02 神様の父になったようです。


 高い天井に煌びやかなシャンデリア。

 美しい装飾された椅子。

 シーツが被された縦長のテーブルに並ぶのは、バケットに入った焼きたてのライ麦パンとフランスパン。

 傍にはマーマレードやストロベリーの各種ジャムが並び隣にはバター。

 スクランブルエッグとベーコン。黄金色のスープに新鮮なサラダと果物。


 なんとも優雅な朝食だ。


 しかし、今思ったのだが今の自分は食べられるのだろうか?

 悠真は目の前に並べられた食事を見て考えていた。

 今の悠真には口が無い。胃や腸といった消化に必要な臓器があるかも分からない。

 そもそも、この身体に食事などは必要な事なのだろうか。そんな思いが悠真の中で廻る。


 「お父様?『お口に合いませんか』……とお兄様が」

 そんな悠真を兄妹は、特にラティエルは不安そうに見つめていた。


 「――いや。いただ、くよ。」

 意を決し、悠真はスプーンを手に取りスープをすくう。

 少し考えて、恐らく口があると思われる場所にスプーンを近づけると、口を開けた感覚は無かったが“当たり”ではあったようだ。

 体中に鳥と野菜の優しい味が染み渡り消えていくのが分かる。


 「うん。美味しい。」

 小さく頷くと、アズエルは目を細め笑顔を浮かべた。


 2人に視線を移すと、兄妹も優雅に食事を進めていた。

 その姿はまるでどこかの貴族か王族か。

 いや、どちらも悠真は見た事はないが…


 ふと、悠真はラティエルを見る。

 小さく一口にちぎったパンを頬張ろうとしていた彼女は、その視線に気が付き悠真に慈愛に満ちた笑みを向ける。


 「お父様。私に何か御用ですか?」

 「……ラティエルは……いや……何でもないよ」

 「……そうですか。では何かありましたら声をかけてくださいね」

 悠真は何か口にしようとして止めた。

 今、ここで聞くことじゃない。そんな気がしたからだ。

 ラティエルは少し間を置き微笑むと追求はしてこなかった。


 悠真は次にアズエルを目に映す。

 「…アズエル」


 アズエルの名を呼ぶと、アズエルは顔を上げた。

 悠真からすれば同年代に見える"息子"は静かに微笑んでいる。

 ‴なんでしょうか?‴

 そう言っているようだ。


 「この後、私の部屋に来てくれないかい?色々と聞きたいことがあるんだ」

 「……」

 悠真の言葉にも彼は相変わらず喋らない。

 しかし、承諾の合図なのだろう。胸元に手を当てると小さく頭を下げた。



 ◇



 ──とんとん。


 部屋の扉が叩かれたのは、朝食を終え部屋に戻り20分ほど後のことだ。



 「どうぞ」

 悠真が声を掛けると扉が開かれる。そこに立っているのは勿論アズエルである。

 アズエルは悠真に向け、優雅に頭を下げた。

 「何の御用でしょうか?」と言わんばかりに。


 悠真はその姿を見て、顎をしゃくった。顎があるかは分からないが。

 「アズエル。いいよ『声』にだしても。こう2人で話す時不便だし、前は普通に話してたじゃないか」

 《記憶》の中でだけど…


 悠真の言葉にアズエルは小さく笑みを浮かべる。

 コツコツと靴を鳴らしながら悠真へと近づき、目の前で止まった。

 そして、口を開く。


 『‴それで、どう言った御用でしょうか?父上‴』

 簡単に訳せば、そんな感じだろうか。

 悠真はソレを、聞き「ううん」と小さく唸った。


 実はアズエルには彼だけの特別な能力が存在する。

 それは彼の‴声‴だ。

 簡単に言えば、その声を聞いたものは"誰であろうと死ぬ"。


 いや、悠真……《バロン》とラティエル以外の全員と言う方が正しい。

 何にしても、声を少し聞くだけで、その人物は目から鼻から耳から血を流し、悶え苦しみながら死ぬ。

 彼らにアズエルの声がどのように聞こえているかは定かではない。


 しかし、その‴声‴を聞いても死なない悠真バロンからすれば、彼は良い声なのだ。

 なのだが、なんと言うか。


 「ウザイ」

 そう、ウザイ。

 言葉に表せないほどにウザイ。

 どこで何がウザイか分からないが、アズエルが話した内容は殆ど入ってこない、何となく言いたいことがわかる程度である。


 《バロン》の記憶の中にその情報があったが、いざ聞いてみると悠真は思った。

 正直、‴声‴を聞くから死ぬのではなくて、彼の言動があまりにウザイから狂って死ぬのでは…と。


 その上、ヤバめのナルシストでドシスコンでドファザコンでドマザコン。

 何にせよ、アズエルが今まで黙っていたのはこの為である。


 「さ、てと」

 話を戻そう。悠真はゴホンと咳払いをひとつ。

 改めてアズエルを見た。


 「…少し、聞きたいことがあってね」

 『‴聞きたいこと?私に、ですか?‴』

 悠真の問いにアズエルは小首を傾げた。


 『‴私なんかより妹に聞いた方が楽なのでは?‴』

 「いや。君に聞きたいんだよ。…この世界について」

 それを聞きアズエルは「ああ。」と言わんばかりに笑みを浮かべ、「なんなりと」と言うように、また胸元に手を当て、頭を小さく下げた。


 悠真は問う。

 「…まず、ここはルティフェール…そう。呼ばれているよね」

 『‴はい。そう呼ばれていますね‴』

 ここは異世界、ルティフェール。


 「人間だけじゃなく、他の種族もいる」

 『はい。エルフやゴブリン。化け物モンスターもいます』

 人間以外の異種族達も暮らす。所謂ファンタジーな世界。

 兄妹は《天使》と呼ばれる種族で、《バロン》は化け物だ。

 正式にはバロン・ドゥ・ディユ。そう呼ばれる彼の種族は分からない。不明。


 「けど魔法は無い」

 『‴はい。魔法はございません。……普通は‴』

 しかしファンタジーなくせに何故か《魔法》だけは存在しない。

 もっと詳しく言えば、どこからともなく炎等を出してみたり、怪我を一瞬のうちに治すといったファンタジー要素はない。「普通」は。


 「しかし、何故か私には《魔法》が使える。勿論君達も…」

 『‴はい。父上、私共兄妹は使えます。神から与えられた物です‴』

 これまた、しかし悠真バロンとアズエルだけは"魔法"とやらを使える。

 何故なら、この世界の"神"から特別に与えられたから。

 勿論、ラティエルも使える。



 「アズエル。どうしてこの世界はルティフェールなんていうのかな?」

 『‴はい。ルティフェールとはこの世界を作り出した創造主の名です。しかし今、その名を覚えているものは私と父上だけでしょう‴』

 「…ルティフェールは神様、だよね?」

 『‴はい。ちなみに他に神はございません‴』

 しばしの沈黙。

 そこまで聞いて悠真は口を閉ざす。

 次に聞くことは、それは正直、朝目が覚めた時から気づいていた事だ。

 何故なら、それは最初から頭にあった"記憶"で彼女を見た時に1番に導き出された答えだったのだから……。


 悠真は一息をつく。

 そして、再びアズエルに問う。


 「アズエル……私の中で《ルティフェール》という名は、ラティエルの名前なんだけど…」

 『‴はい。ルティフェールは私の妹とするラティエルの本名でございます。ラティエルは父上が付けた名です‴』

 「あの、つまり……」

 『‴ラティエルはこの世界の唯一の神です。創造物が言うので、間違いありません‴』


 悠真の世界がぐらりと揺らんだ。

 頭を抑えて近くにあった机へともたれ掛かる。


 嗚呼、なんて事だろう。


 悠真からすれば到底信じられない事である。

 昨晩、悠真はこの兄妹の手によって異世界に連れてこられた。

 それも人間としてではなく、一匹の化け物に姿を変えさせられて。


 それだけでも信じられないことなのだが

 何にせよ、事実は変わらない。



 どうやら、悠真自分は神の父親になったらしい。



 そんな悠真を前にアズエルは微笑む。

 『‴あの子の前では神様の話は禁句ですよ。どうか優しい『父親』であってください『悠真様』‴』

 悠真はその一言に固まる。

 いや、なんとなく予想は着いていたのだが


 嗚呼、やはりこいつは悠真自分を覚えていたのか

 悠真は憎々しげにアズエルを見つめるのであった。


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