アルト

 ホージロは戦艦内の格納庫に止められたヘリの中にあるベッドに寝かされ、レッドとイメクの無事を祈っていた。コックピットにはバードが座り、二人の英雄の帰還を今か今かと待ちわびている。ギイトはデスと戦って安否不明のメカドを探しに、一つ前の格納庫へと戻っていた。




「≪流雨≫は堕ちたみたいですね……」




 バードは無線でアロスの戦艦と連絡を取っていたが、一向に連絡がつかず、ノイズまみれの音声が聞こえるだけのスピーカーを見てすべてを悟った。




「うそでしょ……」




 ホージロは横になりながら爪先をぼんやりと見つめた。こんなことになるなんて予想もしていなかった。大気圏での戦いは皇帝軍、共存軍とも大勢の死者を出す、まさに総力戦となったのだ。絶望に苛まれながらホージロはシラスナと影の王、アルトのことを思い出していた。




「お前はあの女に利用させていたんだ。俺たちは助けてやった」




 アルトのあの言葉、あれは真実だったのだろうか。自分はシラスナに利用され、彼女の目となり鼻となっていただけなのだろうか。ホージロはずっと自分の才能が認められ弟子にしてもらえたのだと思っていた。しかしアルトの話が真実だとしたら、自分が尊敬してきたシラスナという人は一体なんだったのだろう。そんなことを考えているとスピーカーから声が響いてきた。




『こちらメコ将軍、誰か応答を』




 すぐにバードがマイクを握りしめ返答をはじめる。




「こちらメカド小隊、バード上等兵です」


『繋がった。繋がったぞ!』




 無線の先は歓喜に沸いたようだ。




『バード上等兵、いまどこにいる?』


「皇帝の旗艦内です。二名の隊員が作戦遂行中。負傷者が一名います。至急、応援を願います」


『二名? 少ないな……。わかった、至急応援を送る。しばらくそこで待機しろ』


「ありがとうございます、できる限り早めでお願いします」




 バードが無線を切ると、格納庫にギイトが戻ってきた。黒い人間くらいの大きさを両手に抱えている。




「ギイト! メカド隊長は?」




 ギイトは俯きながら首を横に振った。




「……亡くなっていた。敵と相討ちになったらしい。遺体は何とか回収できた」




 ギイトはヘリまで黒い袋を運ぶと、ホージロの隣に寝かせた。バードが駆け寄り、ギイトは袋のジッパーを開けた。傷だらけではあるが目を瞑り安らかに眠るメカドの姿があった。




「メカド隊長……!」




 バードは袋に顔を押し付けて涙を流した。ギイトも目頭を押さえ、涙をこぼし始めた。ホージロは泣くことはないものの、悲しい気持ちになった。戦争がここまで心に傷を残すものだとはホージロも知らなかった。強い敵と戦いたい。その一心で軍隊に入った自分が憎らしい。レッドとイメクが一刻も早く戦争を終わらせてくれることをホージロは心から願うしかなかった。




☆☆☆




 既存の物理法則を無視するかのように動くイメクの剣に、アルトは苦戦し苛立ちを募らせていた。ただイメクもなかなか攻撃がアルトの急所には入らず、同じように焦りを感じていた。何度も捨て身で懐に入るのはあまりにも危険すぎる。それならば首筋を狙わずに、あえて正面から仕掛けるしかない。




(行くぞ! やるんだ、僕らでこの戦争を終わらせるんだ)




 イメクは自分を鼓舞すると、正面から突っ込みアルトに斬りかかった。アルトはまた首筋を狙った攻撃がくると思い首元を守るように剣を構えたが、イメクの剣が前のように曲がりくねりはじめない。




「ちっ、なんだと?」




 不意を拭かれたアルトはやむなく剣を振って攻撃を防いだが、その振りが大きくなってしまったため隙が生まれる。その一瞬をイメクは見逃さず、すかさずもう一度、剣でアルトの胸元を斬りつける。




「くそっ!」




 アルトは剣をもろに受け、体から火花を散らす。だが、ひるむことなく白い剣をイメクの肩に持っていく。イメクは間一髪、かわそうとするも先端が腕をかすめ、肘に傷を負う。




「うっ、まだまだ!」




 イメクは血を流しながらも態勢を立て直し、今度はしなるようになった剣でアルトを貫く。その攻撃はアルトの頭にある触手に当たり、アルトは声を上げて倒れこんだあと、動かなくなった。




「やったか?」




 イメクはアルトを見つつ、影の王を警戒した。今まで戦闘には参加してこなかったが、この男もいつ攻撃を仕掛けてくるか分からない。しかし影の王は少しも動揺することなくアルトに対して言った。




「アルト、時間がないんだ。遊んでないで早くしてくれないか」




 アルトは頭を押さえて痛そうに立ち上がる。




「わかったよ、影の王。遊びは終わらせる」




 そう言ったアルトの手元から、熱射剣が消えた。まるで砂のように風に飛ばされたのだ。アルトの触手は空中に広がり、まるでメデューサの蛇頭のようになった。




「なんだろう。どうなってるんだ」




 イメクが警戒して剣を構えた時、彼の心臓は貫かれていた。




「ぐっ、はっあっ!」




 口から血を吐き出し、恐る恐る下を見ると、胸にアルトの白い熱射剣が突き刺さり血がしたたり落ちている。そんな、いつの間に。アルトはまだ剣を振りかざしてさえいないというのに。イメクが驚いた眼でアルトを見つめると、彼は首をゆっくりと回しながら語った。




「俺の剣はただの熱射剣じゃない。どこにでも現れる神出鬼没な刃、それが俺の剣さ。俺はお前に剣を刺したのではない、剣をそこに生み出したのさ」




 イメクの視界が次第に曇っていく。




「俺に傷をつけた相手は久々だ。楽しかったよ」




 アルトがイメクを称えるように笑うと、白い剣は砂のように消え、再びアルトの手元に戻った。イメクはそのまま膝から崩れ落ち、倒れたまま口から大量の血を吐き出している。


 邪気の王と戦うレッドはその光景を横目で見つめていた。




「イメク!」




 レッドは叫び、彼に駆け寄ろうとしたところで、邪気の王に右腕と左足を斬りつけられた。レッドは痛みを覚えながら剣を手元から落とし、その場に倒れこんでしまった。




「私と戦ってよそ見ができるとはいい度胸だ」




 レッドは痛みと絶望が、邪気の王の前で全身に広がっていくのを感じていた。

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