激突

「邪気の王さま、何度もお呼び出しをしてしまって申し訳ございません」




 皇帝は玉座の間で微笑みながら少しも悪びれる素振りもなく言った。彼の王座の後ろには護衛として剣を腰に差したアルバスター総督が、邪気の王の後ろにはヌガート提督が立っている。邪気の王は今一人で、彼の護衛は誰もいない。




「私に話とは何事だ?」




 邪気の王は皇帝の態度に少しイラつきながら入室し、跪くことなく立ったまま言った。皇帝はその姿を心の奥で嘲笑した。丸腰で来たか、馬鹿な男め。もうすぐお前は死ぬ。




「邪気の王さまも退屈でございましょう。少しお休みになられては……」




 皇帝は玉座の間の奥にある応接スペースを目で指した。黒い大きめのソファーが対に置かれ、真ん中には低いテーブルが据えてある。テーブルの上には温かい飲み物と軽食が用意されていた。




「いや、このままでいい。話があるなら手短に頼む」




 邪気の王はその待遇に少しまたイライラした。明らかに皇帝の方が身分が上だと言わんばかりの椅子とソファーだ。皇帝は邪気の王がソファーでくつろいでいるところを後ろから襲う作戦であったが、計画を変更し、アルバスターとヌガートに目で合図を送る。




「わかりました。では一つお聞きしたいのです。邪気の王さまが、もし、万が一ですよ、お亡くなりになられたとしたらどうなってしまうのですか?」




 皇帝は瞬きを何度もしながら上目使いで邪気の王に尋ねた。




「簡単だ、次の邪気の王を地獄樹海の重役会で決定する。ただし殺された場合は前任者を殺した者が次の邪気の王になる」


「ほう」




 皇帝は玉座から立ち上がり、にたっと笑った。




「では今、わしがもし邪気の王を殺せば次の邪気の王になれるのか?」




 皇帝はこれまでのへりくだった態度から徐々に普段の威張った態度へと変化していった。邪気の王はその様子を顔色一つ変えずに見守った。




「ああ、そうだ」


「残念だよ、ケビン」




 皇帝は自信たっぷりに邪気の王の本名を口にする。そして続けた。




「君をわしは殺さねばならないようだ。もう邪気の王の器ではないのでね」




 皇帝の言葉と共にアルバスターが剣を抜き、邪気の王の真後ろでヌガートが銃を構える。




「さようならだ。『元』邪気の王さま」




 皇帝の高笑いを皮切りに銃声が玉座の間に響き、血が飛び散る音が聞こえた。皇帝は上を向くと、




「これでわしが邪気の王だ。わしはついに邪気の王になったんだ。あとは共存軍を片付けるだけ、そうすればわしは本当の世界の王だ!」




 有頂天にいる皇帝に死んだはずの邪気の王が話しかけた。




「少しは夢を見られたか、カルナ」




 その声は息を吐くように穏やかで息の吸うように澄んでいた。




「部下に暗殺を依頼するようではまだ甘いな。お前の殺意は少し目立ちすぎた」




 邪気の王がそう言いっ切った時、ヌガート提督の体が真っ二つに斬られ、床に重い音を立てて崩れ落ちた。邪気の王はヌガートの弾丸を難なくかわし、飛び散った血は全てヌガートの血だったのだ。




「そ、そんな!」




 皇帝は一気に野心を失い、顔を青くして震え上がる。




「へ、陛下!」




 アルバスターは驚きながらも皇帝の前に立ち、彼を守ろうと剣を構えた。するとこのタイミングで影の王とアルトが血の付いた剣を抜いたまま玉座の間に入ってきた。




「影の王にアルト!」




 二人の姿を見た皇帝はすぐに安心した顔に戻る。




「よくぞ戻った。すぐにそこにおる男を始末しろ!」




 皇帝は甲高い震えの残った声で邪気の王を指さして言った。しかし影の王とアルトは邪気の王の横で立ち止まると一向に動こうとはしない。




「ど、どうしたならず者ども!」




 アルトは皇帝を無視し、邪気の王に報告をした。




「乗組員と護衛は全て始末し、燃料も地上へ破棄いたしました。もう間もなくこの艦も堕ちることでしょう」


「よくやった。ご苦労」




 邪気の王がアルトをねぎらうと、皇帝は彼らへの怒りをあらわにした。




「貴様ら、裏切りおったな! いくら積まれたんだ、1億か、10億か! わしならその男の10倍は報酬を払うぞ!」




 地団太を踏み悔しがっているのか怒っているのかすら分からない子供のような皇帝を見て、影の王は鼻で笑った。




「俺たちは金に興味などない。ただ強い者につく、それだけだ」




 怒りで拳を握りしめる皇帝。もはやこの部屋で彼の味方は狡猾で臆病なアルバスターただ一人だった。だがそんなアルバスターも正気を失いかけていた。ヌガートの惨殺、そして影の王とアルトの裏切り。二人の強さは重々承知している。もう剣を握る気力もなく、アルバスターの手元から剣がするりと抜けていく。地面に落下して跳ねる薄い剣の音が鳴ると同時にアルバスターは玉座の前から逃げ出し、邪気の王の前にひざまずいた。




「じゃ、邪気の王さま! 私、アルバスター、降伏いたします。どうか命だけでもお助け下さい!」




 すがるように頭を下げ、ついには土下座までしてしまうアルバスターに皇帝も唖然としてしまった。そして唯一の味方がいなくなり、玉座の後ろへと後ずさりを始める。




「邪魔だ。少し黙っていろ」




 邪気の王はうるさく付きまとうアルバスターの顔面を蹴り飛ばし、玉座へと進んでいった。アルバスターは顔を抑えて、床にうつ伏せで転がる。邪気の王は自らの剣を抜き、玉座へ続く階段を一段一段踏みしめていく。その後を影の王とアルトが続いた。


 アルバスターは絶望と恐怖で動くことも出来なかった。自分がどれだけ惨めな姿なのか、彼にはわかっていた。ほぼ無傷の状態で殺されることもなく。敵を前にうつ伏している。彼は思った。殺されてしまったほうがましだ。


 アルバスターが願い続ける傍らで、影の王とアルトが両端を通り過ぎていく。影の王は自分の針剣をわざと床につけ、剣先だけを引きずっていた。その先端がアルバスターの目の前を鈍い音を立てて通り過ぎていく。




(ち、血の、臭いがする)




 アルバスターは目を瞑ることすらさせてもらえぬまま、悪夢のような時間を過ごした。細い剣先が視界から姿を消した時、彼はほっと一安心した。自分は助かったんだ。どのみち皇帝は助からない。早くここから逃げてデラストラ将軍のもとにでも駆け込もう。でももし皇帝が邪気の王を殺してしまったら。なんと言い訳をすればいいのだろうか。そのことでもう頭がいっぱいだった。




「そいつは何の役にも立たない。始末しておけ」


「え?」




 邪気の王の声に、アルバスター声にもならない悲鳴を上げた。




「ぐはっ」




 そして突然胸を痛みが貫いた。アルバスターの胸を影の王の剣が突き刺していたのだ。それはシラスナの時と同じように血を一滴も出すことなく、アルバスターの命を奪い始めた。




「お、おたすけくださいぃ! ひいっ!」




 アルバスターは軍人の男とは思えない情けない悲鳴を上げると、影の王によって空中に投げ飛ばされた。そして影の王によって空中で何度も何度も切り刻まれた。




「あ、アルバスター!」




 皇帝もそのありえない惨殺方法に恐怖と驚愕の視線を送っていた。アルバスターは悲鳴を上げ続けたまま空中で粉々にされ、やがて赤い粉となって玉座の間に降り注いだ。悲鳴が響き終わったのはその後のことだった。


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