第07話「オッスオラ中ボス! おめぇえれぇ強ぇなぁ! オラなんだかワクワクしてきたぞ!」

 ズ……ゥゥゥン……。

 ズ……ゥゥゥン……。

 正面の通路から響く地鳴りは、もうアーシュとコルテにも聞こえているようだった。

 立ち上がれない俺を背にして、アーシュは弓を、コルテは戦闘鎚ウォーハンマーを構える。

 二人の見つめる先に、まるでティラノサウルス・レックスの化石のような、巨大な骨と腐肉の塊が姿を現した。


「ふぇっ?! アンデッド・ドラゴンでしゅか?!」


「うわぁん! だからぼくはカタコンベなんか嫌だって言ったんだよぉ!」


 涙目で、それでもアーシュは矢を放つ。

 弓の弾かれる音は1度だけに聞こえたが、その実彼女は3回も射ていて、ドラゴンの頭や腐肉に9本の矢が突き刺さっていた。

 同時に、自分にバフをかけたコルテが地面を蹴る。

 薄暗い地下墓地の中でぼんやりと輝くコルテは、空中で回転しながらドラゴンの足にウォーハンマーをたたきつけた。

 その勢いはまるで弾丸のようだったが、硬く太い足の骨にはかすり傷しかつかない。

 後ろでそれを見ていることしかできない俺は、ドラゴンのステータスを確認した。

 アンデッド・ドラゴン、レベルは……103?!

 レベルは倍程度だが、攻撃力や防御力はアーシュたちの5倍以上。

 どう考えても勝ち目のない戦いだった。

 ドラゴンのつま先の一振りで、身をかわしながら戦っていた二人は簡単に吹き飛ばされる。

 それでも転がるようにして俺の前に立ちあがった二人は、強大な敵に向かってけなげに武器を構えた。


「コルテ、クラウド抱えて逃げられる?」


「なに言ってるんでしゅか。足はアーシュの方が速いでしゅ。逃げるならアーシュでしゅよ」


「――ふふ、おバカさん。この私が『勇者』をみすみす逃がすとでも思って?」


 言い合う二人に、なぜか襲い掛かってこないドラゴンの頭上から声がかかった。

 三人の目が、ドラゴンへと吸い寄せられる。

 10メートルほどもある高みから、その女は現れた。


 最初に目に入ったのは、カラスのように黒く大きな翼。

 ばさりと開き、女は滑空した。

 翼と同じつややかな黒髪の頭上には、ネジれたヤギの角。

 重そうな灰色の角の下で、奇妙な模様に縁取られた金色の瞳が俺を見ていた。

 皮膚は青白く、人間とも思えない。

 それでも、惜しげもなくさらされた肩からコルテとためを張る大きな胸、細い腰から脚にかけた曲線は、なまめかしく煽情的だった。

 ビキニのように、必要最小限の場所に張り付いた鎧は、アンデッド・ドラゴンと同じような骨で出来ている。

 女は音もなくドラゴンの足元に降り立ち、翼をたたんだ。


「はじめまして、ひ弱な勇者さん。わたくしはゼルミナ。気軽に『ゼルミナさま』って呼んでよろしくてよ」


 ステータスに女の情報が表示される。

 種族は堕天使。クラスは魔界大元帥。

 そして、ゼルミナと言う名前の後ろに表示されたレベルは……253。

 今まで戦っていたドラゴンですら可愛く見えるその能力に、ステータスを見ることのできないアーシュとコルテにも震えが走った。


「うっ……わぁぁぁぁぁ!!」


 足のすくむコルテとは逆に、アーシュは弾かれたように走り出す。

 今までよりもさらに素早い速度で相手の視線をかく乱しながら、なん十本もの矢を放った。

 ゼルミナは、眉一つ動かさず避ける素振りも見せない。

 当たる。

 そう思った瞬間、ドラゴンの前足が矢を防ぎ、尻尾がアーシュを薙ぎ払った。


「きゃあぁぁ!」


「アーシュ!」


「おやめなさいな」


 回復のため、アーシュに駆け寄ろうとしたコルテを、ゼルミナが止める。

 大声を上げたわけでもないその声に、まるで不思議な強制力でもあるかのように、コルテの足は動かなくなった。


「そうそう、いい娘ね。じっとしていれば、大好きな勇者と一緒に殺してあげますわ」


 ウォーハンマーを構えたまま、がくがくと震えるコルテの横を、ゼルミナは悠然と歩く。

 すれ違いざまコルテの頬をなでてほほ笑むと、ゆっくと俺の前で止まった。


「ごきげんよう、勇者さん。会って早々で申し訳ないのだけれど……お別れよ」


「……ああ、どうやらそうみたいだな」


 ゼルミナを前にして、レベルの急上昇によるめまいは、前触れもなく終わりを告げていた。


 ステータスのレベルも、そのほかの能力も文字化けしている。

 それでも今までのようにチラつくことなく安定した能力は、俺に力をみなぎらせていた。


「お別れだ。だけど死ぬのは俺じゃない。お前だ、ゼルミナ」


 立ち上がり、ゼルミナを見下ろす。

 俺の能力の一端を感じたのだろう。

 余裕に満ちていた魔界大元帥の顔は、見る見るうちに恐怖で凍り付いた。

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