03 ヴァロンの街へ 2



 「申し訳ありません。お待たせ致しましたっ」


 城前、ラティエルはマントをふわふわ舞わせながら走ってきた。

 お出かけという事だからか、彼女はいつもとは少し違う格好をしている。


 シンプルながらどこか気品に満ちたワンピース。

 羽を隠す為か、ファーの付いたフードの着いた膝までの白いマント。

 長い髪は後ろで三つ編みにして、赤いリボンで結ってある。


 城前で待っていた悠真は思わず声を上げた。

 「――うん。どこかの、お忍びのお姫様みたいな姿だね。」

 「ふぇっ!?」

 ラティエルはその一言に固まることになってしまった訳だが。


 「ど、どこかおかしいでしょうか?」

 「え?いや。かわいいよ」

 「……」

 素直な感想を出せば次は黙ってしまった。

 心から思ったことなのだが、何か間違えただろうか。悠真は必死に考えたが結局分からずじまいで終わった。


 ちなみにラティエルは素直に褒められ素直に嬉しく、照れていただけである。

 現に今の彼女の顔は真っ赤だ。

 家族に、容姿を褒められ喜ばない娘はいないだろう。

 例え、年頃でどんなにつっけんどんでも内心は喜ぶものである。――多分。

 ラティエルは特に素直な性格な為、目に見えて喜んでいるのだが、残念ながら悠真は気が付かなかったようだ。


 そこで、コホンと咳払いがひとつ。アズエルである。


 『‴それで、準備はよろしいですか‴』

 そんな事を言った気がした。

 形の良い眉をしかめた彼は、珍しくどこか不機嫌そうで、どうやらお出かけには乗り気ではないらしい。


 外へ出るとアズエルに告げた時は、かなり酷く眉をひそめて拒否をしてきたのだが、しかし、父と妹が乗り気なのだ。渋々と言うように重い腰を上げた。


 『‴それでは、いきますよ‴』

 そんなアズエルは何故だか手にランプを持っていた。

 今は昼間なのにどうしてそんな物を?

 そう悠真が思ったと同時、アズエルはランプを投げ捨て、パチンと指を鳴らした。


 刹那、小さなランプは大きく姿を変える。

 ランプは空気を吸い込んだか風船のように、見る見るうちに大きくなる。

 底には4つの車輪がはえ、何処からともなく2頭のブリキの玩具が飛び出し。

 瞬く間に、目の前にはランプの大きな馬車が現れた。


 それは、まさに某童話のように。

 初めて見るが、どうやらこれが《魔法》らしい。


 「うへぇ。……これが"魔法"?映画みたい……」

 「……映画?」

 悠真が間の抜けた声を漏らしてしまうのも仕方がない。

 ラティエルからは首を傾げられてしまったが…

 しかし、何故馬車を出してきたのか。


 『‴いつもなら飛んでいくのですが‴』

 「あ、そっか」

 アズエルの一言で悠真は理解した。

 そう言えば、兄妹には羽がある、何時も兄妹は城の外に出る時は、空を飛んで移動しているのだろう。

 しかし、悠真に羽は無い。気を利かせての事であったらしい。


 ――歩いて行くのも良かったのだが。

 そんな考えが浮かんだが、悠真は声に出さずアズエルの行為に甘えることとした。


 ◇

  

 馬車の中は外見で見たより、かなり広かった。

 天井は高く、3mはある悠真が乗っても頭をぶつける事は無い。

 座席は、元は蝋だろうか?

 フカフカとしたソファだが、白地にドロドロと溶けたような模様が入っている。

 外見も勿論だが内装も変わった馬車だ。これも全て魔法なのであろう。


 悠真が席に座ると、向かいに兄妹が座った。

 いつの間にか、ラティエルの手には身の丈ほどの大きな白い杖。


 「いや、いつの間に?何処から出したのだ?」と思い見ていると、ラティエルは気にする様子もなく、コンコンと馬車の壁を叩く。

 同時に杖に嵌め込まれた赤い宝石は淡く輝き、馬車に繋がれていた今までピクリとも動かなかったブリキの馬が急に大きく首を振り、そして動き出した。


 次の瞬間、ラティエルの持つ杖が跡形もなく消える。

 ガタガタと揺れ始めた馬車の中で悠真は理解した。これもまた魔法なのだと


 「この世界の魔法はそんな感じなんだ。」

 「?はい。しかしコレは日常魔法ですよ。強力なものでもありません」

 悠真からすれば十分凄い。

 ふと、己の手を見る。《バロン》も魔法は使える。それなら――。


 「お父様の魔法は日常的にはちょっと…」

 悠真の考えを見透かすようにラティエルは困った表情を浮かべた。


 「え?」

 「少なくとも、今使われると困ります」

 ものすごく、真剣な表情だ。気になる。

 一体、悠真自分にはどんな魔法があるのか。"記憶"を探る。

 しかし、何故か魔法に関する物は殆どなかった。

 がっくりと肩を落とす。


 だが、待て。

 ならば、目の前にいる2人はどんな魔法が使えるのか。


 「2人はどんな魔法が使えるんだい?」

 そう問えば、ラティエルは首を傾げた。

 なぜ知らないの?と言わんばかりに…


 しかし、《父》に問われれば彼女は素直に答える。


 「私は『物体』に対して、何かしら能力を上げたり授けたりする事が出来ます。簡単に言えば、能力の上昇。回復。防壁。先程のようにブリキのおもちゃに生命を授ける事もできます。」

 ――《天使》ですから。

 そう、最後に胸を張って。

 その一言に悠真はふと目を細める。


 少しの間。悠真は次にアズエルを見る。アズエルは何故か先程から黙ったままだ。

 アズエルの魔法も知りたいのだが。

 悠真の視線に困ったように微笑だけで、やはり喋る事はない。

 アズエルの代わりに答えたのはラティエルだった。


 「お兄様は基本なんでも出来ますよ。先程みたいな物体の変化。強力な攻撃、"自身"への回復、防壁。"他人に授ける"事以外はなんでも出来ます。――後、声と」


 そこで悠真は先ほどから彼が喋らない理由を理解した。

 彼が喋らないのはラティエルが先程、生命を与えた馬がいるからだ。

 元は無機物だったとしても、今馬車を引く馬は生きている。

 アズエルの‴声‴の対象物である。今、引馬に死なれれば確かに困るのは確かだ。

 一人納得すると胸の引っ掛かりが取れていく。


 まあ、それは置いておいて悠真は再びラティエルに視線を移し話を戻す。

 「ラティエルは他人に力を与える事が出来るんだよね?つまり誰かに《魔法》を与える事も出来たりする?」


 ラティエルは再び、きょとんとした表情をする。

 「どうして聞くの?」そう言っているようだ。

 しかし、やはり彼女は素直だ。


 「はい。確かに《魔法》を授ける事は出来ますよ?まあ、ボクが今まで力を授けたのは1人しかいませんが」

 ラティエルはやはり最後まで慈愛深い笑みを向けたまま大きく頷いた。

 その笑みを向けられながら、悠真は改めて己の手を見る。


 アズエルを例外として、どう考えても、その『1人』とは悠真の事である。

 嫌、《バロン》と言った方が正しいか

 何にせよ、悠真はこの身体にどのような魔法が与えられたかは分からない。


 《記憶》の中では《バロン》は酷くこの力を苦手としていた。

 それが魔法に関する唯一存在していた情報である。

 好奇心半分、恐怖半分。


 「お父様。お兄様が『《力》を試したいのなら、父上が心置き無く能力を発揮出来るよう準備してみましょうか』と」

 「え?」

 思いがけない言葉に悠真はアズエルを見る。

 何も喋らない彼は、胸元に手を当て頭を下げた。

 「お望みならば」まるで、そう言っているようだ。


 悠真は少し考える。意外にもその結果はすぐに出る。


 ――アズエルなら、人に迷惑がかからない程度で何とかしてくれるのだろう。

 そんなあまりに呑気な思いから、悠真は「じゃあ頼むよ」軽い気持ちでアズエルに頼むのであった。


 「あ、お父様。見えてきましたよ。」

 島、唯一の街が見えてきたのは丁度その時である。


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