謎の男

 辺りをすっかり見渡せるほどの高台に、一人の男は立っていた。

 見下ろす街にはぽつぽつとランタンの灯りがともっている。

(やはりそうか)

 男は口を開かず、ただ心中にて独り言を漏らす。

 その手にはつい先ほど狩ったばかりの巨竜の頭が握られていた。彼の数十倍もの身の丈のバケモノだったろうことが、その頭の大きさでわかる。

 まだ血が滴っている。彼の後ろの方で、山のような大きさのその死骸が横たわっていた。

(どちらが先かはわからないが、ここに来てガイマが活発化している)

 指定有害魔獣ガイマ――そう一概に言われるが、その種類は多岐に渡る。ただの既存の動物が原種となり、その突然変異体だと今までは考えられていた。

 だが今回、こんな神話上の怪物のようなものを目の当たりにして状況が一転した。これまでの仮説がすべてひっくり返ったのだ。

 何がどう変異すればあんなバケモノが生まれるのか彼にはわからない。

 その生涯をほとんどガイマとの戦いに費やした彼だからこそ、そう言い切ることが出来た。

 さらに加えれば、ガイマの凶暴性は年々増している。知性も高くなっているし、群れる様にもなった。

 それゆえに縄張りを広げることも覚えだし、人を襲ったことのない個体すら、自ら人を探すようになった。人が育てる家畜や植物、また人自体に旨みを覚えたという事なのだろう。

「よ、ここに居たか」

 声が不意に隣からした。直後、パチン、と指を鳴らす軽快な音が響く。

 直後に、声がした方から唐突に気配があふれ出す。同時に輪郭が空間に浮かび上がり、やがてそれは人のものとなって出現した。

「姿を消すな。黙って近寄るな」

 男が苛立ったような口調で言った。

 突然現れた気安い態度の青年は軽く笑いながら、男の背を叩いた。

「怒るなよ。仕事はしてきたぜ」

「黙って報告だけしろと言っているんだ」

「黙ってちゃ報告のしようがねえだろ」

「……」

 男は揚げ足をとられて押し黙る。湧いて出たのは怒りというより、面倒くささだった。

 自分は今まで一人で活動出来ていたはずだが、ここ数日、広範囲でのガイマの捜索にあたってあてがわれた男がこいつだ。 

 特殊な術を使って野生動物にさえ気づかれずに捜索、また個でガイマを討伐出来る程度の実力は持っているから不便はしないが――どうにもこの性格だけはあわない。相性が悪いのだろう。合わせるつもりもない自分にも、問題があるのだろうが。

 青年は肩をすくめてから、端的に報告を始めた。

「結果から言えば、我々おれたちの想像通りだったってわけだ。なあ先輩、あんたはどうする?」

「私が判断することではない」

「まーたお伺い立てかよ。自由の国だぜ、ここは」

権力ちからを持つ者にとってのな」

 腕力だけではどうにもならない事がある。首を吊れと命ぜられ、逃げたとしても追い立てられる。そんな逃亡生活の果てに楽園などない。

 かといって従うことに幸福などない。

 ガイマのおかげ、というわけではないが、今その力の向けどころが一致しているお陰で立場は均衡していると言っても過言ではない。

「そもそもよ、あんたがヘマなんざしなけりゃ今回の仕事はもっと順調だったんだぜ」

「……まあ、そうだな」

 ふと脳裏に過るのは、無様にも四肢の自由を奪われ縛り付けられている己の姿だ。

 青年の言葉に否定はしない。あんな事がなければとっくの昔に町に帰ることが出来ていたが――あそこで手痛い足止めを食らったがゆえに、今こうして新たな事実を見つけることが出来た。

「へえ、先輩が謙虚になるくれー強い奴だったんだ」

「あれは私が油断していた事が一因だ」

「油断してなければ余裕だって?」

「ま、無理だろうな」

「はははっ、見てみたかったなぁ、無様なあんたの姿」

「その状況に出くわせば貴様の方が先に死んでいるだろう」

「バカだなぁ先輩。おれぁ戦いませんよ」

 悪態をつく気にもなれないが、正しい判断でもある、と男は思った。

 己より強い仲間が敵わない相手に私情で戦う必要などない。無駄な被害は出さない方がいいに決まっている。

「ともかく、今度そいつに会ったら勧誘してみましょうや、先輩」

「奴が元凶だとしたら?」

 まだ少年と言ってもいいあの男の姿を思い出す。

 奴は何を考えているかわからない。だがあの言動を素直にそのまま受け入れるならば、彼自身が口にした者とは程遠い存在だ。それこそ、隣の青年の言った提案が事態の収束の近道にさえなるだろう。

「ならいずれ戦う時が来るだろ。どっちにしろ、いずれまた会う事になる」

 男の言葉に、青年はただ静かに答えた。

 彼とて尋常な理由を持ってここに居るわけではない。

 何か思う所があったのだろう。それは男とて同じことだった。

「まあいい。とりあえずおれの報告と、このデカブツを組合に持ち帰ろうぜ。男二人で語り合ってなんも面白かねえや」

「ああ。貴様は十に一くらいはまともな事を言う」

 そんな男に青年は悪態をつく。

 そんなやり取りをしながら、二人はその場を後にする。また青年は巨竜の尾を引きながら歩き、そこからしばらく先までは血が尾を引くように道に大きく残っていたが――その巨大さから、後に見た人間は到底何者かによる事象とは誰も考えることが出来なかった。

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