04 バロンの魔法 6



 ――重い沈黙が流れる。


 「――それは」


 悠真は重々しく口を開く。

 彼女の説明に、この国の罪に納得しかけていた。

 掌の指輪を見る。

 玩具にしか見えないその指輪は。ラティエルの説明通り争いの原因になるのは確かだ。こうして、この国と共に指輪も消えれば、隣国に降りかかっている災厄は治まるだろう。


 だから、この国を滅ぼしたのは、今まで指輪の力で平和に暮らし、罪を重ねていった為への罰。

 だから、自分がこの国を滅ぼしたのは仕方がなかったこと。


 「………そ、うだね。」

 まるで、自分に言い聞かせるように悠真はうなずいた。


 ――父上が心置き無く能力を発揮出来るよう準備してみましょう

 その、アズエルの言葉が頭に浮かぶまで……


 「………ちょっと待って。」


 急に頭が冴えていくのが分かる。

 この国は指輪盗み私欲のために使っていた。それは確かだろう。

 現に賊の女が持っていたし、この国は異常に豊だった。だから、島に賊が入ったのは確か。


 ――だが、それは何時だ?


 指輪は危険なものだ。だから盗まれたら直ぐに取り返しに行くべきだ。

 アズエルは少し前に賊に入られたと言っていた。

 少し前というなら数日前ほどであろう。そう考えていた。


 しかし、指輪を使用したとして数日ならここまで豊かにはならない。指輪の効果は少なくとも数週間はかかる。



 ――なら、指輪はいつ盗まれた?いつ、賊が島に侵入した?



 ――たった1ヶ月で、まあ随分と………

 アズエルの言葉が頭の中で木霊する。


 「アズエル、指輪が盗まれたのは何時だい……?」

 悠真の問いにアズエルは笑う。


 『‴弦月の夜でしたから。1ヶ月程前ですね。父上が魔法を使いたいと願った、まさにその夜です‴』


 悠真は思い出す。いや、《記憶》が教えてくれた。

 先ほど疑問に思ったことだ。


 彼女らはどうやって、島に侵入した?

 嫌、違う。

 何故アズエルは侵入者に気が付かなかった?


 アズエルは島の侵入者に厳しい。

 いや、厳しい処では無い。

 彼は、侵入者は絶対に許さず見過ごさない。


 彼は昔から命じられている。

 「何があっても絶対にこの島に侵入者を許すな」

 それを命じたのは《バロン》だ。その《記憶》が確かにある。だからアズエルは、自分から侵入者を見逃すことは絶対に無い。


 だが、そこにある人物からのお願いがあったとしたら?

 《バロン》よりも優先順位が上の人物から、お願いされたら?


 それに気づいたとき、何かが頭の中で嵌まっていく音がした。

 悠真は静かに天を仰ぐ。


 「……随分と、随分と大きな『設定』を作ったね。……納得する所だった。」


 自然とそんな言葉が出ていた。


 嗚呼、何が『罰』だ。

 嫌、確かに『罰』だ。


 ――この為にだけ見逃され、作られた最大の『罰』だ。


 彼女らは作ったのだ。

 諸国を破滅に導こうとする忌まわしい国を。

 『神の罰』を必要とする大罪を犯した国を。


 父親が罪悪感を持たず、気持ちよく魔法を使えるように。こんなにも無駄に長々しい『設定』を1から作ったのだ。


 島への侵入をわざと見過ごし、

 わざと指輪を盗ませ、

 わざと丁度良い頃合まで放置する。


 人殺しの魔法しか使えない父親のためへの準備。


 こんな、父を想いのずれた思考を持つのは1人だけだ。

 アズエルじゃない。彼はこんな面倒事は例え父であろうと、そこまで考えない。


 こんな父親想いな事を考えるのは、ただ一人。



 「――君が考えたんだね。」

 悠真は、静かに1人の人物を見据える。



 「ねえ、ラティエル?」


 慈愛深い神様は、悠真の言葉にやはりどこまでも慈愛深く微笑んでいた。





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