03 ヴァロンの街へ
黒々とした壁。豪華な扉。黒を基調にした大きなカーテン。
絢爛な花瓶がいくつも飾られ中には美しい花がいけてあり、所々に可愛らしい天使の置き物。
青の絨毯が伸びる城の中は、光も沢山入り以外にも明るく感じられた。
窓の外には、大きな庭。手入れも行き届いたそこは彩りの花が植えられ、小さな白い噴水からは水がキラキラ輝いている。その前には小さなテーブルとイス。
そこで兄妹がお茶をしているのが目に浮かぶ。
思っていた以上に美しい城だ。
しかし、この城には使用人は1人としていない。
使用人を雇わず親子3人それぞれ役割を決めて毎日を過ごす。そんな"記憶"が悠真の中にあった。
そして本日、異世界へ来て1週間。
今日の悠真の仕事は食事当番である。
「と、言ってもなぁ。」
その当の悠真と言えば広々としたキッチンの前で静かに頭を抱えていた。
悠真の目の前には、野菜や果物、何か獣の肉。卵にパン。小麦粉、バター、ミルク。
その側には包丁まな板、鉄の鍋にフライパン、オリーブオイルや調味料も完備されている。
これだけ揃っていれば料理好きならば簡単に作れそうなのだが、悠真は唸っていた。
別に料理が下手という訳では無い。
現実世界では一人暮らしをしていたのだ。人並みに料理は出来る。
なら、なぜ悩んでいるか
一言で言えば、何を作れば良いか分からないでいたのだ。
「外国の料理とか作ったこと無いんだよなぁ。あの子達も、一昨日作った野菜炒め、神妙な顔して食べてたし」
そう。今、並んでいる物全てがどちらかと言えば、西洋の料理向け
もっと簡単に言えば、味噌、味醂、醤油、米。
日本食に一般的に使われる物が何一つとして無い。
悠真は日本食しか作った事が無いのである。
一昨日にも1度、食事当番が巡ってきたので、何とか塩で野菜炒めを作ったのだが、野菜炒めは初めてであったのか、ラティエルとアズエルは互いに顔を見合わせ、恐ろしげに口に運んでいた。あの姿は、悠真は一生忘れる事は出来ないだろう。
思い切り焦げていたのも理由の一つであるが。
「お父様?」
キッチンの外から覗き込みながら、ラティエルが不思議に声を掛けてきたのは、その時であった。
「あ、ご、ごめんね。お腹すいたよね?今作るから」
「いえ。そういう訳ではありませんが…。ずっと唸っていたようなので」
外まで聞こえていたのか。
何だか情けなくなり悠真はため息をこぼす。
ラティエルは心配した表情のまま、悠真の側へとやって来る。大きなアイスブルーの右目が悠真を見上げてきた。
「あの、ご無理をしなくても………。生の野菜とか、パンだけでいいんですよ?」
悠真の状況に察したのであろう。ラティエルは呟くように言った。
「いつもみたいに」と小さく最後に添えて。
実際、悠真がこの世界で料理を振る舞うのは2回目であるから、その「いつもみたい」に当てはまる人物は悠真ではなく《バロン》の事なのだろう。
《バロン》は、食事関係はいい加減であったらしい。
現に悠真が一昨日野菜炒めを作った時も「お父様が包丁を使うなんて…指は切りませんでしたか?」等とラティエルからは本気で心配されてしまった事を悠真は思い出す。
「ダメだよ。ご飯はしっかり食べなきゃ。ラティエルはただでさえ年の割には小さいんだから。これからは私も料理はしっかり作ることにします」
しかし、それは《バロン》の事だ。悠真は違う。
子供はちゃんとした食事を食べる。生のただの野菜やパンだけ等、言語道断。
栄養も考えた美味しいご飯を作ってあげる。この1週間で悠真が最初に決めたことであった。
例え、その子供が自分自身をこんな目に合わせた元凶だとしても、だ。
そんな悠真を前にし、ラティエルは首を傾げた。
「しかし、ボクはもう大きくなりませんよ?現に……数千年はこの姿ですし」
その言葉に悠真は固まる。
正直、ラティエルは10代だと思っていた。どう見ても10代そこそこであったし、そこまで"記憶"を探っていなかった。
いや、普通に考えれば彼女はこの世界の神様なのだ。それぐらいの歳だとしてもおかしくない。
そんな小さな姿で
そんなに華奢で小柄で、ぺったんこなのに……
一瞬、そう思ったが悠真は慌てたように首を振る。
何千年、その少女の姿であろうと関係ない。それに、絶対に成長しないなんて確証は無いのだ。
「ダメダメ。そんなこと言ってたら、胸だって大きくならないよ」
そこで、悠真ははっとする。
今の言葉、セクハラでは無いだろうか?
ラティエルは《記憶》の中では娘であるし、この頃、悠真も娘として接していた。
しかしだ。娘であろうが無かろうが、女性に対して今の発言は完全に問題であり、現実世界では、父が娘に言えばガチめに冷たい目で見られる可能性だって存在する。
それに気づいた悠真は慌てた。
「あ。いや違うよ。ラティエルの胸はこれから大きくなるから!」
――じゃなくて。
「大きさなんて関係ないから!」
――じゃなくて。
「そんな目で見ていないから!!」
どんな目だ。
慌てに慌てまくった悠真は次々に墓穴を掘っていった。
当のラティエルと言えば、困った微笑みで悠真を見つめているだけなのだが。
「ボクはなんとも思いませんよ。落ち着いて下さい。お父様」
「え!あ。そ、そっかぁ」
落ち着いた声と、その微笑みに悠真がやっと落ち着くことが出来たのは1分ほど後の事である。
話を戻すように咳払いをひとつ。
悠真は己の胸を「とん」と叩いた。
「何にしても、今度からは私も料理するから」
「は、はぁ……?」
これは宣言だ。
しかし、悠真は再び食材に目を移し無い眉をひそめた。宣言したもののやはり何を作れば良いか検討もつかない。
ラティエルやアズエルに手伝ってもらうか。
そう頭に過ぎるものの宣言した手前、手伝って貰うのも何だか気が引ける。
悠真からすれば完全に八方塞がりの状態であった。
「……それでしたらお父様」
そんな中で、見かねたようにラティエルは静かに口を開いた。
「今日は、外で食事をするというのはいかがですか?」
「……外?」
外?外とは?島の外だろうか。悠真は考える──
この
その島から出て他国で食事をしようと言っているのだろうか。この化け物の身体で?
悠真がそれは無理だろうと思うのは当然の事である。
そんな悠真を悟ってか、ラティエルは首を振る。
「城の外ですよ。島からは出ません」
城の外?城の外にそんな場所はあっただろうか?
この島は豊かであるが、
悠真は《記憶》を探った。
1つ、条件に当てはまる情報があった。
この城の外。この島にも確かに集落がいくつかある。
そして、食事が出来る島唯一の街が城から少し離れたところに存在していた。
どんな街だったか"記憶"はあっても"
だからこそ。1週間、城から1歩も出ていない悠真は心惹かれる物がある。
「お父様はボク達にちゃんとしたものを食べさせたい。けど、作りたいものが分からない。ボク達に手伝いを頼むのも気が引ける。」
――ですよね?
まるで心を見透かしたようにラティエルが慈愛深く微笑みながら言う。
「でしたら、久しぶりにお城の外で食事を取るのも良いのではないかと。ついでに市場なんかを見て、お父様の欲しいものがあれば買っていきましょう。」
それは確かに、城の外も見ることが出来るため一石二鳥ではないか。悠真は思った。
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