07 変わった日常で悪魔が笑う 2



 「はぁ、アズエル様がぁ、結婚詐欺を?」

 誤解も解け、一応落ち着いてくれたルビー。ルルーシカの話を聞き、彼女は小首をかしげた。


 「それってぇ。ルルーシカの勘違いではないのですかぁ?」

 「ちがいまする!!」


 ルビーは完全にルルーシカの話を信じていないらしい。正直、ユーマだって信じたくはない。しかし、ルルーシカの様子も嘘とも思えない。


 「確かにぃ。アズエル様は城のメイドを毎日口説きますけどぉ。……あ!ルルーシカがあまりに馬鹿だからぁ。どこまで騙されるか試したのではないですかぁ?」

 「ひどくない!?バロン様もなんとかいってくだされ!」

 ああ、しかし。今のルビーの言葉。ありうる。

 「バロン様!?」


 悠真が頭を悩ませていると、再びルルーシカの目に涙が溜まってきた。これ以上虐めるのもかわいそうだ。

 それに真偽はどうであれ、この頃のアズエルの様子は確かに酷いものであるのも間違いない。一度、灸を据えてやらねばならないだろう。

 悠真は大きくため息をついた。


 「分かったよ。アズエルに話を聞こう。」

 「本当でありんすか!?」

 「え?本気ですかぁ」


 ユーマの言葉にルルーシカは歓喜し、ルビーはひどく驚いた様子だった。

 そうと決まれば、善は急げ。ユーマは自身の左腕に付く腕輪を見た。

 銀色のピンク色の宝石の付いたそれは、この城に使用人が入る前日。あれば便利だろうとラティエルが造った物だ。


 「これは遠くの人とお喋りができる腕輪ですよ。お父様に分かりやすく伝えるなら“マジックアイテム”でしょうか?お父様に合わせて作りましたから、使いたいときは相手の名前、そして“呪文”を声に出してください。」


 ラティエルが言っていたことを思い出す。

 ユーマは一息。そして、教えられた呪文を口にした。


 「アズエル。繋がれテレフォン。」


 刹那、腕輪に付いた宝石が光る。

 そして、何もない空中に突如、鮮明な映像が浮かび上がった。その映像にはにこやかに微笑むアズエルの姿。


 ――何か御用でしょうか?


 映像の中でアズエルが答える。


「話があるんだ。私の部屋まで来てほしい。」


 悠真が答えると、アズエルは一瞬露骨に眉をしかめたが承諾してくれた。

 いや、何。嫌な顔をするようになったのは何時もの事だ。

 三か月前からアズエルはユーマの事をラティエルの前以外では「父上」と呼んでくれなくなったし。反抗期なのだ。心に言い聞かせる。


 ユーマは腕輪の宝石を軽く二回叩く、これが終了の合図だ。

 ラティエルの教え通り、その瞬間映像は途切れた。悠真はほっと一息つく。

 この腕輪を使ったのは3回目であるが、やはり魔法とは凄いものだとしみじみ思う。

 まぁ、悠真の世界のスマホと何ら変わりはないのだが。その様子にルルーシカは驚いた様子で小さく声を漏らした。


 「す、すごいやんす!というかズルいでやんす!その腕輪、私も欲しいです!」


 まさかの一言にユーマ、そしてルビーも呆れた表情をする。

 この腕輪、現実世界の電話と何ら変わらない。

 つまり、一つだけだと意味がない。


 ――この城に上がった使用人には全員同じ腕輪が配られているはずだ。まぁ、使用人たちは腕輪ではなく指輪であるが。


 「………ルルーシカぁ。あなた、指輪無くしたの?銀の、ピンクの石が付いた指輪よぉ?」

 「………え?」


 ――暫くの沈黙。

 気付いたらしい。ルルーシカの表情が見る見るうちに青ざめていく。悠真は再びため息をついた。


 指輪はラティエルが使用人一人一人に作った特別なもので持ち主しか効果は発揮しないらしい。持ち主から数メートル離れれば自然消滅する仕組みだ。悪用を防ぐための念の為の仕組みであり、再発行はラティエルに頼むしかない。しかし、ダメイドばかりのこの城。何度も無くす可能性がある。


 だから再発行には銅貨三枚必要であるとアズエルが決めた。

 紛失した場合、城での給料から差し引かれる。その為、使用人は常に肌身離さず身に着けているのだが。


 「おおおおおおお、お部屋!!あとでお部屋探しますから!!!」


 先ほども給料引かれたルルーシカ。慌てるしかない。しかし、上記の通り持ち主から数メートル離れれば消失するのだ。もう遅い。

 ルルーシカの給料の運命は決まったわけだ。


 「……まぁ、指輪はいいや。ルルーシカ。とりあえず、いつ、どんな風にアズエルに詐欺られたか教えてくれる?」


 ルルーシカの給料は彼女に任せるとして、ユーマは話を戻した。今はそっちの方が大切だ。アズエルが来る前に状況を把握しておきたい。

 ルルーシカはグスグス泣きながら、詐欺じゃないと声を張り上げていたが次第に声が小さくなり話しだす。


 「あれは昨日の事でやんす。ラティエル様とアズエル様のおやつの時間でありした。見ていたらラティエル様が『一緒にどうですか?』って誘ってくださいやして。私、嬉しくて。そしたらアズエル様が急に……」


 そこまで話してルルーシカは赤く頬を染め上げた。思い出して興奮したらしい。

 そこまで聞いて、ユーマもなんとなく状況を察する。少なくとも、アズエルがルルーシカを口説いた理由は判明した。


 「悠真様。入ってもよろしいですか?」

 そこへ、扉が叩く音と声が一つ。アズエルが来たようだ。軽く声を掛けると、扉は開かれる。



 「何か御用ですか?悠真様」

 扉の向こうではアズエルが何時ものように優雅に微笑んでいた。

 だが、アズエルは部屋の中にルビーとルルーシカの姿を見つけ、にやりと意地悪な笑み。


 「おや、逢引の最中ですか?しかも同時に二人に手を出したうえ、他人に見せびらかすとは、なかなかの趣味ですね。その為私を呼んだのですか?」

 「なんでそうなる!」


 とんでもない言いがかりである。それどころかナンパ野郎に言われたくない。悠真の様子にアズエルは小馬鹿にするように口に手を当てた。


 「あ!すみません。ご経験が皆無の悠真様にそんな度胸はありませんよね?」

 「な!」

 額に筋か経つのが分かる。


 ――事実だ。

 事実であるが、人前。しかも女性の前で経験がないなど他人の個人情報を暴露する奴が何処にいる。ユーマが怒るのも仕方がない。


 今の発言を聞いてルビーは頬赤らめ何故か嬉しそうに、ルルーシカは理解出来ていないのか呆気にとられた表情を浮かべている。

 しかし、今は怒りを抑えよう。今はそれよりルルーシカを優先だ。ユーマは深呼吸、咳払いを一つした。


 「アズエル。君に聞きたいことがあるんだ。」

 「女性の扱い方ですか?図書にでも行ってきたらどうですか?」

 「………ちがうよ。ルルーシカの事だ」

 ぶん殴りたいのを我慢しユーマは目を細め、本題に入ることにした。

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