考える男
ケニーを待っている間にどうやら気が付いたらしい。
顔の左半分を大きく腫らせた男が、遠くからトボトボと歩いて近づいてきた。
「……あんたはカイン。違うか?」
「いや、あってるけど。あいつの仲間か?」
ラウダは肩を竦めて、少し離れた位置で倒れているアグルと、またすぐ近くで額に風穴を開けて倒れている夜色の男とを見ながら言った。
「話に聞いた以上だな。おれたちと一緒に来ないか」
「嫌だね」
食い気味の返答に「ま、だよな」と軽く笑いながらラウダは続けた。
「聞いてた通り、あんたからはガイマに似た気配を感じるな。だがどうやらその性質が違うようだ。ま、堅物アグルが勘違いするのも無理はねえってトコだけどよ、おれくらいになるとわかるぜ」
「性質?」
「ああ。どうやらあんたには命を助けられたようだから教えてやるが――ま、気配だのなんだのってのはいわゆる魔力だ。ガイマはそいつを肉体に閉じ込めることで力を発揮するが、あんたの場合は体に纏っているし、中にもある」
こいつは人間の性質だ。防衛本能から、身体の内には一定以上の魔力を溜めないようにしているらしい。
最も、一般人はそうする必要がないくらい魔力を生み出す力はないけどな。
ラウダはそこまで言って、また改めて夜色の男へと視線を移した。
「こいつ、ホントに死んでんだよな……?」
「たぶんね」
「おいおい……」
「僕はただのガイマにさえそう知識がないけど、頭を破壊して生きている生物は知らない」
「まあ、だよな。おれも知らねぇよ」
ラウダはそうして、話を元に戻す。
「魔力は可視できるわけじゃないから、感覚的な話だ。ガイマの有する魔力はこう、禍々しい。炎のような勢いを持ってるのに、肌に纏わりつく不快感がある。あんたの場合は、それとほとんど同じだが、その中に……なんていうかな、こう、一層濃い感じがするんだよな」
「……それじゃ、僕がガイマだって言いたいのか?」
「それ以上の事はおれは考えてねえよ。あんたがなんだろうが、ともあれこうして状況を打破して助けてくれたんだろ。ただの無知がそんな力を持ってるなんてありえない話だが、実際目の前に居るんだから信じざるを得ねえよ」
「それはどうも」
「またいずれ会う事があるだろう、そん時ゃよろしくな。敵として会わない事を祈ってるぜ」
「ああ。敵はガイマだけで十分だよ」
「ははっ、だよな――先輩は持ち帰るが、そこのガイマの死骸もこっちで預かっても構わねぇか? おれたちはここ最近、異常発生してるガイマの研究をしている。こいつの存在はその一助になるはずだ」
「ああ、好きにしていいよ。僕はロラを助けに来ただけだし」
「そうかい。じゃあ達者でな」
ラウダはそれだけ言い残すと、軽々とアグルを肩に担ぎ、夜色の男の足をもって引きずりながら去っていった。
ケニーがやってきたのは、その姿が地平線の先へと消えた頃だった。
❖❖❖
それから一晩が経ったが、ロラはまだ目を覚ましていなかった。
ひどく衰弱している様子で、医師がかかりついて見守っているという話があった。
それと同時に、あれほど元気だったエミリーの様子も、また以前のように少しずつ元気でいられる時間が短くなってきているように思えた。
さらに三日ほどして、ロラが目を覚ましたとケニーが知らせてきた。
意識ははっきりしているし、身体に不便はないとのことだ。ただ右手に軽い痺れがあるのと、あの日の出来事が丸々消えているという事だけが少しだけ気がかりだった。
またエル自身も幸い命に別状はないようだとも聞いた。まだ体は動かせないし、すっかり自信喪失してしまっているが、ともケニーは言っていた。
遅い時間にやってきたケニーを迎え入れたが、結局話はこう流れ始めた。
「あんな事があったんだ、無理は言わないが……見舞いくらい、いってやってもいいんじゃないか?」
ケニーの言葉に、ようやく苦痛感なく眠りについたエミリーの顔を見ながら、カインは返した。
「そうしたいんだけど、今はエミリーから目を離せないんだ。ごめん」
「それもそうだが……事情を話したら、ロラもエルも会いたがってるからさ」
「ああ。近いうちに顔を出すよ」
「約束だからな。お前は命の恩人なんだ、何があったかはわからないが……協力できる事なら何でも言ってくれ」
「ありがとう」
なんとなくそっけない。どことなく力のないカインの様子にケニーはそれ以上言葉をかける事が出来なくて、「じゃあ、また来るよ」と残して後にした。
ケニーが帰ったのを確認してから、カインもまた、エミリーの部屋を出た。
リビングに出ると、そこには見覚えのある少年が席についている。
短い黒髪。藍色の瞳。まだ幼さの残る顔つき。
カイン・アルバートのその姿は、半透明で、恐らく自分にしか見えない。
自宅に帰ってから、唐突にこいつが見え始めていた。
彼は何を言うでもなくただカインを睨んでいる。
「お前はもう、死んだんだよ」
その正面にどっかりと座って、目の前の少年へと吐き捨てる。
気持ちがいいものではない。少年は言われて、顔をしかめた後に、その事実を噛みしめる様に俯いた。
自分自身だ。そこまで頭の悪いわけではないのは知っている。
そしてこの状況をどうにかして改善させたいのも知っている。
エミリーへの想いを理解した時に、カイン・アルバートという男を同時に理解したつもりだった。
だが知っているだけで、彼自身まったく共感が出来ない。だから、そうするつもりはない。
きっと彼ならアグルたちに協力して人類への脅威足りえるガイマの暴走の阻止に手を貸すのだろう。
だがそうした時、エミリーはどうする?
ただでさえ病の原因がわからない。一時的に元気になった時は気にしていなかったが、以前よりも横になっている時間が増えているのだ。
ならば
この前はロラに対して行った事だ。彼女は魔力の扱いに長けていて、簡単に受け入れられた。だがラウダの話によれば、一般人はそれほど魔力を日常的に扱う事は出来ない。
そのうえ、人間は肉体への負荷を避ける為に一定量以上生み出した魔力は放出しているという。
この『同調』がどうやって作用するかわからない以上、簡単に使う事は出来ない。
「代われるもんなら代わってやりたいところだよ、俺もな。居心地がいいわけじゃない」
今までなんども人に生まれ変わり、様々な生涯を送ってきた。
だがその全ては己自身で始まり、己自身で終わっている。人生半ばの少年に憑りつき、その生涯を全うするなんてことは初めてだし――なにより、今までとは似て非なるわけのわからない世界など、頭がおかしくなりそうだ。
カインの知識と記憶があれば、なんとなくは上手くいくとは思っていた。
だがこうなってしまった以上、彼の知らない事のほうが多い。なにより、己のわけのわからない力自体に知識がない。
唯一わかるのは、自覚出来ている力の発露だけだ。扱いや作用がわかるだけで、その原因や、何がどうなってそうなっているか、なんてことはわからない。
「ああ、参ったよ。ただお前が思ってるより、単純じゃない」
正直な話、疲れた。
決定的なのはあの『夜色の男』だった。
奴は常軌を逸する強さだった。間違いなく、認識していなかったあの謎の漆黒の弾丸が放出されていなければ、己は死んでいた。
奴の口ぶりでは、ああいった手合いは少なくはないらしい。
そして意に反して、自分の周りの人間が巻き込まれている。必然的に、自分が赴かなければならなくなる。
今後も続くのではないか、という半ば確信めいた疑惑。
それに加えて、きっと自分にはまだ自覚出来ていない『同調』のような特殊な技能があるはずだ。夜色の男はそれを『
術とは異なるものなのか。ラウダに言わせれば、それも性質の違う似て非なるものなのだろう。
ロラが意識を取り戻し、命に別条がないというのなら、彼女に尋ねてみてもいいのかもしれない。
わからない事をこれ以上考えても気が滅入るだけだ。
カインは大きく嘆息して、家の外に出た。
一陣のぬるい風が彼を出迎える。外はすっかりと暗いが、すでに東側の空が明るんでいるのを見た。
周囲には誰もいない。市場の喧噪がウソのようだ、と思う。
ポケットから出した紙巻を咥え、火をつける。この体でたばこを吸うのは初めてだったが、随分と慣れた手つきで、紫煙はすぐに体に馴染み始めた。
いつのまにか、カインの幻影は隣にまで出現していた。
「俺は俺だ。きっとお前のようには生きられない」
幻影はじっとカインを見つめていた。
たばこを一吸い。煙が夜空に消えていく。
「だがまずは一つ、約束だ。あの力が芽生えた時に誓った……エミリーがやがて巣立つ時までは、俺はこうして元気に、お前を演じてみせるよ」
それは最低限の約束だよ。
不意にそう声が聞こえた気がした。
幻影はそう言い残して消える――なんて事はなかった。彼はまた恨めしそうな顔でこちらを見ていて、やがてたばこに対して首を傾げているようだった。
旨いのか? と言いたげな顔だった。
「はっ、お前にゃまだ早ぇよ」
僕の体だぞ。
また声が聞こえた気がした。
ついに対話が出来るようになったのか、と思うと心底勘弁してほしいと思う。
いよいよ頭が本格的におかしくなってきたのか。考えている内に、夜があける。
もう少し時間が経ったら、ロラの家に行こう。気が向けばエルの見舞いでもしてやるか。
そう思い立って、少し休むことにした。
休むと言ってもここ最近はエミリーの部屋で、彼女を見守りながらの仮眠なのだが。
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