05 神様幸福論 2



 彼女は笑っていた。何処までも慈愛深く、優しげに。楽し気に。まるで悪戯がばれてしまった子供のように。

 その様子に悠真は思わず口を噤んだ。


 彼女が、何故笑えるのか理解できない。確かな恐怖が身体を包む。

 そんな悠真の様子に、ラティエルは更にクスクス笑う。「お父様」、ラティエルの声が悠真を呼ぶ。

 アイスブルーの右目が悠真を映している。慈愛に満ち、何もかも悟ったかのような美しい瞳。


 「まぁ。とりあえず、正解ですよ。ボクはその指輪を造り、島の海岸に財宝と共に放置しておきました。お兄様には島の侵入者を許すようにお願いして」

 「!」


 肯定された。あまりにもあっけなく。あまりにも当然のように。


 「指輪の効果は直ぐに出ませんし、使わない可能性もありましたので、一ヶ月様子を見たのも事実です。まさかすぐに使うとは予想していませんでしたけど」


 ――国を思うのは本物だったのかしら?

 そう、彼女はにこやかに胸の前で手を組む。


 「けれどお父様。指輪の力を使い、隣国を蔑ろにしたのは、彼女たちの決断ですよ?罪を造ったのは紛れもなくこの国です」


 それは、まるで自分たちには非が無いというように。

 確かに、この国は指輪の力を私利私欲に利用した。隣の国もひどい目に合った、緑溢れる国が例だ。助けを求める他国を突き放したのも事実なのだろう。確かに罪とも呼べよう。


 でも、それは彼女たちが意図的に造った罪だ。わざと指輪を盗まれるように仕向けて、指輪が使われるとどのような結果が起こる知りながら放置した。“父親”の“魔法が使いたい”と言う願いのために。


 それに対し、悠真は怒りを露にしているというのに、彼女は理解していないというのか。


 「ボクたちが仕向けたと思いますか?まぁ、確かにそうなって欲しいなぁと実行しましたが。破滅の道を選んだのは紛れもなく彼女達でもあるんですよ?」


 悠真の心を読み取ったように、ラティエルはクスリと笑う。

 彼女の掌には、いつの間にか元凶となった指輪と同じものがあった。


 「数ある財宝の中から、こんな玩具を盗み出したのも、指輪を私利私欲に使ったのも、隣国を助けなかったのも全て彼女たちが選んだことです」


 細く白い指先がコロコロと指輪で遊ぶ。


 「この指輪は、他国に脅威を与えますが共存もできます。強く願えば、この国だけじゃない。諸国だって、その力で豊かにすることはできたんです。まぁ、目に見えて少し程度ですが」


 それは……それは、確かにそうだ。

 彼女が造った指輪は、たった一つの国だけじゃない。心から願えば、ほかの国だって豊かにできる。ただ、力も弱まるため、作物が少し大きく育つ、程度だが。


 「そうするのなら、この国は見逃そうって思っていました。巻き込んだお詫びに指輪だってあげてしまおうって。お父様の魔法使用の件はお兄様の提案、敵船の撃退にするつもりでした」


 けれど……と、彼女はクスクス笑う。


 「その結果がコレです。この国は自分たちの事しか考えなかった。苦しむ諸国に手を貸すどころか、蔑ろにした。緑溢れる国、あそこの疫病だって元はこの国で起こるはずたったのに」


 ぱきんと、音を立てラティエルの持つ指輪が壊れる。


 「その瞬間、この国はお父様の魔法に相応しい舞台になったんです」


 両腕を大きく広げて彼女は笑う。

 その姿は年相応の少女のようであり、実に異常だ。

 愕然とする悠真の指にラティエルの手が伸びる。


 「お父様の考えは正解です。ボクたちが仕向けました。けど、罪人になったのは彼女たちの意思です。お父様が魔法を使ったのは正しいこと、こんな自分勝手な国を亡ぼすのも良いこと!だからお父様、貴方は何も感じる必要はないんですよ。それどころか――」



 喜びで頬を染めたままに言う。



 「こんな罪人にでさえ幸福を与えることが出来たのだから。喜ぶべきです!!」



 そう言った彼女はやはり、どこまでも慈愛深い笑みを浮かべていた。



 ◇




 「っ!」

 「きゃっ」


 悠真はその手を払いのけた。ラティエルから小さな悲鳴が上がる。

 彼女がこちらを見る。その右目は不思議そうだ。


 ――まだ分かってくれないの?

 ――どうして分かってくれないの?


 そんな感情がひしひしと伝わってくる。だが、彼女の考えをどう理解しろというのだ。

 自分勝手?自分勝手だと?


 「ラティエル、君が何を言っているかさっぱり理解できない!」

 「お、父様?」

 「私からすれば、自分勝手なのはお前たちだ。この国を悪になるように仕向けて」

 「?まだ理解してくださらないの?」

 「確かにこの国にも悪いところは合った。けど、何度も言うが、それは指輪を取り戻せばよかっただけじゃないのか?けど君は何もしなかった」


 この国は確かにひどい行いをした。

 しかし、この国の罰は自分たちが手を下していいことなのか?

 それどころか元凶の指輪は、もともとラティエルが造り、今回の事は彼女が仕組んだことだ。


 悪いのは、この国か?自分たちか?どちらだ?

 なんども同じ疑問が堂々巡りに頭を駆け巡る。


 嗚呼、それに、先ほどから嫌に気になる言葉がある。この国を滅ぼした時も言っていたこと。


 「『幸福に導く』?さっきから何を言っている?なんだ…それは」


 何度も何度も口にしている。その言葉はなんだ?

 悠真の言葉にラティエルはひどく驚いた表情を見せた。

 首をかしげ、ショックを受けたように一歩、二歩と後ろに後退る。


 「お父様、ボクの心得を忘れてしまったの?」

 その声はひどく不安げで。

 悠真の中の《バロン》が警告を始める。


 だめだ。それ以上は聞いてはいけない。

 ――忘れていたかったと…。


 「ボクの掲げている物、ソレは――」



 しかし、それももう遅い。

 ラティエルは酷く悲しそうに、しかし笑みを湛えながら、その言葉を口にした。



 「死こそ最大の幸福なり。だから、沢山の人を殺しましょう――でしょう?」



 首をかしげた彼女のその言葉は嫌に耳に残った。

 ――そう、それこそが彼女の絶対的な……幸福論。


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