05 神様幸福論



  みんな死んでいます。お疲れ様です。


 そう声をかけてきた彼女は優しげに微笑んでいた。

 目の前で、国が滅んだというのに。

 冷静になれば最初から彼女の様子はおかしかったではないか。


 悠真はラティエルを静かに見据えていた。相変わらず、その表情は優しげで、その姿は愛らしい。傍から見れば、誰もが想像するような天使そのものだ。


 「……ラティエル。これは、君が考えたんだね」


 ラティエルは小首をかしげた。

 「……これ?これとは?」


 白々しい。

 悠真の作られた拳に力が入る。

 「この国の事だよ!君が考えたんだろう!」


 怒鳴りつけるような大きな声が響く。

 しかし、その怒号にラティエルは、驚くこともなく小さく微笑んだ。


 「アズエルはこんな手の込んだことを考えない!」

 『‴そうですね。私ならこんな面倒なこと考えません‴』

 アズエルが肯定と共にクツクツと笑う。

 そんな彼を悠真は睨む。

 きっと、彼の言った通り最初は敵船でも潰させるつもりだったのだろう。それが国潰しへと変わった。今にすれば、前者の方がまだましだ。「なぜ止めなかった」アズエルに対し、そんな怒りがこみ上げる。


 アズエルならば、彼ならば、こんな狂った計画止められたはずだ。彼ならば、まともな計画を立ててくれる。そう信頼していたのに。


 嫌、本当にそうだろうか。

 アズエルならば、まともな計画を立ててくれる?

 この男は妹にしか興味がないのに?


 妹が兄を望めば兄になる。

 妹が誰かを父と見れば、己もその誰かを父と見なす。

 妹の考えは絶対、否定は絶対にしない。

 その他の生き物はどうなろうと知ったことではない。


 アズエルは最初からそんな男だ。そもそも、本当にまともなら悠真が魔法に興味を持った時点で止めるのではないか?「父上の魔法は危険でしょう?」等と阻止してくれるはずだ。ましてや、自分から魔法のお手伝いをしましょうか。なんて絶対に言えないはずだ。

 《バロン》《自分》の魔法は、こんなにも危険なのだから。


 今回だってきっと、「妹の愛する《バロン》が魔法を使いたそうにしていたから」だから手を貸した。それぐらいの簡単な気持ちだったに違いない。

 この男はまともじゃない。

 だが、父親のために時間を費やす男でもない。


 ふと、力を籠める拳から何かが割れる音がした。

 見てみれば、今回の元凶となった指輪が壊れている。よくよく考えればこの指輪が存在していること自体おかしい。そのバロンが一つ残らず壊したのだから。


 「そもそも、この指輪だ!これが今ここに有るのはおかしい!」

 もしも、指輪を所持している者がいるとすれば、それは唯一指輪を造れる存在しかいない。


 「この指輪は、ラティエル、君が造ったんだ!これは君にしか造れない!」

 ラティエルは相変わらず微笑んでいる。その表情は何を考えているかわからない。



 「そして財宝の中に隠して、わざと侵入者を許し盗ませたんだ!一か月も前に!」

 悠真は核心に迫る。彼女は否定も肯定もしない。その姿が心底腹立たしいと感じた。


 「お前はそうやって、罪人とやらを作り上げたんだ!」


 今までより、一層大きな怒号が響いた。

 悠真は内心驚いた。生まれて一度も、ここまで大きな声は出したことが無かったから。これほどまでに怒りを感じたことは無かったから。だが、一度爆発した怒りは抑えようにも抑えられなかった。


 「何が他国に恨まれる国だ!罰だ!全部お前が作り上げたんじゃないか!」

 「………」

 「これが私の為か!?罪悪感を感じさせず、人を殺させるための!そのために一から作ったのか!」

 「………」

 「こんなことで私が喜ぶとでも思ったのか!」

 「………」


 すべて吐き出し、肩で大きく息をする。

 気づくと、目の前の少女は俯いていた。

 その表情は髪で隠れていてよく見えない。

 図星をつかれ、叱責され、

 泣いているのだろうか、

 困っているのだろうか。

 悲しんでいるのだろうか、

 将又言い訳でも考えているのだろうか。


 いいや。どれも違う。彼女は頬に手を当て小首をかしげる。


 「なんで納得してくれないのでしょうか?」

 彼女が浮かべるのは変わらない、笑顔。


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