戦争は終わったが、チャンバラはまだ終わらない

 それからの出来事をレッドはしっかりと覚えていない。イメクは死んだ。彼は血を吹いたまま倒れ、二度と動くことはなかった。玉座の前で虚しく倒れこむレッドを邪気の王は無視し、玉座のひじ掛けにある脱出ポッドの発射カウントダウンを作動させ、そのまま影の王とアルトを引き連れて部屋から出ていった。レッドは左足を押さえながら立つことも出来ず、ただ叫ぶだけだった。




「待てよ、逃げるのか! おい!」




 邪気の王は何も答えず、横目でレッドを一瞥したにすぎなかった。すぐに玉座の間の出入り口が厚いシャッターで閉じられる。脱出ポッドとなった部屋が宇宙の彼方に向けて放たれたのだ。レッドは通信機を持つイメクの傍まで行こうとするが、体中に痛みが走り動くことができない。窓の外の景色が少しずつ変わっていく。青い空は次第に黒みを帯び、やがて漆黒へと変わり果てるのだ。ちくしょう、こんなところで。レッドは悔しさに目をにじませた。ホージロ、バード、ギイト。それにオズカシ村のみんな。もう会えないのかと思うと、途端に寂しさが襲ってくる。こんな終わり方、あんまりだ。


 ポッドはそのまま大気圏を突破し、宇宙空間へでた。幾万もの星々が輝く中、一際美しい地球という星が真下できらめいている。レッドは起き上がることもできず、その光景をみてただ涙を流し始めた。それは悔しさとたくさんの戦友を失った悲しみの涙だった。地球と宇宙の間で一人ぼっちになったレッド。青い地球、丸い地球、命が溢れる地球。自然を破壊し、人々の心までも破壊しつくして、僕らはどこへ向かうのか。そんな疑問を誰に問いかけるわけでもなく考えながら、レッドとイメクを乗せたポッドは宇宙の無数の星の中へと消えていった……。




☆☆☆




 レッド、イメク……!


 どこかで無事でいてほしい。地球へと堕ちていく皇帝の旗艦をなすすべなく眺めながらホージロは二人の名前を唱えた。戦艦が沈むギリギリまでバードたちは格納庫で退避してはいたが、ついにその時まで二人の英雄が帰還することはなかった。爆発音を上げて雲の切れ間に消えていく大きな艦の様子を、少し離れた場所でヘリをホバリングさせて3人は見守った。




「終わりましたね……」




 疲れと悲しみを含んでバードは言った。




「ああ……」




 ギイトも同じような調子の相槌だ。そんな二人を見ることなく、ホージロは爆発する戦艦を見つめて呟く。




「終わりじゃない、まだまだ私たちの戦いは続く。きっと死ぬまでね」




 ホージロはこの戦いで影の王から言われたことを思い出していた。




「いい面だな。強くなりそうな面をしている」




 自分は情けを掛けられたのではない。強くなりそうだから生かされたのだ。自分が生まれ持って得た特異体質。そして分裂する愛刀の存在と出自。謎を解くカギは戦いの果てにあるのかもしれない。ホージロは悲しみと痛みを乗り越え、強くなることを強く誓った。いつかまた、影の王と戦うべき時がくることを確信して――。




☆☆☆




 皇帝の遺体は南方戦線から少し離れた荒れ地でバラバラになった状態で見つかった。皇帝逝去と旗艦撃沈の一報を聞いたデラストラ将軍は静かに俯き、残った僅かな小型艦と共に南方戦線から離れていった。このあと皇帝軍は散り散りになり、ならず者や反社会組織の一員として新たな火種を生むことになる。


メコ将軍たちが艦隊を引き連れてダゴヤから駆け付けた頃には戦争はすでに終結を迎えていた。ススや生き残った≪流雨≫の乗組員たちを救出し、バードのヘリを格納して、静かにまたダゴヤへと戻っていった。この後、皇帝軍の壊滅により共存政府軍は解体され、生き残ったものたちは別々の道を歩むことになる。誰もいなくなった南方戦線は血や涙で肥やされた土地に小さな花が何輪も咲き、やがて大きな花畑へと変わった。




☆☆☆




 邪気の王の暗殺部隊が再び地獄樹海で集まったのはデラストラ将軍が撤退して間もなくのことだった。邪気の王、シャドゥー、影の王、アルト、そして地獄樹海から暗殺を見守っていたザイガードの5人は古びた寺院の廃墟で再会した。ザイガードは一人帰らなかった暗殺部隊のメンバーを思い、悲嘆にくれた。




「デスが死んだのは残念です。惜しい男を亡くしました」


「そうだな、まだ奴には使い道があった」




 邪気の王はそういうと静かに古く薄汚れたソファーに腰を下ろした。すると横で立ったままシャドゥーが言った。




「邪気の王さま、私は『生気の覚醒』を見ました」


「本当か?」


「はい、共存軍の赤髪の男です。本人はうまく操れていなかったみたいですが」




 影の王が怪訝そうな目でシャドゥーを見た。




「邪気を生気と勘違いしたんじゃないのか?」


「いや違う、あれは明らかに邪気とは異なるエネルギーだった」




 邪気の王は右手自身の仮面を撫でると大きく息を吸った。




「やはり邪気と生気がぶつかり合う『覚醒戦争』は近いな。我々の存在が人民に明らかになる日もそう遠くなかろう」


「そうなるとさらなる戦力の強化が必要になりますね」




 ザイガードが邪気の王の横のソファーに座り、そう尋ねた。




「そうだな。どうだお前たち、神官職に就かないか?」




 邪気の王は影の王とアルトを地獄樹海七神官に誘った。シャドゥーが現在務めている役職だ。だが二人は口をそろえて、




「そんなものに興味はありません」




と断った。邪気の王は続ける。




「ならばどこへ行く? 何を見、何をして生きる?」


「それをこれから探しに行くんです」




 影の王はそう言い切ると、アルトと共に地獄樹海の廃墟を去り、夜の帳が落ちてきた街の中へと消えていくのだった。


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チャンバラ・ディストピア!! 藤 夏燦 @FujiKazan

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