第85話 『大将の正体』 その18


 『しかして、あなたは、何者なのか?』


 『ふふふ。君ごときには、わかるまい。』

  

 怪人は、また、嘲笑いましたのです。


 しかし、まりこ先生は、兄様の左手をみていました。


 その手はいまや遥かな高みに向かってあげられ、指が暗い天空を差し、いまにも、相手に向かって突きつけらる寸前になりました。


 兄様、得意のポーズです。


 確信が無くても、いささかインパクトがあるときのみ、こうした、ちょっとお馬鹿な仕草をするのでした。


 『おわ、くるかあ!』


 まりこ先生は、身構えました。


 兄様は、どかんと、怪人を指差しました。


 『あなたは、ヒルデガルト・フォン・ビンゲンさまの創作を支えたヴォルマール師、もしくは、その仲間、または、そこに憑いていた精霊である!』


 しかし、怪人は、まったく無視をしました。


 兄様は、やむなく、続けたのです。


 『ヴォイニッチ手稿が書かれたのは、その使われた紙の分析や、インク、書かれた女性の髪型、ヒューマニスト体という書体、書かれた時計の針が2針なこと、書かれたお城の姿、などからみて、おそらく、1404年から1438年、イタリアにおいてであろうとされます。さきほど、あなたの蔵のなかに、これもありました。(新山悟から受けとる。)非常に古い、中世期の發弦楽器、リュートの仲間でしょう。リュートも、ルネサンス以前についてはあまりよくは分からないようですが、この形は、いささか古そうです。この中に張ってあるラベルには、HILDE GARDIS』とあるように見えます。数字もあるみたいで、奥なのですぐにはよくは見えないが、たぶん、『1170』か、『79』か、だろうと。しかし、保存状態はかなりよい。あり得ないように思いますが、ヒルデガルト・フォン・ビンゲンさまにゆかりのものかもしれない。ビンゲンさまは著作活動だけではなく、作曲をもしていて、今日にもそれは残されています。楽器も持っていたし、器楽で声楽の伴奏も行っていたとみられます。また、この時期には、日本にあって、清盛さまは、宋との貿易を始めていました。それに、絡みがあるかどうかはまったく、分からないですがね。あなたは、たぶん、そのようなビンゲンさまに、なんらかの所縁がある存在だろう。あなたは、その時期には、人間だったのか? いや、人間に取りついていた、なにかだったのか? ビンゲンさまの魂や、作品を受け継いでいるのか? はっきりは、わからないが、ヴォイニッチ手稿のさきほどの作成年代か正しいとしたら、ちょっと早すぎる。ビンゲンさまは、1179年に、亡くなっているから。しかし、残された写本からすると、ヴォイニッチ手稿の絵には、どこか、かなり似た雰囲気があるのも確かです。』


 兄様は、ちょっと間を空けましたが、怪人はいまだに反応しません。


 

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