アズエルは今日も頑張る


 ヴァロンの黒曜石城。

 アズエルは自室の中を歩き回っていた。


 珍しく、その美しい整った顔を歪ませ。

 酷くイライラした様子で。


 その原因は勿論。

 今から数日前、父バロン…基、悠真から言われた事だ。


 「なんと言われようと、城に使用人を入れます。文句は聞きません。もっと人との繋がりを知りなさい」


 「とりあえず、アズエル。お前の声は面倒だ。抑えるすべを身につけなさい!」


 などと……

 全く迷惑なことだ。


 元は異世界から来た人間風情が、創造主ラティエルに唯一の創造された自分に大口を叩き、ぶん殴っただけではなく指図しようとは。

 しかもこの城に他人を入れ、その上創造主ラティエルに与えられた‴能力‴を抑えろ?

 ふざけるな。


 可愛い創造主が父親として認めた存在だとしても許せるような事ではない──。



 そうアズエルが思っても仕方がないことであった。


 とは言え、彼の声は誰であろうと父と妹以外はどんな種族でも生きているモノは全て死にいたしめる。

 迷惑極まりないものであるのも確かなのだが。


 ただやはり悠真の言葉が許せないのか、この所いつもの様に部屋の中を徘徊し、幾度目か分からない舌打ちを繰り出すのだ。


 「あ、アズエル様」


 部屋の扉が叩かれたのは、その時だった。

 アズエルの身体が跳ね上がったのも、その時だ。


 外からは女性の声がする。

 なんて事ない、城に招き入れた使用人である。

 笑顔で扉を開けて用は何かっと問えばいい。


 そう、それだけなのだ。

 そう、"普通"であるならば。


 普通でないならば、例えば人を死にいたしめる能力を持っているならば。


 冷や汗を流し慌てるしかない。


 「アズエル様?いらっしゃらないのですか?」

 中から返事がないため女は再び声をかけてきた。

 その声を前にアズエルは焦る。

 何せ突然の事だ。心の準備というか、声の準備が出来ていない。


 そもそも、‴能力‴を抑えるなど試したことがないのだ。

 今までは妹も父の前でしか喋ることはなかったし、喋る必要もなかった。


 確かに悠真の命で、ここ数日間は練習はしたし鼠やカエルで実験もした。それは、とりあえず成功であった。

 しかし人前で実践した事はまだ無い。

 これが初めてとなる。


 もし失敗すれば外の女は確実に死亡するであろう。

 そうなれば待っているのは悠真からの説教だ。

 ゲンコツだってありうる。

 それは腹立たしいから絶対に嫌である。


 ならば試すしかない。

 正直なところ、失敗する光景しか見えないのだが…


 ――と、まぁ。アズエルはしばらく考えて、そして、決心したかのように顔を上げた。

 とりあえず、とりあえずだ。

 今できる精一杯の事をしてみようと。


 勢いよく扉に手をかけた。

 それはもう、精一杯声を抑えて。


 「…ナ、なにか……ごようでスカ……?」


 「お、お兄様…?」


 だが、何故か扉を開けたアズエルの目に映ったのは、見知らぬ女ではなくラティエルであった。

 ふと、顔を上げればラティエルの隣にはメイド服を来た黒妖精エルフが1人立っている。


 どうやら先程の声の主は彼女らしい。

 困った表情の彼女は勿論生きている。


 つまり、言うならば「成功」である。

 アズエルは見事、‴能力‴を抑えることが出来たのだ。

 彼からすれば、それは嬉しい事であろう。

 これで悠真の鼻を明かせるし、それどころか愛おしいラティエルにも褒められるだろう。

 アズエルは、ぱぁ……と言う効果音が合うような、満面の笑顔を浮かべた。


 「……ら、ラティエル……やりま……」


 「お父様ー!!!た、大変です!お兄様が、お兄様が今にも死にそうです!!!」

 「……へ?」


 妹のまさかの絶叫に笑顔は儚く散ることとなったが。

 ラティエルの、その絶叫に隣で頬を染めていた黒妖精エルフも飛び上がる。

 今までの赤い顔を真っ青にして、止める暇もなく慌てて走り去っていく。


 「大変です!アズエル様がご病気です!」

 等とこちらも叫びながら。

 

 死にそうとはなにか。病気とはなにか。

 自分はピンピンしているが、そう思ったが既に遅し、自分と同じアイスブルーの瞳に沢山涙を溜めて、走り去るラティエルの後ろ姿をアズエルは呆然と見つめるしかなかった。



 ◇



 一言で言うと、あの後は大変であった。


 あの後、ラティエルの報告を聞いた悠真は慌てて飛んでくるし、メイドから報告を聞いた城のものは慌てに慌てまくり、島の医者という医者がやってきた。


 しかし、アズエルは種族でいえば《天使》だ。

 天使は不老不死とされ、怪我もしなければ病気もしない。

 そのアズエルの病気の治し方など誰も知るはずがない。

 そもそも一体どんな病気かも不明だ。


 まぁ、ラティエルなら直せるだろうが。


 ベッドに寝かされ、熱を測られ、とりあえず薬草を口に突っ込まれ。

 ラティエルは泣くわ、悠真は頭を抱えるわ、医者やメイドは、この世の終わりかと思う程絶望するわ。


 アズエルはただ普通に喋っただけだと言うのに。

 特訓した『声』で必死に説明しようとすれば、ラティエルにも悠真にも「今にも死にそうだ」と泣かれ嘆かれ。

医者達は更に絶望する。


 誤解が解けたのは、医者やメイド達が最後の時は家族で……

 等と抜かし、部屋からゾロゾロ出て行った後の事だ。

 ラティエルと悠真との3人になった時


 『‴人の話を聞け!!!‴』


 と、アズエルが堪忍袋の緒が切れた時であった。



 「全く、驚かせないで欲しいな!」

 「お、お兄様……お兄様……本当に良かったです……」

 「…人の話を…聞かずに騒ぎ立てたのは…貴方達でしょウ。」



 とりあえず誤解が解けてしばらく。

 ほっと胸をなで下ろす悠真、そして未だに泣き続けるラティエルを前にアズエルは心底呆れていた。


 特に悠真だ。

 自分から‴声‴を抑えろと命じておきながら、なにが「今にも死にそう」だ。

 失礼極まりない事である。

 今だってこうして普通に話しているのだから悲しむ前に褒めて欲しいものだ。


 そんなアズエルの視線に気付いてか、悠真は頭をかいた。

 悠真やラティエルにだって言い分があるのだ。


 「アズエル。君が‴声‴を抑えようとしていたのはよく分かった。それは良くやったと褒めるよ」

 「…ソウ、でしょう?…メイドの…女も死ななかった…今もこうして…私の‴声‴を聞いても平気な顔をしてイル…」


 部屋の隅にチラリと目をやれば、先程のメイドの黒妖精エルフが佇んでいる。

 その様子に変化はない。

 本当なら喜ばしい事なのだが、悠真の様子は違っていた。

 険しい表情に、こめかみを押さえ唸っている。


 「…なんでスカ?」

 「いや、だって……。確かに‴声‴は抑えられたというか、ウザさ?はなくなったけどさ」

 「…なんでスカ…」


 「今の君の声……。絶命寸前にしか聞こえないんだもの。」



 絶対におかしいだろう。



  ◇


 「………」


 アズエルは愕然と机に突っ伏していた。

 先程ラティエルと悠真から改めて言われた。


 ――本当に死ぬんじゃないかと思った。

 ――死ななくてよかった。

 ――これなら、ウザイままの方がよかった。


 失礼極まりないだろう。特に最後の悠真の一言。

 そもそもウザイとはなんだ?

 確かに‴声‴は抑えていたが、話し方等はいつも通りだったはずだ。


 アズエルはイラついたように机をぶっ叩く。

 机の上にあったカップが衝撃で落ちたがお構い無しだ。


 正直それは彼にとってあまりに想定外のことであった。

 何故だかは分からない。

 しかしアズエルが能力である‴声‴を抑えると、まるで致命傷をおい今にも死ぬのではないかという人物の声に聞こえると言うのだ。


 それはもう楽にしてやった方が良いのでは無いかと思われる程

 もう一度言う、アズエルは普通に話しているだけなのに。


 あの後、悠真から別の命令が下った。



 ――その死にそうな喋り方をどうにかしようね?


 『‴ふざけるな!あの異世界人め!!‴』



 アズエルは恐らくそんな事を叫んだ。


 ただし一応、仮にも父親からの命令は命令だ。

 ムスッとした顔で今の状況を打破すべく模索するのであった。


 しかし、まず何をすべきだろうか。


 「え?『喋り方』…ですか」

 とりあえず思いついたことはラティエルに聞くことであった。

 何せ彼女は人付き合いは誰よりも上手い。


 丁寧な喋り方に、優しげな声。

 誰にも優しいからこそヴァロンの街の住人達は皆、彼女を愛している。

 本性を隠すのも並外れて上手い。

 これ程までのお手本はないだろう。


 ラティエルはアズエルからの質問に困った表情を浮べた。


 「そ、う言われましても?……皆様とは普通に接しているだけですし」

 『‴そんな事ないでしょう?貴女は人をたらし込めるのだけは上手いのですから‴』

 「たらしって!?そ、それ褒めているのですか?」


 兄のとんでもない一言にラティエルは少しだけ傷付いた。


 そもそもだが、確かにラティエルは話術が上手い。

 誰に対しても優しく慈愛深く接する。


 だが、それは彼女の素である。裏などない。

 確かに殺戮願望保持者でもあるのだが、それはこの世界の全ての生き物を愛しているゆえでもある。


 つまり、愛してから誰にでも優しく接しれるのだ。


 家族しか興味無いアズエルには到底無理なことである。


 だからこそ、ラティエルは困った。

 彼女は兄のことをよく知っている。


 「愛おしいからですよ。愛おしくてたまらないという気持ちで皆様とは接しています」

 だとか説明してもいいのだが、どんなに頑張って熱弁してもアズエルは到底理解できないだろう。


 しかしだ。理解できないだろうから等と必死に頑張る兄も無下にはできなかった。


 ならば、どう説明すべきか。


 「え、ええと――。そうだ!誰かの真似をしてみてはいかがですか?」

 『‴は?真似?‴』

 「そうです。とりあえず、お話が上手い方の真似をするんです。」


 それはちょっとした賭けだ。

 正直なところプライドの高いアズエルに"誰かの真似をしろ"等、結構中々に無理難題である。


 だが今のところ、それしか思いつかないのだ。


 『‴マネとは誰の?‴』

 アズエルは些か不機嫌そうだが、そう発した。


 「え、えっと……」

 ラティエルは更に悩む。


 ここで適当な、例えばヴァロンの街の住人の名前を上げるとしよう。

 絶対に不機嫌になるだろう。

 住人の中には訛りも強いものがいるし、アズエルは彼らを下に見ている。

 そもそもアズエルは住人の名前を覚えていないだろう。


 つまり、却下だ。


 次に父を想像した。

 そもそも、この無理難題を押し付けた人物だ。

 この所アズエルは反抗期であるし。


 却下した。

 先代お父様バロンは絶対無理、論外だ。


 次はラティエル。自分自身と考えた。

 想像もつかないので却下した。


 「ええと……」


 不味いことに何も思いつかない。

 このヴァロンから出ることは全く無いため、他国の人物の事は何も知らない。

 選択肢が少なすぎるのだ。


 ラティエルは必死に考えた。

 アズエルの視線が突き刺さる。


 「えとえと……あ!」

 そして、やっとの事でひとつの事を思い付く。


 「小説の登場人物とかどうでしょう?」

 『‴いや、どうでしょうって…何言ってるんです?‴』

 「昔見た冒険小説の主人公とか、カッコイイと思いませんか?」


 架空の人物に頼ることであった。

 ラティエルのまさかの提案にアズエルはしかめっ面で固まるしかなかった。


 しかし、これは中々良い考えではないだろうか。

 誰も傷つかないのだから。


 『‴本気で言ってます?‴』

 「ええ!そうですよ!」


 もう、これしかないと言わんばかりにラティエルは大きく頷く。

 彼女の中では決定事項らしい。アズエルがどんな顔をしていようがお構いなしだ

 そして、小説を利用するならば次の問題はどの小説の人物にするかだ。

 とりあえずこの城には沢山の本がある。先代お父様バロンが集めたものだ。


 冒険小説、ミステリー小説、そして恋愛小説。――恋愛小説!


 「そうだ!お兄様は見た目は美形ですし、恋愛小説に出てくる王子様とかどうでしょう?きっと似合いますとも!」

 『‴いや、あの……‴』

 「そうとなれば善は急げですね!私、図書へ行ってきますね!」


 ラティエルは自信満々に駆け出した。

 なんとも言えないという表情を浮かべたままのアズエルを残して


 ――酷く嫌な予感がした。


 そして、そのアズエルの予感は的中すると事となるのである。


 「お兄様!持ってきました!完璧な王子様が描写されている物語です!」

 『‴なんです、これ?‴』


 ラティエルが戻ってきたのは数時間後のこと。

 沢山の薄く四角いと、大きな機械を抱えてアズエルの部屋へと戻ってきた。


 ガタと音を立てて机の上に置かれたのは、いわゆるCDプレイヤーとCD。

 そのCDのジャケットは異様なほどカラフルだ。

 そして、こちらに煌びやかな笑顔を向け、手を差し伸べる金髪の男がデカデカと描かれている。


 そこにデカデカと書かれているのは

 「ときめき王子様プリンス。~あなたの耳元で囁いて~」


 まぁ、いわゆる


 「『どらまCD』というものです!お父様の故郷から持ってきたんですよ!ほら、この男性お兄様に似ているでしょう?」


 ラティエルはにこやかに微笑んでいた。



 ――少し、1時間ほど前に話を戻すとしよう。



 ラティエルは使用人数人と共に城の図書で恋愛小説を探していた。

 勿論アズエルに似合いそうな「王子様」を探すためだ。

 たが、正直なところ見つからない。

 確かに恋愛ものは幾つか見つけるのだが、かぼちゃパンツを履いた王子様は到底アズエルには似合わない。


 「ラティ。何してるんだい?」


 そこへやって来たのは悠真であった。

 なんてことは無い、図書にラティエルが篭っていると聞いたので様子を見に来たのだ。


 ラティエルは悠真を見ると笑顔を浮かべた。


 「お父様。今、恋愛小説を探しているんです!」

 「え?恋愛小説?」


 瞬驚いたが、悠真は思った。


 ラティエルもやはり女の子なのだなぁ……と。

 狂った彼女だが、意外にも年頃の少女の趣味だ。愛おしく感じて悠真は笑う。

 ここでばらすと狂った彼女には、そんな愛らしい趣味は微塵もない。


 「はは、恋愛小説か。どんな話を探しているんだい?」

 「王子様が出てくるお話です。もう、こう素敵で、……キラキラした方が出てくるようなお話を…!」

 「キラキラか。――まるで少女漫画みたいだね。」

 「しょうじょ、まんが?」

 「ああ、私の世界の――えと、絵本と小説を掛け合わせたようなものだよ。高校の頃、よく女子が騒いでたなぁ。王子様がどうのこうのって」


 なんと素晴らしい偶然であろうか。

 その話を聞いた途端、ラティエルは「本当ですか!?」とキラキラと目を輝かせ一目散に図書から飛び出し、一人でこっそりと悠真の世界へと飛んだのだ。


 そして見つけたのが、今アズエルの目の前にあるドラマCDである。

 ちなみに、この事は悠真は勿論知らない。


 「声の特訓ですから書物よりこちらの方がいいと思いまして、凄いんですよコレ!こんな薄い板に人の声が二時間ばかり収まっているんです!もう、お兄様にぴったりだと思いますよ!」


 楽しげな妹の声を聞きながらアズエルは険しい顔でCDを見ていた。

 CDケースの裏を見てみれば美形に描かれた青年が片膝をつき、顔が描かれていない少女の手の甲に口付けを落としている絵が描かれている。

 その隣には別の男が壁に、同じ少女を追い立て、その顔のすぐ隣に片方の手をついている描写。いわゆる壁ドンである。


 アズエルは思った。

 妹に頼ったのが間違いだった、と。


 しかしだ。

 アズエルがちらりと見れば、目を輝かせたラティエルの顔。

 「どうですか?」「ピッタリでしょう?」そんな言葉が聞こえてくるようだ。

 これを持ってきたのは嫌がらせではない、完全なる好意だ。


 アズエルは、そんな妹の好意を無下には出来なかった。


 『‴ほ、本当に私にそっくりですね……この男‴』

 「でしょう?楽しみにしていますね!」


 その悪びれもない愛らしい慈愛に満ちた笑顔が憎たらしく感じた瞬間だった。


 ◇


 それから数日後のとこである。

 悠真はアズエルに用事があり、彼の部屋へと向かっていた。


 ラティエルは庭先でメイド達と楽しそうに話している。

 最近入れた使用人たちも仕事に慣れてきたのか忙しそうに走り回っている姿がチラホラ見えた。

 この頃、慣れ始めた日常だ。


 ただ、1人だけを除いては――


 「聞いて聞いてっ!今日のアズエル様は…」

 「本当に素敵よねっ!あたしなんかっ!」


 今日もチラホラと城の中でメイド達の浮ついた会話が聞こえる。

 その全てが1人の話題だ。


 会話に眉を顰めながら、悠真はアズエルの部屋の前へと着いた。


 「アズエルいるかい?」

 「――開いてますよ。どうぞ。」


 声をかけると青年の声が返ってきた。

 その声色はどこか甘く爽やかで好青年そのものだ。


 数日前の死にそうな声を出した人物と同一人物とは思えない。

 しかし、それは紛れもなくアズエルのものだ。

 アズエルも頑張ったものだ。しみじみ感心しながら悠真は扉に手をかけた。


 「いつも美味しい紅茶をありがとうございます。――ああ、良い香りだ。そう、貴女のような優しい香り……ですね。」

 「あ、アズエル様……」


 「……」

 ただ一つ、本当にコレだけはどうかと思う。

 扉を開けた先、目に入ったのはアズエルとメイドの姿。

 もっと詳しくいえば、メイドの腰に手を回し、その顎を細い指先でクイッと上げるアズエルの姿である。


 アズエルの腕の中にいる精霊ニンフのメイドは顔を真っ赤にさせていた。


 美しい容姿に甘い囁き。

 優しい言葉に大胆な行動。

 まるで王子様なその姿に頬を赤らめない女はいないだろう。

 嫌、違う。そんな事を言いたいのではない。


 こいつは何をしているのだ。

 そう、そう言いたいのだ。

 悠真は心の底から思った。


 ラティエルがアズエルにドラマCDを手渡して数日。

 アズエルは完璧な嫌、いきすぎた王子様へとなっていた。


 その言動も行動さえも。

 完全なる現代の創作物で良く見る王子様そのものだ。

 取っかえ引っ変えで女に手を出すクズ王子に。


 こちらに気づき、恥ずかしそうに逃げ出したメイドを見送りながら悠真は思っていた。

 なにがどうしてこうなったのだろう――と


 アズエルは笑う。

 その、男でさえ見とれてしまうような美しい顔に悪魔のような笑みを貼り付けて。


 「全く女とは愚かですよね。"顎クイ"ですか?あんなの何処がいいのでしょうねぇ?」

 「――アズエル。」


 確かにアズエルは‴声‴を抑えて喋れるようになった。

 今はもう、彼の‴声‴を聞いても誰も死なないだろう。

 数日前の死にそうな喋り方でもなくなった。

 数日間、目の下に酷い隈を作っていたと思ったら、今では王子様そのものだ。


 ‴能力‴の事は褒めよう。

 しかし、なんだこれは?

 一体彼に何があったのだ。


 それは、ラティエルの行動を知らないバロンには一生分からないことであろう。

 悪魔のような笑みを浮かべる息子の前で、バロンは更にややこしくなったなと頭を抱えるのだ。


 「ああ、父上も女1人や2人。手を出してみてはいかがですか?口付けの真似事や壁越しにドンと手を付けるだけで簡単に落ちますよ?」

 「アズエル、そんな事を言ってはいけないよ。そもそも取っかえ引っ変えで女性に手を出しちゃダメだよ」


 バロンの苦労も知らずアズエルは声をかける。

 女性に手を出す?

 勿論、そんな事出来るはずがない。

 女性を弄ぶようなこと――


 そもそも、壁ドンだとか顎クイだとか普通の神経ならば出来るはずが無いのだ。

 女性がどんなに望もうとも無理難題だ。

 そんなことしてみろ、引きこもる。


 そんな悠真を知ってか知らずか

 アズエルはやはり悪魔のような笑みを浮かべた。


 「ああ、すみません父上。童貞の貴方には無理難題なことでしたね!」


 ―― 一瞬、何を言われたか理解できなかった。

 取り敢えずアレだ。

 悠真は側にある花瓶でも投げることにしよう。

 勿論、言葉にならない怒りと共に。


 ――まあ、事実である。



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