05 神様幸福論 4



 《緑溢れる国》《グリーンランスィア》。

 枯れた草原がどこまでも広がる国で、男が呆然と座り込んでいた。

 この国に雨が降らなくなり一ヶ月。


 男には家族がいた。

 少し気が強い妻と、口が悪いが働き者の長男。かわいい盛りの幼い娘。家の傍には弟の家族もいて、家族全員で手を取り合い小さいながらも家畜を育てて暮らしていた。


 しかし、今男には家族は一人もいない。みんな、一人残らず死んでしまった。皆水を欲しながら、腹を空かせながら、苦しみながら、死んでしまった。

 今残っているのは、死に掛けの雌馬と仔馬の二頭だけ。


 ――何故こんなことが起こってしまったのだろう。

 そんな疑問ばかりが募る。


 いつ来るかもわからない死に怯えるのも飽きた。どうして自分だけが生きているのかも分からない。弟が死んだとき、男の心は壊れてしまったのかもしれない。


 ただ、それでも、願うことだけは止められない。

 ――嗚呼、神様お願いです。誰でもいい、助けて下さい、と……。




 ――羽音が一つ。


 地面に映る大きな影を見る。

 男は一瞬、鳥かと思ったが遥かに鳥よりも大きな影に首をかしげる。大きいうえに、影はどう見ても鳥には見えない。


 男はゆっくりと顔を上げる。


 ――彼の元に天使が舞い降りた。


 美しい天使だった。真っ白な羽、黄金色の髪がキラキラと輝き、肌は雪のように白い。

 今までの人生の中で見たことも無い、美しい少女だった。

 天使は美しい顔にどこまでも慈愛深く笑みを湛え、男を見据えていた。

 男の目元に涙が浮かぶ。彼は思ったことだろう。


 嗚呼、神様は本当にいたのか。

 嗚呼、自分たちはこれから助かるのだ。

 嗚呼、今までの苦しみからやっと解放される。

 嗚呼、この方が助けてくれるのだ。っと。


 ――「助けてくれる?」

 まぁ。それは、ある意味事実であり嘘ではない。


 男は天使に助けて欲しい一身に手を伸ばす。

 目の前の天使は優しげに目を細める。


 ……彼女の抱える大きな白い杖が大鎌へと姿を変えた


 「ごめんなさい」

 鈴を転がすような愛らしい声。


 「ボク、体力は全くなくて子供以下って兄に言われるんです。だから凄く苦しいと思います」

 天使が抱える大鎌を振り上げると、太陽の光に鎌の刃がギラリと輝く。

 男が驚き、理解する暇などない。逃げるなど、もっての外だ。


 天使はどこまでも慈愛深く微笑む。そして――。


 「でも大丈夫。幸せにしてあげますから」


 


 ――ラティエルは躊躇なく鎌を振り下ろした……。




 何度も


 何度も


 何度も


 何度も


 何度も――。





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