ステーション・シネマ
あきかん
親子
駅構内で酒を飲むのが最近のマイブームだ。駅には様々な人が訪れる。その人達のドラマの一瞬を垣間見るのが楽しいのだ。今まで見てきたドラマの中で少し不思議な話を紹介しよう。
その日もいつものようにステーション・バーに立ち寄っていた。片手にワンカップ、内ポケットに仕込んだつまみを肴にちびちび飲む。目の前には会社帰りの会社員や待ち合わせのために立っているもの、帰宅途中の親子。様々なドラマが目の前に展開していた。
その中に彼がいた。見た目は私と同年代ぐらい。中年のサラリーマンといった風貌だ。
最初に見かけたのは親子三人で帰宅している風景だと思った。仲睦まじいその姿に目を潤ませたものだ。それが平日には必ず見られた。
しかし、幾日か経って違和感を覚えた。この父親だけが無視されているかのように思えたからだ。最初におかしいと感じたのは次の会話だった。
「今日のご飯は遊馬の好きなハンバーグだよ。」
「じゃあ早く帰ろう。お買い物は今日はなしだよ。」
母と子が話している時にも彼は二人を愛おしそうに眺めているだけだった。
翌日、またこの親子が駅にやってきた。三人は相変わらず仲睦まじく映った。
「今日は宿題をちゃんとやるのよ。」
「いつもやってるよ。昨日も見てたじゃん。」
「でも、一つだけやっていなかったでしょ。ちゃんと見ているんだから。」
昨日と変わらず母と子だけで会話が進んでいる。
「あれは書けないからやらなかっただけだよ。だって、お父さんについて書いて、なんて宿題できるわけないじゃん。」
「前も言ったでしょ。お父さんはいつも私たちを見守ってくれているよ。」
「でもでも、僕はお父さんのことよく覚えてないし。」
そんな会話をしていた。その横で彼は困ったような表情をしていた。
「じゃあ、今日はお父さんの話をしてあげるよ。」
「やった。忘れないでよ。」
うらやましいな、と私は眺めていた。その時、彼は私を見た。そして軽く会釈をするとそのまま駅を出て行った。
彼とその親子は今でもたまに見かける。彼の正体はよくわからない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます