07 変わった日常で悪魔が笑う 4
アズエルは場の雰囲気に不機嫌なまま、そっぽを向いた。
「用とやらはそれだけですか?私は部屋に戻らせていただきます!」
「待て、アズエル。話は終わってない!」
あらぬ疑いをかけられたのだ、不機嫌になるのは仕方がないだろうが。ユーマの話は終わっていない。それよりもこれからが本番だ。
部屋から出ていこうとしていたアズエルは足を止めた。
「まだ何か?」
「うん。あるよ。ここ最近の君の事でね」
眉を思い切りしかめるアズエル。
悠真は真剣な表情で、机に肘をつきあるかも分からない顎の前で手を組む。
「君、最近酷いよ。なんでそんなに女性を弄ぶようなことをするの!毎日毎日、城のメイド口説き遊んで!本気じゃないんだろう?今回のルルーシカみたいに本気にする子だっているんだよ!やめなさい!」
悠真の叱責が飛ぶ。それは今回どうしてもアズエルに叱らなければいけない事であった。本気で一人の女性を口説き落とそうとするなら許そう。しかしアズエルの場合は女性であれば誰でも口説きにかかる、どう見ても単なる遊びだ。
今までは大目に見てきたが今回のルルーシカの件ではっきりわかった。これからはアズエルの言動に勘違い女性がもっと出てくるかもしれない。ならばこれ以上はほっといてはいけないと。
側にいたルルーシカが「バロン様」と感激した声を上げる。
「え?嫌ですよ」
「………え」
アズエルは、あまりにも当たり前に当然といった様子で拒否したのだが。
あまりにもあっけなく拒否を受け、呆然とするユーマ。
そんなユーマを真っすぐ見据え、アズエルは正に男でも見惚れる笑顔を浮かべた。
「だって面白いではありませんか?少し笑みを浮かべて密着して甘い言葉をかけるだけで女性は皆赤面する。見ていて飽きませんよ。…あんなバカな言い回しで喜ぶ姿。あまりに間抜けで面白くて仕方がありませんもの。」
「いや、君さそんな堂々と…」
そんな堂々と言うべきことではない。だが、アズエルは気にせず胸を張る。
「そもそも、見ての通り私は完璧な美しい顔を持っている!男ですら見惚れる世界一の物ですよ?顔だけじゃない。身体は華奢で高身長。声だって素晴らしく良い!能力も高く知能もある。まさに完璧ではありませんか?そんな私が無償で耳元で甘い囁きをくれてやっているんです。むしろ、女達は心から感謝すべきじゃないんですか?」
なんという。嗚呼、このクズ王子。まさにクズ王子。正真正銘のクズ王子。
こいつの事を更生させると決めたが、こいつは更生どころか酷くなっていないか?
しかし、しかしだ。ナルシスト発言だが容姿に関しては確かに認めざるを終えない。
だが、あえて言おう。
全国の女性に殴られてしまえ!!
「お前!いつか後ろから刺されるぞ!!」
「どうぞ?私、不死ですし。それに、ですよ?考えてみてください。『ああ、今日も可愛いね、子猫ちゃん』なんて気色悪い言葉、本気で鵜吞みをする人物なんていませんよ。」
「あ、いや。確かに、それは……」
確かに子猫ちゃんは気色悪い気がする。少なくともユーマは口が裂けても絶対に言えない。それを本気で取る女性も正直どうかと思う。
ふと、そこで気付く。ルルーシカがわなわなと震えているのを。目に沢山の涙をため、今にも泣きだしてしまいそうだ。
「あ、アズエル様がそんな性格だったなんて……」
どうやら彼女の中のアズエルは正真正銘完璧な素敵な王子様だったらしい。ルルーシカの中の王子様像が音を立てて壊れていくのが分かる。
今日は給料を一気に減らされ、勘違いとはいえアズエルに振られ、ましてやアズエルの本性を見せられたルルーシカ。不憫でならなかった。
「アズエル!ルルーシカに謝りなさい!」
「え?何故?」
「元はと言えば、君が昨日ルルーシカを口説いたからだろう!」
「は?元はと言えば、彼女が私と愛おしい妹とのティータイムに割り込もうとしたからでしょう!」
嗚呼、やはりかとユーマは思った。
昨日アズエルが何故ルルーシカに甘い言葉をささやいたか。それは簡単だ。
だから、追い返そうとしたのだ。ルルーシカの勘違いで結婚詐欺まで陥ったが。ルルーシカから話を聞いた時から気づいていたことだ。
「そもそも、あんなの口説いたうちに入りません。口説いたとしても、ルルーシカを口説いたのは昨日が初めて。もう彼女は口説いたりはしませんよ!」
「いいから謝りなさい!!謝らなきゃ、お前の恥ずかしい秘密を暴露するぞ!」
「はぁ?私にそんな秘密ありません。」
言い争いの中、自信ありげに笑みを浮かべるアズエル。まるで自分に秘密など無いと言わんばかりに。
しかし負けじとユーマも意地悪気に目を細める。伊達に彼の父親になった訳じゃない、アズエルの苦手なものぐらい把握ずみだ。
「じゃあ言ってやる!お前の苦手なものは、さとう…」
「!?わ、分かりました!分かりましたよ!!謝りますよ!」
その一言でアズエルはユーマが何を暴露しようとしたか察したらしい。
完璧主義者なアズエル。人前で自身の苦手なものをばらされるのは苦痛であろう。ユーマの予想通り、その名を出す前にアズエルはあっけなく降参した。
ムスっとした表情のアズエル。ユーマは心の中でガッツポーズをとる。
彼に口論で勝ったのは初めてだ。我が子たちの好みを知るため常に観察していた甲斐があったものだ。
アズエルは無言のまま泣き出しそうなルルーシカの元へ。
にこりと優しげな頬笑みを浮かべて、そして、彼女の細い腰に腕を回し
――顎をクイっと持ち上げた。
「昨日は勘違いを招く発言をしてしまい。申し訳ありませんでした。どうか、私を許してくださいませんか?可愛い子猫ちゃん――」
こいつは全く懲りていないのか。さすがにユーマも驚きと呆れで何も言えなくなる。
というか、今の今までの会話を聞いていたルルーシカだ。これこそ泣き叫び怒らないか。アズエルの頬を叩くぐらいの事はしないか。そうどこか、期待し見てしまう。
ルルーシカは小さく震えていた。
「……エルさまの……」
振り縛りだされた声と小さな拳がプルプルと震え、緑の瞳には沢山の涙。…真っ赤な頬。
「アズエル様のばかあぁぁぁぁぁ!!!」
ルルーシカは、まるで少女漫画の一コマ並みに涙を流しながら部屋から走り去っていたのだった。
「………アズエル」
残された悠真の低いドスのある声が響く。
「いや、もしかしてあの子、本気で受け取りました?うわ…いるんですね。そんな子…」
走り去っていたルルーシカを見ながらアズエルはどこか引き気味でポツリとつぶやく。
「あらあらぁ。アズエル様の甘い囁きはちょっとした、ご褒美として受け取っておけばいいのにぃ。困った子ですよねぇ。面食いなクセに、男知らずなんだからぁ」
そんな今までの様子を黙ってみていたルビーは困ったように呆れた表情を浮かべるのであった。
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