結構あるだろうと想定していたが想像以上だ。全く、この量をどこから集めて来たのか。

 そんな事を考えているとアズエルが金貨を一枚手に取った。


 何をするかと思いきや、金貨を軽く握りしめ、じっと見つめる。次に手を開いた時、アズエルの掌には金貨は無く、代わりに百枚ほどの銅貨がぼろぼろと零れ溢れていた。――両替機能?


 「使用人の給料はこうして金貨を銅貨に変えて渡しています」

 「そ、そうなんだ。ここのお金を使っているわけだね。えーと。じゃあ今の収入は?」


 城に有り余るほどの財があるのは分かった。それならば今、この城の主な収入はどうなっているのだろうか。どうやってこんな大金を稼いでいるのだろうか。ユーマ自身は、今は何も働いてないが。


 ユーマの質問に兄妹は顔を見合わせた。アズエルは呆気にとられた、ラティエルは一瞬迷った表情を浮かべている。


 アズエルは一度、手のひらに収まる銅貨を床に落とすと、再びユーマに向かい手のひらを差し伸べる。同時に隣にたたずむラティエルは何故か足元に転がる小石を拾い上げ、両手で握りしめた。――まさかと思うが。


 「稼ぐ…というよりも、こうして増やしていますね」


 アズエルの一言と共に彼の手の周りに浮かび上がる模様。同じように握りしめるラティエルの手の周りにも模様が浮かび上がる。


 模様が消えた瞬間、アズエルの手からはどこかの某映画のごとくドバドバドバドバと金貨が溢れ出し、ラティエルの握りしめていた石ころは見るも美しいダイヤへと姿を変えていた。


 「えっと…勿論、全部本物ですよ。いつもは必要な時に出します」

 「まぁ、ラティエルは“金貨”は出せませんが」

 「お、お兄様」


 笑顔の兄妹。ラティエルは一瞬困った表情を見せたが。

ユーマは愕然とする。いつもは必要な時に出します?

 嗚呼、そういえば。ここに来る前、二人は神妙な顔をしていた。


 「貯蓄ってどういうことでしょうか」

 「今城にある財産の事だと思います。お父様欲しいものでもあるのでしょうか?」

 「いやそれは分かるのですが…《父上》の貯蓄という事でよろしいですか?」


 等と話し合っていた。そして連れて来られたのがこの場所である。

 ユーマはこの場所をはっきりと《思い出す》


 目の前に広がる金の山。それらは全て幼い兄妹が今さっきのように生みだしていったものだ。その様子に《バロン》はただ褒めちぎった。

 そして二人からの金貨贈り物は《バロン》にとって需要もないので、一生使うこともなく、後生大事に保管していたのである。


 ここは宝物殿なんか大層なものじゃない。――《バロン》の思い出保管庫である。


 ユーマから貯蓄について問いただされ、困った兄妹は父親が自分たちの造り上げたものを貯めていたのを知っていた為、取り敢えずこの場所に連れて来たのであろう。

 貯蓄なんて二人には元々必要ないものであるから。だって、手から幾らでも出せるもの。


 いや、しかし、これ。どうなのだろう。

 こんなに簡単に金だとか宝石だとか量産させて、市場だとか相場だとか色々問題があるだろうし、現代では完全に犯罪行為だ。

 いや、しかしここは異世界で、二人は、いやラティエルは神様だから別にいいのか?


 「しかし、父上が金銭に興味を持つなんて」

 「先代お父様は全く興味も示しませんでしたものね。気を落とさないでお父様、きっと先代様の記憶のせいです。先代様は本当に金銭に関して興味も無かったようですから、記憶の混同でしょう」


 二人の会話が聞こえる。

 ああ、確かにユーマは異世界にきた今まで金銭に対して全く興味が無かった。存在を忘れていたと言ってもいい。

 

 それは《バロン》のせいなのだろう。彼は金銭関係に元から興味が無かったようだ。というか、《バロン》《彼》は自身に都合が悪い事や興味ないことは都合が良いことに直ぐ忘れる癖があったようで、《記憶》を引き継いだユーマ、その癖は健在らしい。

 

 納得した。今まで金銭に興味が無かったのは確かに完全に《バロン》のせいだ。

 どうせ兄妹が金を生みだした所を見ても、先ほどのユーマと同じように「ラティエルは神様だし良いや」なんて呑気で簡単な結論に至ったのだろう。間違いない。


「…うん………ちょっとアズエル来てくれる?」

「………はい?」


 ユーマは目を細めアズエルに手招きした。

 アズエルは一瞬不服そうな顔をしていたものの妹の前だからだろう、おとなしく着いてきた。

珍しく小さなため息をつくラティエルを置いて部屋の外に出る。


 ユーマにちゃんとした顔があるのなら笑顔を浮かべていたことだろう。

優しく微笑んで、アズエルを見据えて、彼の肩に手を置いた。


 「………働こうか」

 「は?」

 それがユーマが導き出した答えであった。


 「………何故です?」

 アズエルが不機嫌そうに問う。

 

 「何故って、ねぇ……」

 

 ……何故、だと?


 ――当たり前だろう。

 何が記憶の混同だ。


 お金だぞ、生活の中で際も重要な存在だぞ。誰もが毎日頭を抱え考え苦しんでいる存在だぞ。今思えば、金銭に全く興味が出ない等、異常でしかない。神様だから別に問題ない?ふざけるな。


 ユーマは細めた目を微かに開きアズエルを見下ろす。

 その表情はとても迫力があり――あまりに恐ろしいものだった。



 「君達、なに偽金で呑気に暮らしてるの?」

 「は?だからコレは全て本物で――」


 「そんなずるi………私の世界では犯罪だから。」

 「貴方の世界で、でしょう。ラティエルは神ですよ。神の思し召しだと思って受け取れば…」


 「ラティエルはまだいいよ。私の世界にも合成ダイヤとかあるからね。まだ何とかなる。それにあの子は金貨は生みだせないんだろう?さっき君が言っていたじゃないか?あー…それとも、偽物を高値で売ったり、していたのかな?」

 「ま、まさか。この島では売れませんよ!だれも買い取れません。ラティエルが造った物はち、父上が大切に保管していましたし、持ち出し禁止でしたし…」


 「そうか…なら問題は君だよ。…もう一回言わせてもらうけど、なに偽金作ってるの?使用人の給料は自分に任せてくれって言っていたけど、え?それが理由?」

 「………あの、だから……あ、そ、それに……」


 「まず君、働いたことある?こっちは安い給料で朝から夜まで十数時間も働いてやっと一ヶ月食べていける状態で家賃に電気代に水道代電話代とか払ってギリギリな生活で、欲しい物なんて買えやしないのに。君は指パッチン一つで優雅に暮らせているわけだ。へー、いいなぁ。うわぁ、ずるいなぁ」

 「…………」


 ユーマの迫力にアズエルは完全に黙ってしまった。微かに耳が垂れ下がっているのが見て取れる。

 そんなアズエルにユーマは微笑みかけた。


 「ああ、三度目だね。――君さ、何、偽金作ってんの?」


 ただし、ユーマの目は完全に一ミリも笑っていなかった。勿論、微笑み掛けはしたが、ユーマに微笑む口など存在しない。

 ユーマは微かに震えるアズエルの肩をポンと叩き、今度こそ目を細めるのであった。


 「…働こう、ね?」



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