01 天使の兄妹


 「え?…いや、でもな…」

 鏡の前。悠真は何度も首を傾げる。

 鏡には悠真が映っていた。


 真っ黒な化け物ではない。『人間』としての悠真だ。

 黒の髪、2つの茶色の目、口に鼻、人間の肌。

 普通の日常であった上城悠真としての姿だ。


 しかし鏡から目を離し手を見れば、その手は異形である。

 悠真がラティエルと呼ぶ少女からすれば、悠真の今の姿は全身真っ黒。

 体の所々に白い変わった模様の刺青が入っており、鼻、口、耳はなく大きな目玉が一つ顔中央に付いているらしい。

 身長は3mほど。

 ……大きい。


 何にしても、いわゆる"化け物"だ。


 次に悠真は辺りを見間渡す。

 悠真が自由に動けるほどの広い部屋、高い天井。

 3mの彼に合わせた美しい装飾された天蓋付きの大きなベッドに机。

 その他、最低限必要な家具。

 大きな窓には黒と銀を基調にしたカーテンがかかっており、床には美しい装飾の絨毯が敷いてある。


 悠真は自身の中にある《記憶》を探る。

 「ここは……城だな。私の自室だ。」


 城の名前はない。しかし、自身と息子と娘。3人で作り上げた城だ。

 そんな《記憶》があった。

 黒曜石で作られた。黒々とした城だ。

 庭もあるし、それなりに広い。


 いや、城を作る等どういう事だろう。と思ったが、どんなに探ってもその"記憶"は正しいようだ。

 作った時の記録ビジョンはないが…


 「うん…。なんだかややこしい。」


 悠真は自身について、幾度目かも解らない首を傾げた。

 何故か先程から悠真は自身が知らないはずの事を知っている。

 《記憶》を探れば、そこに答えは既にあり導き出せる。

 まるで、もう1人別の誰かの"記憶"が悠真の中に混ざりこんでいるようだ。


 と、言うよりも現にそうなのであろう。

 姿も記憶もどうやら今の悠真は《バロン・ドゥ・ディユ》という化け物のようだ。

 しかし『上城悠真』としての記憶もちゃんとあるのだから、やはりややこしい。


 バロンという男から姿と《記憶》と《想い》を引き継いだ。そう表す方が正しいのか。

 どちらにせよ、この《バロン》という化け物に何があったかは知らないが、悠真が今そのバロン自身であるという事は確かであった。


 とんとん。

 そこへ、扉を叩く音がひとつ。


 「!入っていいよ。」

 悠真は優しく声を掛けた。

 誰が来たのかは分かっている。なにせ、この城には3人しか住んでいない。


 「お父様。失礼します。」

 透き通った澄んだ声がする。

 中に入ってきたのは、先ほどの少女ラティエルとその後ろに青年が1人。

 凸凹と並んだ兄妹である。

 2人を見て、悠真は改めて《記憶》を探った。



 少女はラティエル・ル・ディユ。

 年の頃10代前半。

 白を基調にした膝下までのドレスワンピースに、白いブーツ。

 かるくウェーブのかかった腰下までの髪は黄昏時に揺らめく小麦畑のようき煌めき、淡く輝く滑らかな白い肌。薔薇色の頬、小さな赤い唇。

 透き通ったアイスブルーの大きなクリっとした右の瞳。

 左顔を長い髪で隠しているが、それを引いても言葉を失う程の美少女。


 悠真――嫌、バロンの娘である。


 「ラティエル。ご苦労さま。」

 「いえ。お役にたてて光栄です。」

 声を掛けると、ラティエルは優雅に頭を下げた。

 慈愛に満ちたその微笑みに何処か嬉しそうな色を浮かばせて


 悠真は次に青年を見た。


 彼の名はアズエル・リ・ディユ。

 年の頃は20前半。

 ラティエルとは違い、白に近いプラチナブロンド。

 陶器のような白い肌。男でも見惚れる美しい容姿をした青年。

 鋭いその瞳はラティエルと同じ透き通ったアイスブルーである。

 青を基調にした絢爛なナポレオンスーツに身を包んだ彼は、大きく悠然と悠真に向け頭を下げた。


 ラティエルが娘であるなら彼は“バロン”の息子である。


 「アズエルもご苦労さま。」

 「……」

 声を掛けると、アズエルは声を発すること無く小さく微笑むだけだった。


 彼らは一見、人間であるが、人間ではない。

 ラティエルは小ぶりで白い4枚の、アズエルは地に着きそうな程大きく黒い、鳥のような翼を背に持っている。

  

 2人は俗に言う"天使"と呼ばれる特殊な種族だ。

 「堕ちている」が…

 その昔に《バロン》が拾い育ててきた存在のようだ。

 そして、今ならわかる。


 この2人、あの公園で悠真をこのような姿にし、この異世界へ連れてきた張本人たちである。

 つまり、ラティエルは迷子の少女でアズエルは悠真に腕を突き立ててきた少年だ。

 残念ながら、これは間違いない。

 なんと理不尽な事か…怒りが募る。

 そもそも、何故あんな事をしたのだろうか。


 しかし、それに対し怒りは確かにあるが、同時に愛おしさの方が強い。

 これは我が子に対しての“バロン”想いであろうか。

 腹立たしいことに、子供の小さな悪戯だったとしか今は思えない。

 全く、理不尽だ。


 「……はぁ。理不尽なのに何故だろうね…」

 悠真は己の矛盾した感情に大きくため息をつくしかなかった。


 「お父様?」

 そんな父を心配したようにラティエルが顔を覗き込んできた。

 何度も言うが、とてつもなく美少女だ。

 心配そうなその表情は"悠真"であるなら、息を呑み見とれることだろう。

 しかし、不思議とそんな気持ちは起きない。

 見慣れている。そんな気さえした。

 あるのは、驚くほどの愛おしさ。


 どうやら《バロン》は2人を、特にラティエルを溺愛していたらしい。


 「………あの。」

 悠真の様子がおかしかったのか、美しい顔に不安が浮かぶ。


 「あ。ごめんね。」

 安心させるように小さく微笑む。

 嫌、今の悠真は自分が微笑んでいるかも分からないが。

 ただ、ラティエルには十分だったようで彼女は再び微笑んだ。


 「いいえ。所でお父様、何が我々に御用ですか?」

 ふと。思い出したようにラティエルは不思議にそう聞いてきた。

 悠真は困る。呼び出したのは良いが、特に用があったわけじゃない。


 「うん?…ああ。大した用事はないんだよ。2人の顔を見たくなったんだ。」

 刹那、2人は僅かな反応をしめす。

 ラティエルは僅かにとんがった耳を、アズエルは長い耳をピクピクと動かしたのだ。

 それは二人の嬉しい時に見せる癖だ。


 ――可愛い。

 おもわず、思ってしまった。

 二人とも表情には出さないが相当嬉しかったようだ。


 そんな時。突然、悠真の腹の虫が鳴る。

 初めて公園でラティエルと出会った時と同じように。

 自分でも気づかなかったが、空腹だったようだ。

 途端、恥ずかしくなった。


 「お父様。お食事の準備も完了しています。ご一緒にいかがですか?」

 二人は笑うことは無かったが、気を使ってくれたようだ。

 ここは、好意に甘えるとしよう。


 「あ、ああ。そうだね。一緒に食べようか。…ラティエルが作ったのかい?」

 「いいえ。ボクは昼の当番ですので。今朝はお兄様が作りました。お兄様がお父様のお側にいていいよと言って下さいましたから。」

 ラティエルの声色は嬉しそうだった。

 それがやはり愛おしくて、悠真はラティエルの頭をなで

 ぽんっとアズエルの肩を軽く叩く。

 「よく出来ました」と褒めるように


 ラティエルはやはり嬉しそうに、今度は笑顔を浮かべ

 反対に相変わらずアズエルは何も声に出さず、笑みを浮かべたまま悠然と頭を下げるだけであった。


 なぜだろうか。先ほどからアズエルの様子がおかしい。

 疑問が浮かび悠真は《記憶》を探る。

 アズエルに対して、ある重要な情報が頭に浮かび悠真は小さく「ああ。」と納得した。





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