迷子

 次の話をしようか。これから話すのは迷子の話だ。

 その日もステーション・バーに立ち寄った。ストロングゼロとつまみを買い込み駅でだらだら飲んでいた。いつもと変わらない風景の中にあの迷子が表れたのだ。


 最初は普通の迷子だと思った。行き先がわからないのか、あっちに行ってはこっちに来る。その様を認識できないのか誰も手を差し伸べない。

 まあ、その日は私も助けはしなかった。駅員が気がついて助けるだろうと思っていた。

 幾日か過ぎてまたあの迷子に出会った。その子はまたもや行き先がわからないのか駅構内をさ迷い出した。

「僕は何処に行きたいのかな。」

 思わず私は声を掛けた。ステーション・シネマの演者にはならない、そう心に決めていたのだが。

「知らないおじさんには気お付けなさい、とお母さんに言われているので大丈夫です。」

「……」

 何も言い返せねえ。確かに危ない、とは思うけれど自分に対して向けられるとは考えてもみなかった。

 明くる日、いつものステーション・バーで酒を飲んでいた。飴を口に含みながらハイボールを舐めるように飲む。目の前では恋人たちがデート先の話題で盛り上がっていた。そこへあの子供が通りすぎた。今日もまた迷っている。私はその子を無視してステーション・シネマを楽しんだ。

 あの子供は次の日も駅構内をさ迷っていた。また次の日もまた次の日も。

 流石におかしいと思い始めた。もしかしたら自分と同じような趣味なのかもしれない。謂わば同志だ。

「なぁ坊主。お前も駅が好きなのか?」

 俺は迷子に声を掛けた。

「駅は嫌い。早く出ていきたいんだ。邪魔しないでよ。」

 どうやら同志ではなかったらしい。

「それなら駅の出口まで案内してやるよ。」

「本当に?」

 その子は嬉しそうに答えた。

 詳しく話を聞くと常寂光土口へと出たいらしい。はたしてそんな出口はあっただろうか。

 駅構内の地図で確認したところ反対方向の一番奥の出口がそれだった。私はその迷子を連れてその出口まで向かう。

 この子供は親に会いたいと思い一度は駅を出たらしい。しかし、いざ会いに行ってみるとすでにその家には別の人が住んでおりこの駅に引き返して来たのだった。

「それは、まあ、残念だったな。」

 そんな言葉しかでて来なかった。

「いいよ、別に。」

 なんかこの子供に慰められた気がした。


「ほら、あそこが出口だよ。」

「ありがとう、おっちゃん。」

 迷子は感謝を述べるとすぐさま駅を出た。少年の背中が眩しく映った。

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